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これは、すでに勝ち負けではなかった。
教え子に銃口が向けられ――弾が出る前に事を収めたかったからだ。
足元に置かれた、使って下さいと言わんばかりの赤い色した拡声器。
してやったりといった表情で這いつくばる自称、自分の一番弟子に強烈な苛立ちを感じた。
真っ赤な瞳がギラギラして睨み下している。
よもや、友人を敵陣ど真ん中に放り投げる様な事までして、勝ちを得ようなどといった、非人道的な作戦を実行するヤツだとは思わなかったからだ。
友として、仲間として楽しくやっていると信じていただけにがっかりした。
今後の返答次第では師弟関係を断絶しようと思う。
部隊用の無線もあるのだが拡声器は都合が良いので拾い上げて使わせてもらう。
「黒田! 我々の負けだ! 全員分のプレートを持ってココに来い! 後の連中は帰って反省会の準備! それから、みらい、由岐島、芒原! 以上の三名以外は帰ってよし! 今日の授業はコレで終わりにする!」
観客席の椅子の下に潜り込む様にしていた生徒達も。
グラウンドの地面に這いつくばっていた生徒達も、なにが起こったのかいまいち理解出来ないまま帰って行く。
それと同じく競技場の屋根に隠れていた狙撃手。
死角に潜んでいた人達もかくれんぼの終了とばかりに身体を隠すのをやめて湧き出てくる。
それらが競技場を後にする頃――
仁王立ちして真っ赤な眼を吊り上げる紅の前には――尋問を待つ容疑者三名が仲良く並んでいた。
真ん中に首謀者と思えるみらいを置き、左手側に龍好。
右手側にヘルメットを脇に抱えた栞の準で並べられた。
首周りを覆っている白いタートルネックが印象的だった。
そこに、兎狩り部隊隊長。
190センチほどもあるガタイのいいおっさんは、つや消しされた黒いつなぎと同色のヘルメットで全身を覆い隠し。
腰には、ごっつい凶器をぶら下げている。
彼は何も言わずに、龍好の隣に立つと。
ヘルメットを外し、姿勢を正して敬礼する。
黒い短髪と厳しくも優しい顔立ち。
背筋をびしっとのばしている。
その姿は、立派な軍人さんの様だった。
それを、見て何も言わずに紅は頷く。
指示があるまで口を開くなと言いつけてあるからだった。
赤い瞳が再び、三人を見おろす。
特に目の前に居るみらいに対してはその厳しさが強い。
「キサマらは、由岐島が暴れたら麻酔弾、で撃たれるのは知っていたよな!?」
「はい!」
三人の声が重なる。
確信的な行為に苛立ちが募り、紅の怒声を震わせる。
「知っていながらにして、よくもまぁこんな酷い作戦を実行したものだなっ!」
「はい、紅先生~」
栞が挙手する。
「なんだ! 由岐島っ!」
大人でも普通に逃げたくなるギラツク眼光にすら全く怯まずに、いつものまったりペースで栞は言う。
「みらいちゃんが言っとったんですけどぉ。紅先生は、全方位360度どこから弾が飛んで来ても一万発位なら一瞬で蒸発出来るって言ってました~」
「ほー。つまり私頼みの作戦だったというわけだな!」
「そーでーす」
ふざけるにも程がある。
紅の手が震えギリギリと歯を鳴らす。
「だったら聞こう! もし私が何もしなかったらどうした!?」
「タヌキさんになってました~」
栞は、にこりと笑って見せる。
そこには、微塵の恐怖も感じなかった。
「ふっ、確かに由岐島の皮は高く売れるだろうが……みらい!」
「はい、なんでしょうか。紅先生?」
憎しみすら感じる睨み。
それにすら、みらいも栞同様に、にっこりとして言葉を返す。
「キサマは、もっと友人思いのいいヤツだと思っいたがな、残念だよ。だが、反省するというなら弁解の余地を与えてやる! 今一度聞こう。キサマは、由岐島が撃たれらどうするつもりだった!?」
「先ず撃たせないというのが前提条件であり、それが叶わなかった場合、最終的には栞の外皮硬化に頼るしかないというのが、この作戦の致命的な欠点でした」
「ふざけるな! 確かに由岐島の外皮硬化は優秀だ! だがアレは反射であって意図して出来るものではない! もし麻酔弾でなく実弾が撃ち込まれでもしたら致命傷だぞ!」
声が震え右手が疼く。
本気でぶん殴ってしまいたかったからだ。
紅の心は、それ程にかき乱されているというのに、対するみらいは余程自信があるのかにっこにこ。
「実は、今日まで隠していたのですが。現在、栞は外皮硬化を自分の意思でも操作できるんです。ですからその気になった栞の身体には通常弾どころかライフル弾ですら擦りキズを付ける事はできません。まして今は完全解放状態。そんな身体に麻酔針が刺さるとは思えません」
「ほー、そいつは初耳だったな。確かにそれが本当の話なら、由岐島が怪我をする可能性は低いだろうな。だが、お前はいったいいつの話しをしているんだ? 今の麻酔弾は針など使わん!」
「ですよね~。皮膚浸透式の吸着弾で薬剤の量を調整すれば三歳未満の子供でも安心かつ、安全に眠らせられるってうたってますもんね~。そんなもので栞が怪我をするとは思えません」
「ふっ、だからどうした! 全ては可能性の話しでしかない! 冗談ヌキで特殊貫通弾でも撃ち込まれでもしたら戦車ですら貫くぞ! いいか良く聞け! 戦場に絶対はない! それでもキサマは由岐島をその前に立たせるのか!?」
「確かに……この、すにゃいぱー作戦は、私としてもあまりいい気はしませんでした。ですからこそ万全を喫した上で信じました」
「ほー、何を信じたって!?」
「絶対に信じられる人をです!」
「ふっ、どうやらキサマの辞書には、裏切りや寝返りといった言葉が載っていないようだな! 悪い事は言わん、今すぐに追記しておけ!」
「その必要はありません。それらの言葉はきちんと載っています。ただ、補足事項にそれらの言葉は西守 紅に対しては絶対にあてはまらないと書いてあるだけです!」
「ほ~、そりゃまた随分と私をもち上げてるじゃないか。だったら今ココでキサマを焼き殺しだとしても怨まないってことだな!」
「うふふ。そんなことはありえませんけど。仮にそうなったとしたら、最後まで師匠を信じられた自分を誇りに思うだけですわ」
卑怯だと思った。
ずるいと思った。
純真な空色の瞳が全幅の信頼を込めて自分を見上げている。
こんなにも真っ直ぐに想いを込めた瞳で、こんなにもきっぱりと断言されたら――絶対にその信頼を裏切りたくないと思ってしまう。
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