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 ワンデイズ・ロストバンク事件――


 それは、ブルークリスタル崩壊から約一月後の事だった。

 小雨が降り、やや肌寒い朝ではあったが核戦争が起きてもいなければ太陽が爆発したわけでもない。

 月が降って来ることもなければ地表全てが海に沈んだわけでもない。

 そんな、ありきたりで、当たり前で、日々繰り返される平凡な日常が世間では始まっているというのに……

 国内最大の銀行は未曾有の危機に見舞われていた。

 強盗が入った形跡も無ければ盗られた物もない。

 しかし、その被害額は試算不能レベルと言っても決して過言ではない状況に陥っていたからだ。

 電子機器を使ってデータを管理をする事が常識として人に認知されて以来……誰もが一度は考えた事があるのではないだろうか?

 もし、それら全てが突然なんらかの影響を受けて再起不能になったらどうなるのだろうか……と。

 そして、それが矛となり国内最大手。

 西守銀行の喉に突き付けられた。


 AM8:30分。


 前日まで……正確には数分前までなんの問題もなく機能していた機器全てがいきなり停止。

 それは地方のコンビニに置かれたATMも同じであり、西守銀行と取引可能な全ての機器において取引が不可能となっていた。

 それは企業だけでなく個人レベルの携帯端末においても同じで、もれなく機能が死んでいた。

 預金も引き出しも出来ない。

 その日に予定されていた取引は全て計画の変更を余儀なくされた。

 以前は各家庭に必ずといっていいほどに普及していた据え置き電話や町の至る所で見かけた公衆電話も携帯電話の普及と共にその立場を追われ。

 それ以外に通信手段を持たない者にとっては非常事態だった。  

 まず疑ったのはシステムや通信関係のトラブル。 

 しかし、それは苦情の電話が鳴り止まぬようになる頃には完全に否定されていた。


 では、ナゼ動かないのか?


 電源に問題は無く、部品単体レベルの異常は皆無。

 しかし、それらを組み立てて端末として使おうとケーブルを繋いだ途端に……その機能を失ってしまう。

 異常停止した端末からハードディスクを取り出し、未接続の端末で内容を確認しようとしても同じ現象が起こる。


 もしかして新手のウイルスなのでは?


 その考えは当たらからずも遠からずだった。

 むしろウイルスだったならどれだけ楽だっただろう。

 ただワクチンを開発すれば終わり。

 世間の目もウイルスを作った本人に向き、銀行が受ける批判も多少は和らいだはずだった。


 ――だが!


 翌日のAM8:30分。


 ソレは、求めた。


『まずは我が、住むに相応しい世界を作れ』


 そして、脅迫ともとれる宣戦布告をした。


『そこで我と対峙し倒して見せよ。さもなくば、今度は未来永劫全てを使えなくしてやる!』


 このメッセージが停止していた全ての端末に3分間表示されると……

 何事も無かった様に全ての機能が復活した。

 相手を脅すには、先ず相手にこちらが本気である事を知らしめる必要がある。

 ソレは、この上なく画期的な方法で己が目的を達成するための手段を手に入れた。

 結局現政府機関は、ソレが行ったと思われる手順も方法も皆目見当つかないまま犯人の要求を溜飲するしかなかったのだから。

 そして、形ばかり取り繕った謝罪会見が行なわれて……数日後、偽りの逮捕劇がテレビを通して世間を賑わせる。

 逮捕者が動機として語った、


『死ぬまでに歴史に残る事がしたかった』


 は、流行語大賞こそ逃したものの、いくつかの漫画等でネタとして扱われるほどには世間に浸透していき。 

 そして、年末になれば、


『ああ~。そういえばそんな事もあったっけ?』


 なんて言われる事件の一つとして人々の頭の隅に追いやられ――あるいは記憶の欠片すら残さずに忘れ去られていった。

 そんな中、この事件を一部の者は、


『ワンデイズ・ロストバンク』


 こう呼んで新たな都市伝説を語りついだ。


『実は、逮捕された犯人はフェイクで、真犯人はブルークリスタルをサービス終了に追い込んだバグ・プレイヤーの仕業だ』


 と……


 もしも、本当に。


 突然全ての通信環境がその力を失ったとしたら。


 いったいどれだけの被害になるのだろうか?


 インターネットサービスが当たり前となり電子マネーは日々取引されている。 

 手元に無いだけで銀行には大抵の者が金を預けていることだろう。 


 それら全てが消滅してしまったら? 


 携帯電話は日々加速的に進化を遂げ、最早日用品レベルで人々に浸透している。 


 それら全てがただのゴミになってしまったら?


 今さら後戻りなんて出来ない。

 利便性を追求し得た通信端末の乱開発。


 それら全てが機能を失えば――


 金融取引どころかライフラインすら止まりかねない。 

 この国は、壊滅的なダメージを受ける事になるだろう。

 果たしてそれは……核兵器による攻撃を受けた時と、どちらの被害が大きくなるのだろうか?


 それから半年後――


 異例の速さで、とある世界が誕生した。 

 西守の財と才を存分に使って作られたその世界の名は、【リトライ】と名付けられ。

 それは、特定の者に向けた挑戦的なメッセージでもあった。

 そして、その時期を前後して――多数の者が行方不明になる事件が起こり。

 全て、闇に葬られていた。

 

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