1-12
てっきり担任が行う魔法学が始まるものだと思って構えていた生徒達は拍子抜けしていた。
担任の別名。
炎の魔女として西守が位置づける彼女のレベルはトリプルA。
世界最高の危険人物として教科書に記されている。
不用意で気を害さないために大半の者が家庭教師を雇い物理法則について予習してきていた。
不用意な者は、龍好と栞の2人だけ。
あとは、備える必要のないみらいだけだった。
魔法と呼ばれる現象を物理現象と捉え、真剣にソレを理解しようとする授業は大学レベルの知識だけでなく。
応用力や独創性等が不可欠になる。
だから備えた上で構えていた。
何が来ても、何を言われても驚かないように。
うろたえないようにと。
そんな気構えが必要なくなった心には、確実に隙が生まれていた。
所々歯抜けになった席順に統一性といったものが見られず。
コレでは、今後の授業に支障が出ると判断。
仕方無しに、教師は元の席順通りに名前を呼び、手元の資料に修正を加えていた。
そんな中――
男子生徒の一人が「ぷっ」と小さな声を漏らす。
三十台後半。
歴史教師の名は
ソレをカツラと結びつけてしまったわけではない。
残念な思考回路がネタを構築するために教師の目を盗んで忍び寄り落書きをしていたのだ。
そして描き終えた無駄に可愛いイラストが彼の失笑を誘ったのである。
淡い乳白色の教卓には、しおりん剣山と題された落書きが黒い油性マジックで描かれていた。
それは、ふくよかな猫が爪を真上に突き出し――その爪を、剣山にみたてて桜の木を生けているのだ。
満足げなホホは程よくつり上がって牙をのぞかせ。
目を細めてにやりとする右目の目尻には、星がキラリと光っている。
それを見た男子生徒が、うっかり零してしまった失笑に対し教師が極端な反応をした。
「誰だ! 今、笑ったヤツは!?」
声の感じからして男子と見切りをつけた睨みが、それらしい顔をした生徒を探し始めるも。
席順の修正中だったこともあり。
視線が席順と生徒らの顔を行き来している間にうやむやになってしまっていた。
彼には、彼だけは気付いていない事実があった。
それは、大人世界特有のマナー。
相手の弱みに気付いても、見ぬ振りをしてあげる。
で、ある。
しかし誰もソコに触れなかっただけなのだという事実は自己満足で捻じ曲げられ。
いまだに誰にも気付かれていないと信じ。
気付かれてはならないというプレッシャーを背負ったまま生きていた。
特に新学期に合わせてカツラから植毛に変えていたただけに気負も大きかった。
それが、新入生の発した『ぷっ』という、小さな音にすら過敏に反応してしまう原因だったのだ。
ソコにネタを見出した残念な思考回路が起立し挙手する。
「はい、せんせ~!」
「うわ~~~~! な、な、なんだ! 由岐島!」
いきなり目の前に、ぬ~~っと現れた栞にビビッて男性教師が後ずさる。
栞だけは、他の生徒とは別。
危険物扱いだが有名人。
だからこうして席順から名前を確認するという手順を踏まなくとも簡単に名前が出てくる。
立ち上がった栞は完璧なポーカーフェイス。
にやりとしたい顔を強引に整えている。
「えとですね~。ちょっとお時間もらってもええですか?」
男性教師の顔は引きつり。
ごっくんと固唾をのんでからこたえた。
「んっ、ああ、いいだろう……」
そこは、やはり教師としてのプライドだろう。
栞同様に顔を整え平静を装う。
歩んで来た栞が、手をちょいちょいとして耳打ちを要求すれば腰を屈めて対応する。
「あのですね。そないに大げさに反応するんは、よくない思いますよ~。黙ってたら誰も気付かんと思うから、ここは、うちに任せて下さいなぁ~」
そして――
いかにも、これは自分が人に頼み事をする時の癖なんですよ。
と、言わんばかりに自慢の黒髪をくるくるともてあそぶ。
教師はヒヤッとした表情を浮かべるが、再びごくりと固唾を飲む。
「おっほん」
と大げさに咳払いを一つして、
「ああ、分った。由岐島に任せるとしよう。好きにしたまへ」
すなおに従ってしまっていた。
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