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 みらいの手元には、数枚の資料があるだけで詳細は不明。

 足りない部分を、説明して補ってくれるのかも不明。

 しょせん、みらいは西守というだけで格は下の下。 

 以前ならまだしも、落ちぶれた今となっては、この程度の扱いしかされない。

 一般人から見たら羨ましい生活を送るだけの金と権力はあるが、同じ西守相手となればひたすら頭を垂れて当然の身分だった。


「本来であれば、こちらが出向いてしかるべきところ。わざわざ来て頂いて恐縮ではありますが……。こちらも予定のある身。用件を完結に仰って頂けると有り難いのですが、宜しいでしょうか?」

「それはそれは、そう言って頂けると、こちらも有り難い限りでございます」


 きっとこの男はポーカーをたしなむ際にもこの顔を一切崩さないのだろう……

 そう思わずにはいられない鉄仮面の様な笑みで用意した紅茶を一気に飲み干す。 

 そこには熱さに歪む顔もなければ、おもむきもない。 

 代わりに、こんなくだらない仕事など早々に切り上げたい――という、いらだちだけが感じられた。 


「それでは担当直入に申させて頂きます。無垢なる破壊神と共にリトライに赴き、核たる存在を討伐してください。以上」

「ちょっ! ちょっとまってください!」


 言うだけ言って立ち上がり、そそくさと帰ろうとする男をみらいは慌てて呼び止める。 


「はて? 今ので用件は終わっているはずですが……? まだ、何かおありでしょうか?」


 男は、鉄仮面を崩すことなく振り返ると――今度は、どっしりと椅子に腰を下ろして腕を組む。

 それは、長期戦の構えであった。

 相手が、その気ならこちらも徹底抗戦とばかりにみらいは声を荒げる。


「それは、いくらなんでも性急過ぎます!」


 期限は1年以内と記されていた。

 かなり短いと考えていいだろう。


「おや、おかしいですねぇ。私が伺っているところですと新学期早々リトライに行かれる予定だったはずですが……何か問題でも? もし、金銭的な事でかたが付くのでしたら融通は利かせますよ」


 大抵の事は金で何とでもなる……それは、西守らしい考え方。 

 以前のみらいも同じ考え方だった。

 以前の自分なら、きっと喜んで金を踏んだくっていただろう。 

 でも、今は嫌気と反発心の方が勝つ。


「いえ、金銭的な補助は不要です!」 

「では、何が不満なのですか? それとも、ああ~。なるほど」


 男は、演技がかった相槌を打つと、決められたセリフを台本通りにしゃべる。


「そうでした、そうでした。ご両親の所在をお調べでしたよね」


 その言葉に、ぞくりとした。

 顔から血の気が引き身体が震えて息苦しくなる。

 両親の所在を隠蔽していたのは利用価値があると上層部が踏んだから。

 しおりも同じ、利用価値があるから飼っていた。

 確かに駒として考えたら実に効率的で効果てきめん。

 もはや服従以外の選択肢が浮かばなかった。


「いくら西守の力を使っても見付からなかった理由。貴女でしたらその考えに至っていたことでしょう。ですからここでは、肯定する。と、だけ言っておきす。別に我々は正義の味方を気取っているわけではありませんからね。少女一人の命でこの局面が打開できるなら安いもの。悲しい事に、それが西守の総意でして。従わない場合は本件の守秘義務違反として相応の処分をする事になっております。言っている事が非人道的なことは重々承知の上。ですが、こうして期限が設けられてしまった以上こちらも予定を変更せざるをえなくなってしまいましたからね。多少の犠牲は止むを得ないということなんですよ。貴女が一緒に戦えばアレも少しは、殺気やるきを出すだろうというのも上層部の見解でしてね」

「分りました。全力を尽くして討伐して見せますとお伝え下さい」

「それは、よかった」


 男は喜ぶ。


「返答次第では、この後葬儀の手配をせねばならなかったものですから、この様な支度で参ったわけですが……杞憂に終わってなによりです」


 男は本心から言っていた―――面倒な処理をしなくて済んだと。


 それは、果たしてだれのことだろう?


 自分、栞、両親、それともそれら全て……と、いう意味だったのだろうか?


