1-27
そして始まった、カラフルな学園生活も2年目。
思い返してみれば――色んな状況下での模擬戦闘もどきがあった。
宣言通り。
栞、龍好、みらいの三人は徹底的に白旗を振り続け。
それが、事態を暗転させ続けた要因になっていた。
新入生に足元をすくわれた私設部隊の隊員達にとって、リベンジしたいのは特定の三人である。
相手にしてもらえないなら、相手にしてもらえるまで徹底的に攻め続けるのみ!
その一念が入学当初、紅にダメだしされた新入生達を急成長させていた。
まだあどけなさの抜けなかった上川のしゃがれ声は、どこか男っぽくなりガタイもいい。
佐々木に至っては、おっさんみたいな風格を醸し出している。
スーツを着て髭でも付ければ、じゅうぶん門番に見える。
中でも一番変貌を遂げたのが日影だった。
それは、もう明らかに裏切り行為だろう。
龍好にとって唯一の同類と信じていたヤツが――ひ弱な爽やか青年だと思ってたヤツが。
顔付きを引き締め、凛々しさなんぞを加えおってかっこよくなってやがるのだ!
しかも!
龍好よりちょっぴり高かっただけの身長をぐんぐん伸ばしやがってけしからんこと、この上ない!
たった一年で平均身長を5センチも上まわっただけでなく――精神的にも成長したのか自分からものを言う事が格段に増え、なにかにつけて龍好に絡んできていた。
せっかく、進路が分かれて暑苦しいヤツと距離をおけたというのに別な意味で暑苦しいクラスになってしまっていたのだった。
そんな状況下でありながら――無言で龍好を見下ろす紅。
「なぁ。たっくん、なんかしたん?」
やはり、栞も気になったらしく囁き掛けてきた。
教師と見詰め合う位なら栞と見詰め合った方が100倍以上有意義な時間が過ごせるというもの。
「いや、なんかしたとしたらお前だろ?」
「新学期に、黒板消しをドアに挟むんは基本やよ」
「いや。あれは、黒板消しじゃなくてスポンジだろ……」
「しゃー、ないやん。ここの黒板チョーク使え――」
目前での囁きを断絶するかのように、大きな声で紅が龍好を呼ぶ!
「芒原!」
「はい」
龍好は、意味も分らないまま――返事と共に立ち上がる。
もう紅の声に怯む者は誰も居なかった。
あんな状況でありながら、誰一人として脱落しなかったクラスメイト総勢25名。
みな入学当初からでは考えられないくらい肝が据わっていた。
「特殊な魔力回路を持たないきさまに朗報だ」
「はい、なんでしょか?」
もしかして、この不遇状態からの脱却をしてもらえるのだろうか?
そんな安易な考えから期待感が胸をノックし、顔を綻ばしてしまう。
まるで、クリスマスプレゼントを前にした子供の様である。
「リトライにも、魔法習得のための学園があるのはしっているよな?」
ちょっぴりだけでも期待した自分の愚かしさを噛み締めながら拒絶を伝える。
「知りませんし、知っていても行く気はありません」
「ちっ、そうか。せっかく単位習得のための提案だったんだがな……」
「いえ、現状で問題ありませんので」
「ホントに行く気はないのか? 結果次第では宿題もレポートの提出も免除してやるぞ!」
「はい、頼まれても行く気はありません!」
「ああ、そうかい。じゃぁ、仕方ないな。いままで通りたんまりと宿題だしてやるから覚悟しとけ」
「分りました。では、今後一切そのての話はしないで下さい。おねがいします!」
龍好は、深々と頭を下げてから着席する。
「はぁ~……」
紅は、視線を龍好の隣に流し――力及ばず、
(すまないな)
の意を込めてみらいと目を交わす。
みらいも、心で溜め息を零すと、
(いえ、こちらこそ。無理をお願いしてすみませんでした)
軽くお辞儀して、礼を伝え。
いらだちから視線を窓の外に移す龍好を眺め、気なしに呟いていた。
「ばか……」
今日に至るまで、龍好の宿題やレポート等の課題を用意してきたのは、みらいだった。
その内容も様々で、全く授業と関係ないものから自分でも採点不能なものまであった。
難解な物理の公式を熟知していなければ解けない問題。
大学入試レベルの数学の問題集。
古語を飛び越して、古代語の読解。
教科書では知りえない世界史の裏側。
5各語に始った外国語でのレポート提出。
もちろんただ提出しただけに等しい間違いだらけ。
それでも龍好は、この一年間で一回も文句を言わずにやり抜いていた。
毎日といっていいくらい――放課後は、図書館にこもって一人で考えてなんとかしようと頑張っていた。
それら全ては、龍好に苦痛を与えるため。
人には苦痛を選ぶ習性がある。
もし二つの苦痛が用意されていたなら、自分にとってより程度の低いと感じる苦痛を受け入れるのだ。
だから一年間掛けて相応の苦痛を作ったつもりだったのに。
そして、その苦痛との引き換条件としてリトライに行くことを提示する作戦だったのに。
当初の予定とは変わってしまったが。
ただ栞の隣に居てくれればそれで良かっただけなのに。
今朝の龍好の反応を見れば無駄な努力だったとしか思えなかった。
ワンデイズ・ロストバンク事件と呼ばれた惨劇の犯人は一週間も経たずに捕まり。
この国全てを巻き込んだと言ってもいい銀行取引停止事件は幕をおろした。
しかし、西守が繰り返してきた茶番劇が災いし、その信憑性に不安を覚える者は少なくなかった。
そういった者たちが向けた いらだちの矛先がブルークリスタルにおいて龍好が操作していた銀時計達だったのだ。
そして――
それは、いまだネットに根付き、悪評を伝えている。
みらいが、この一年どんな思いで課題を用意してきたか知る紅は、もう一度――自分と目を合わせようとしない龍好を見つめていた。
隣で、栞が、
(ダメだったんよ)
首を横に振っていた。
それを見て、「以上だ!」捨てゼリフを吐くようにして教室を出て行く。
いつも自信満々で悠然としている顔は、珍しく悔しさで歪み、下唇を噛み締めていた。
それは、教師としての顔でも西守私設部隊隊長としての顔でもない。
一個人。
西守 紅として、西守 みらいに対する友情にも似た思いゆえだった。
自称炎の魔女の一番弟子を名乗るみらいが、どことなく自分と重なり。
妹みたいな彼女を応援してあげたかったからである。
この時、まだ紅は知らなかった。
弟子が当初の予定とは違う意味でリトライに挑む事を――
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