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手にしたエッグが何も反応しないところをみると、どうやらみんな待っていてくれているみたいだった。
刹風は、油の匂いと、甘い匂いが混在した空間を素通りして、中央部にある螺旋階段を上って行く。
大半が、エレベーターやエスカレーターを使うので、こうして階段を使う者は少ない。
実際のところ、デザイン的に見栄えが良いから付けてみただけの階段なのだから当然といえば当然の結果だが。
階段を上り切った所からの方が、食券の自動販売機に近いというの理由から。
刹風達は、階段を使っていた。
「ごめーん!」
待っていてくれた友人達に、こうして詫びを言うのは、だいたい刹風だった。
「はぁ。やっとメシにありつけるのかぁ……」
見た目はともかく。
龍好は、成長期らしい男の子だった。
「で、言われた通り待ってたけど、理由はなんなの?」
みらいは、いまだに朝の事を引きずっているらしく――刹風の胸を目の敵にしながら口を開く。
栞は、なにやら含むところがあるらしく、にやにやしていた。
正直なところ、こんなことを言うのは始めてなので、不安だし、ちょっぴり照れてしまうが。
「今日から、毎週月曜日は、私がおごるから好きなもの注文してもいいわよ」
今朝一番に言いたかった事を伝えた。
「そ。じゃあ、ありがたく頂くとするわ」
予想外に、あっさり――みらいに認められてしまった。
「そか、わりいな」
「じゃぁ、うちもごちそうになるよ~」
みらいが、そう言うならと。
龍好も受け入れ。
栞は、万歳して喜んでいた。
「ええ~。と、反論とかないわけ?」
特に、みらいには思いっきり否定されそうな気がしていただけに気になってしまう。
「じゃぁ。一つだけ言わせてもらうわ」
「あ、うん」
ごくりと、喉を鳴らす刹風。
『あらそう。だったら、言わせてもらうけど、もしお金借りてるからって卑屈な態度取ったら絶好だからね!』
この学園に入学する時にしたやり取りが嫌でも脳裏をよぎる。
嫌な意味でドキドキする。
もしかしなくても地雷を踏んでしまっているのではないのだろうか?
「自分から言い出した以上は、最後までやり通しなさい」
いったい何を言われるか覚悟して構えていただけに、拍子抜けする様な事を言われてしまった。
「え~と。それだけ?」
「それだけよ。って、ゆーか。お腹空いたわ」
そう言って、みらいが見つめる先にあるのは、ステーキセットだった。
やはり、色んな意味で大きくなるには、お肉が一番だと感じたからである。
「どど、ど~ぞ。それが、い、い~なら、お、押していいわよ!」
刹風は、さらに言葉を続けて何か言おうと思ったが声が震えて続かなかった。
(だって、1500円だよ1500円! 150円じゃないんだからね!)
みらいは、にやりと不適な笑みをたずさえたまま、最上段にある1500円のボタンを見つめている。
自分では押せない高さのため――必然的に他の者に頼まなければステーキ定食を得る事は出来ない。
そんなみらいの横から栞がにゅーっと手を差し込み、
「ほな、うちはこれや~」
☆ぴっ☆
と、可愛らしい音で押されたボタンは最下段の素うどんだった。
「ちょ! いくら、なんでもそこまで遠慮しなくたっていいんじゃない!」
「あんな、せっちゃん! うち我慢してたけど、遠慮なんか全くしとらんよ!」
「は? 我慢ってなによ! 我慢って! だいたいあんた達卒業するまでのご飯代くらい持ってるじゃない! って、ゆーか100円だよ! 100円! どこに我慢する要素があるって言うのよ!?」
栞は、待ちに待ったこの時が来たとばかりに!
自動販売機の食券取り出し口から、素うどん100円と書かれた食券を見せ付けてきっぱりと断言する!
「そんなん、ネタのために決っとるやん!」
幻聴でカミナリの効果音まで聞こえた気がした。
刹風は毎度の事ながら、こめかみを押さえて溜め息をはきながら聞く。
「はぁ、で、なんのネタなわけ?」
「それはなぁ! この学園にまことしやかに囁かれる都市伝説! その名も神秘のうどんちゅうやつなんよ!」
「あ……あのね~。たかが100円の素うどんにどんな神秘が隠されてるって言うのよ……」
「そんなん、うちやって試してみたくてうずうずしとったよ! せやけど、せっちゃんが食べ続けとったら我慢するしかないやん!」
「それで、何が出てくるか分らないCランチばかりを食べ続けたと……」
「せや!」
栞が、ここぞとばかりに見せつけるそれは、いつも刹風が注文している激安メニューの一つであり。
一杯100円。
金銭的に厳しい学生の事を思って開発されたメニューだけあって、麺には野菜が練り込まれていて。
赤、緑、黄色と実にカラフルで、別名三色麺とも呼ばれている。
そして、機は熟したとばかりに、ニヤリと笑みを浮かべた栞のネタが始まった。
「はい! みらい裁判長殿! 私こと由岐島 栞は、ココにいる
素うどんの食券を、みらいに差し出した!
みらいは半信半疑で、とりあえず受け取る。
龍好は、飯が遠のいたと感じ、溜め息をはいて肩を落とした。
何も知らない連中は距離をおいた。
入学案内に載っていた危険人物が何かやらかすみたいだったからだ。
新入生達の中には、学食での食事を諦めて逃げ出す者すらいた。
それとは、逆に――また芸人モドキがネタを披露してやがんのか~。
といった感じで一瞥してスルーしている者も少なくない。
「ん~。つまり、刹風を訴えると同時に重要参考人を兼任したいっていう設定でいいのかしら?」
「はい! その通りであります!」
栞は、姿勢を正して敬礼している。
彼女の中で、これは軍法会議という設定なのかもしれない。
「よろしい。では、コレより被疑者、矢月 刹風の裁判を執り行いたいと思います」
「意義あり!」
龍好が手を上げた。
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