1-25


「隊長……まさか」

「いや、違うぞ黒田。そう、たまたまだ、たまたま」

「ほーたまたま、偶発的に常に左足から動いていたとでもおっしゃるのですか? よもや、学生だから、新入生だからといって油断していた。なんて言い訳は言いませんよね?」


 黒田さんの呆れ果てた睨みに――紅は「うっ」悲鳴にもにた呟きを零して目を逸らすと。

 みらいが龍好を睨み下ろす!


「バカ! なんで言っちゃうのよ! いい! 相手が自分のクセに気付いていようがいまいが、利用出来るうちは徹底的に利用するのが常套手段なのよ!」

「え、だってこれ反省会だろ!?」

「そんなもの適当言ってお茶濁しておけばよかったのよ! バカっ!」

「げ……そうだったのか、スマン」


 龍好は、本当に申し訳なさそうに、みらいに手を合わせて頭を下げるが。

 みらいの内心は違う。

 こうして、師匠の甘さを指摘する事が目的だったからこそ、龍好にはバラすな!

 と、言ってなかったのだ。

 確実に部下の失態だと思ってぶつけたはずの苛立ちが、数倍になって跳ね返ってきて自分を追いつめる。 

 みらいの性格を考えれば、ここまで読んでいてアノ台詞セリフだったのだろう。


『ええ、紅先生の顔が悔しさに歪むのが楽しみですから』


 教えるべき相手に身体を張ってまで痛感させられた事実。

 自分に落ち度がなければ今日のふざけた作戦が実行されなかった可能性は否定できない。

 そのやるせなさに紅は、呻きをもらすしかなかった。


「ぐうぅぅぅ」

「全くに持って、お弟子さんの言う通りですね。た・い・ちょ・う・さ・ま!」


 黒田からしたら、紅はかなり年下。

 どちらかと言うと、この黒田の方が西守私設部隊の隊長に近い役割を担っている。

 ゆえに、何度となく、目に付いた点は指摘してきた。

 元々戦闘特化タイプだった紅は幼い頃より矢面に立たされていて。

 その時に染み付いた癖があった。 

 それが、常に左足を起点にして動くだった。

 そして、それは教師として教壇に立つ時も同じで、何か行動を起すと気持ちが入った時に左足が先になって動くのだ。

 その回数と立ち回りを観察すれば、昨日の紅は左足から教室に入り、左足から出るまで、格段に右足から歩き出す回数が少なかったのだ。

 それこそ、紅のクセを聞いたばかりの栞と龍好ですら簡単に見抜けるほどあからさまに偏っていたし。

 今朝のホームルームも、体力測定開始を伝えに来た時も同じだったのだから決定的!


 ――後は、練ってあった作戦を実行に移しただけの話だった。


 話が一段落したところで。

 黒田は、部下から聞かされた可能性が事実なのか確かめるべく疑問を投げ掛ける。


「それでは、隊長に質問があります!」

「ふんっ。なんだ言ってみろ」


 隊員の大人らしい態度と真逆。

 きちんとしている部下に対して隊長様は拗ねて返事を返していた。


「自分達は、この少年に探査能力があるとは伺っておりません。今回のテストでは、新入生の敵性レベルを見極めるという趣旨だったはず。それでありながら我々に事実を伝えなかった理由をお聞かせ下さい」

「は……?」


 それは、紅にとっても初耳だった。 

 なんか心の中のもやもやを一掃するくらい予想外の質問だった。 

 不可思議な者を見る目で尻餅をついたような格好で座り込む龍好を見つめるが、答えは、


「はい、紅せんせー!」


 栞が挙手して答えを教えたいとうずうずしている。


「なぁ。由岐島。もしかして本当にコイツは探査能力があるのか?」

「んとなぁ。たっくんは、空気の流れとかが分る人なんよ~」

「芒原。由岐島の言っている事は本当なのか?」


 紅の半信半疑な問い掛けに対し――龍好は、そんなのあたりまえじゃんって感じで言う。


「あー。今日は、湿度高いじゃないですか。だから、空気の流れのおかしい所が分り易かったんですよ~」


 部下から、自分達の人数と布陣がバレている可能性を聞いた時は何かの勘違いではないのかと言い返した。

 それでも――少年が、記録係に書かせた数字に違和感を感じ――そのまま観察していたら、あからさまに記録係が自分達の布陣を確認し始めたと聞いて当惑していた。

 その時から気になっていた答えを得ると。 

 もの欲しそうな目で龍好を見つめてから満足げな表情で頷く。


「なるほど、そうでしたか。正直なところそんな事で我々の人数と配置が分るとは思えませんが、実際に我々の布陣が彼の見抜いた通りだった事は事実。認めるしかないのではないでしょうか」

