1-24

 紅は、新たに入隊した者達に必ず言う事があった。

 それは、『パートナーにとって安心して背中を任せられる存在になれ』である。

 例えどんな窮地であっても、その信頼関係が状況を打開する武器になる事もあるからだ。


「ふんっ! いいか、今回は特別だ! 特別に認めてやる! だが、いいか! 次は無いと思え!」

「うさぴょ~~ん!」


 栞は、大きく屈んで真上に跳躍!

 その高さは垂直飛びの世界記録を軽く超えていた。


「おっしゃ~~!」


 龍好はガッツポーズをすると力尽きてそのまま、へたり込み――両手を地面について身体を支える。

 みらいは不適に微笑む。


「うふふ、紅先生。その言葉、これで三回目ですよ」

「うっ! うるさい! 次と言ったら次だ! 次こそは、ないと思え!」

「なぁ、みらいちゃん、もーネタばらしてもえーえ?」

「もちろんいいわよ」

「はい、紅先生」


 栞が、とっても嬉しそうに手を上げて、


「なんだ由岐島」


 ジャージの上着を捲って見せ付ける。


「実はなぁ、たっくんの上着とズボン仮りとるんよ~」


 紅の眉間に皺が寄る。

 この学園の制服が布面積で大きく値段を変える理由。 

 それは、私設部隊と同じ繊維で織られているからだ。

 防弾、防刃だけでなく。

 普通なら一生縁が無いであろう防魔まで備わっている。 

 それは麻酔弾どころか科学合成された毒すら無効化する優れもの。

 値段こそ張るが、それで我子の安全が買えるなら安い物だと言って――金を持った親御さんからは拍手をもって受け入れられていた。


「あとな、あとな~、更になぁ、この下に紅先生と同じ戦闘服も着とるんよ~」


 上着のボタンを外し、はだけさせたその中から白い戦闘服が顔を出していた。

 紅の拳が先程とは別の意味で震える。

 苛立ちが募っていく。

 例えるならば、今日の由岐島は、戦車に装甲を貼り付けた上に鎧まで着せておきながら。

 更に業火で防御結界を張っていた事になる。

 仮に炎の防御結界が無くとも。

 仮に特別な外皮を持たなくとも、これでは通常弾どころかライフル弾ですら――ちょっと何か当たったかな?

 程度で済んでしまう。 

 それこそ特殊貫通弾でも持ってこなければ怪我をさせる事は叶わないだろう。

 そもそも――今日は、もしもの事がないように、ペイント弾以外は持たせていない。

 なにか遭ったら全て自分で処理するつもりだつからだ。

 それでも、万が一でも、間違って誰かが通常装備を持って来てしまった場合に備えての降伏だったのに。

 普通の戦車だと思っていたヤツが装甲戦車に化けていて、おまけに鎧を重ね着してやがった!

 ここまでやっておいて、よくぞまーあんな殺し文句をいけしゃーしゃーと言ってくれたものだ!


 着膨れしているのは分かっていたが、なにかのネタだと思って追及しなかったのは完全に自分の落ち度。

 いや――すでに由岐島の手中にハマっていたと言う事なのだろう。


「つまり、先程のタヌキとは皮算用ではなく。狸寝入りだったという事か?」

「そーでーす」


 栞が、したり顔でとっても嬉そうだ。

 紅は、引き攣った顔でみらいに問い掛ける。


「なぁ、みらい」

「はい、紅先生」

「お前、私を信じていると言ったよな?」

「はい、ですから教えを守って常に現状に満足せず、より上を目指してみました」

「では、なぜ最初から防具を着込んでいると言わなかった」

「ネタは、最後にばらすのが基本だからだそうです!」

「ぷっ」


 黒田さんが吹き出した。

 さすがに我慢出来なかったらしい。

 ネタが面白かった事もあるが、隊長の人間らしさが嬉しかったのだ。


「黒田! キサマ自分の立場分かってるのか!」

「ええ、分かってますとも。誰よりも部下を思いやる優しさを持った隊長の部下ですから」

「き、きさままで! いい大人が卑怯だぞ!」


 この手の言葉に異常に弱い紅。

 紅が恐怖の対象であると同時に部下や生徒から好かれる理由。

 それは、ずぼらでいい加減だけど。

 口も悪くてがさつだけど。

 人を思いやる優しさがあるからだった。

 元々才能だけが過大に評価されて隊長に抜擢されただけ。 

 だから、本当に危険と判断した戦闘では単独行動が基本だった。

 それを安易に容認出来るための隊長でしかないのだ。 

 本来は部下を持たない隊長。

 しかしながら、その名だけはワールドクラス。 

 形だけでも隊長じゃないと格好がつかないから隊長なのだ。


「アハハ」


 黒田は笑う。


「くー」


 紅は、全身を包む赤い服に負けないくらい顔を赤く染めている。 

 もう、どこでもいいから苛立ちをぶつけたかった。


「いいだろう! 後できっちり説教するつもりだったが! もう止めだ! たった今から反省会だ! 覚悟しとけよ黒田!」

「はい!」


 黒田さんの顔は厳しくも声は嬉しそうだった。

 紅の真っ赤に染まった顔が三人を見据える。 


「キサマらっ! いつから今日の襲撃に確信を持っていた!?」

「いつからもなにも、昨日からですけど」


 龍好が、いかにも、なに当たり前なこと言ってるの的に言ったセリフに対し、


「あ……」


 紅の発した溜め息にも似た小さな呟きが零れると、微妙な空気が漂い始めた。

 黒田さんのこめかみがひくひくしている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る