「それでは、せっかくヤル気になって下さったので情報提供というか。まぁ我々の敗戦報告みたいなものになりますが。我々の部隊がバグ・プレイヤーに挑み得た結果から討伐に対する可能性と現在の強さを記したものが2枚目の用紙になります」


 みらいは、言われるまま書類に目を通す。


「それらは全て予想値ではありますが、相手は24時間365日フルタイムのプレイが可能。それに対し我々は一日3時間、あちらの時間に換算しても9時間が限界。おそらくは、今後もバグ・プレイヤーがあちらの世界において最高峰に君臨する事でしょう。そして3枚目が我々がバグ・プレイヤーに挑んだ結果です」


 再び、言われるまま3枚目に目を通す。


「ご存知の通り我々は、こちらの世界においてそれぞれ名の通った猛者ばかり。それが、ご覧の通り完敗でした……」


 リトライに置いてレベル差は絶対的な戦力差になりえない。

 もし仮にレベル50の騎士とレベル25の剣士が対峙したとしよう。

 レベル差が絶対的有利要素であるとしたならば騎士が圧倒的な勝利を得る事だろう。

 しかし、リトライは違う。

 騎士がリアル世界に置いてろくに鍛錬も積んでいない、にわか騎士だったならその強さはレベル不相応に貧弱なものとなり。

 剣士が、リアル世界で日々鍛錬を欠かさない有段者だったならば――

 その強さはレベルに反比例し異常な強さを得る事が可能となる。

 結果レベル50の騎士は、剣士に一撃たりとも入れる事が出来ずに無残な敗北をきっする。

 それがリトライの理であり、英雄効果と呼ばれるものだった。


「万が一にでも討伐出来たなら西守の爵位を頂けると聞いて我欲のままに全力を出し切ったつもりだったのですが。いやはいや……。掠り傷一つ付けられないとは……やはり、ゲームというのは己の思うままにはいかないものなんですね……あははははは」


 男は、そこまで話したところで、乾いた笑い声と共に話を切り上げた。

 そして、紅茶のおかわりを要求し――それを今度は、ゆっくりと味わいながら飲んでいた。

 給仕を担当したメイドの一人と談笑している様は、良い仕事をした後に一杯たしなむサラリーマンの様であった。

 それを、尻目に学園に向かう準備をするので「それでは、失礼します」と告げ……

 とぼとぼその場を後にするみらいだった。

 新学期早々リトライに赴く事は決まっていたこと。

 それ自体には驚きも戸惑いもない。

 しかし、実質、両親と友人を人質に取られたも同然。

 敵の敵は味方とは限らない。

 身内こそ真の敵だったのかもしれない。

 でも、抗う術は思い当たる。

 幸いにも先程の話の中には出てこなかった存在。

 リトライの根底に有る理。

 英雄効果という恩恵を最も理想的な形で受ける事が出来る存在が、みらいの手の内にあったからだ。

 場合によっては、この状況をたった一人で打開出来るかもしれない程の存在。

 もしかしたら、それは男が意図的に言わないよう指示されていただけで――

 本当の目的は……それだった。

 その可能性も否定は出来ない。


龍好たつよし……」


 友人の名を口に出すと同時に、「怒るよね……」きっと気分を害すであろう彼の顔が浮かんでしまった。

 彼にとってのトラウマでしかないブルークリスタルの崩壊から始まった惨劇。

 それは今もなお彼を苦しめ、殻に閉じこもらせている。

 でも、彼には圧倒的な有利条件が備わっている可能性が高い。

 バグ・プレイヤーに対して有用な何かが秘められても不思議ではない存在なのだから……


 そして―― 


 友人宅で朝食の席に着き、彼が下りて来るのを待っていた。

 友を守るためなら、両親を守るためなら、何でもしようと思う。 

 だって、時間は止まってはくれないし期日も無言で迫ってくる。 

 それなのに頭の中がぐちゃで、何をどう言ったらいいのか?

 伝えたらいいのか?

 全くまとまらない。

 下手な事を言ってこちらの現状が相手に知れれるのは危険。

 最悪、友と両親を失ってしまう。 

 何かあって死ぬのは自分一人でじゅうぶん。

 でも、自分だけじゃバグ・プレイヤー討伐は叶いっこない。

 普段なら人を貶める事が得意なはずの思考回路が全く機能せず。

 的外れなそれも安易な挑発くらいしか思い浮かばなかった。

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