「は? 11人だったのは知っているが、どうして布陣にまで気付いていると分るんだ?」

「巫女さん」


 黒田さんが説明するより早くて的確だと判断した、みらいが言ったセリフで、ようやく紅は思い当たった。

 イジメてる様にしか見えなかったフリスビーの乱投。 

 一回だけで良いからとせがまれて渋々許可した円盤投げ。 

 普通なら瞬時に気付いても可笑しくない数字の意味。


 木の葉を隠すなら森の中――


 暗号を隠すならネタの中……だったということである。


 過去にもクセの強い連中ばかりと付き合ってきたが。 

 どうやら今回もそれに負けず劣らずだったらしい。  


「なるほど、キサマらがやっていたフリスビーも。今朝になって急きょやりだしたいと言って来た円盤投も、353の布石だったということか?」

「当然や! フリスビーは、おっちゃん達が隠れとる場所探すための口実やったからな!」


 栞がしてやったりといった顔で自慢げに胸を張る!


「あははは。なるほど。すにゃいぱーとは、一人が目となり、一人が引き金となり、一人が弾丸となる。三身一体で銃になる作戦でしたか」

「おお~! 黒田のおっちゃん! えーセンスしとりますなぁ」

「いえいえ。そちら程ではありませんよ。『相手だけではなく、自分達も弾を撃たずに戦いを終わらせる事がなによりも大事』これは、平和的解決こそが最大の勝利と言う隊長の教えです。今回も結果だけ見れば誰一人として一発も撃ってませんからね。やりかたはともかくコレは大勝利と言っても良いんじゃないでしょうか。ね~、隊長さん?」


 自分の愚かさと、くやしさ。

 自称一番弟子のこ憎たらしい笑み。

 もう、やけだった!

 紅が上着のポケットから真っ赤に塗り変えられたエッグを取り出す。


「エッグ・オン! 西守 紅の名において命ずる! ここに居る、西守 みらい、由岐島 栞、芒原 龍好のエッグを強制起動! 各自に私の口座から40万円分の食事代を入金しろ!」


 紅の声に反応して、本当に三人のエッグが起動して入金申請を受諾完了していた。

 本来は主の命令がなければ他人の言う事なんて全く聞かないはずのエッグが主人の許可も無くである。


「ほえ~」

「マジかよ……」


 驚く二人に対して。

 紅の持つ特権を熟知しているみらいは、この後くるであろう質問を先回りする。


「気にしなくてもいいわよ。どうせ、黒田さん達に入る予定だったお金だから。私達が美味しく頂いても問題ないわ」

「あや~。ごちそうさまです~」


 栞が紅に頭を下げると、


「えっと。なんか、ありがとうございます」


 龍好も、続けて頭を下げるが、思考は予期せぬ金額が入金された事にほんろうされていた。 


「どうだ、黒田! これで文句無いだろ!」

「当然ですね。我々の足を引っ張るどころか、生徒の隠れた才能にすら気付いていなかった。あげくは、ご自分の生徒に自分のミスを指摘される始末。これで隊長のミスまで背負わされたら部下達に示しが付きません! それでは、なぜ我々の出鼻が挫かれたのかも含めて! 今日の反省会楽しみに待っております!」

「あら! でしたら、ソレの説明する役が必要ですよね。宜しければ私にやらせては頂けないでしょうか?」


 みらいが、にっこりと両手を合わせてお願いすれば、


「それはありがたい。他にも伺いたい事がありますので是非!」


 黒田さんは快く了承してくれた。


「み~ら~い~」

「うふふ」


 予定通り、悔しさに歪む師匠の顔を見れて満足な顔をするみらい。

 その内心は、友人が危険な目に遭わなかった事に心底、ほっとしていたのだった。




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