S✕SのSS(ショートショート)
坂本尊花
第1話 S✕Sのラブコメ
サディスト……それは嗜虐趣向者のことである。度合やジャンルによってその全貌は様々だが、だいたいは【人を痛めつけるのが楽しい】や【人の苦痛に歪む顔が可愛い】などといった多少狂気とも取れる思考が多い。ちなみにリョナラーとは違う、というか、敵対勢力まである。さて、そんなサディストたち二人が相対する或るカフェにてことは始まった。
「……今日も懲りずに私の隣を選ぶなんて、もしかして私のことが好きなのかしら?だったら靴を舐めなさい道草くん、ちょうど汚れが気になっていたの」
「俺がお前に合わせてるんじゃない、お前がいる席がたまたま座りたかったところなんだ。というか、相席しただけで好き判定とかお前こそ俺のことが好きなんじゃないのか?悦べ、蓬莱貴様には俺の椅子になる権利をくれてやる」
道草 雨路、運動部の掛け持ちエース。学歴優秀イケメンで生粋のサディスト。実は蓬莱のことが好き。
美樹麻 蓬莱、美術部所属の大天才アーティスト。音楽、絵画、小説など様々な部門で多様な賞を受賞している美少女で、天性のサディスト。実は道草のことが好き。
この二人は別に付き合っているとかいう訳ではないが、違う部活で違う生活リズムのはずなのにどうしてかこの時間、このカフェでばったりと出会う運命なのであった。けれども、会う度に好きになっていったと言えば語弊がある。何故ならこの二人、実は……
(ここまで568日、今日こそは堕とすからね道草くん)
(始めてこの店に入ったときと、変わらない気持ち……。今日こそはものにするぞ、蓬莱)
そう、お互い一目惚れなうえに初恋なのであった。学園1のモテ男道草も、学園1の美少女蓬莱も、告白されることはあれども誰かを好きになったことはない。それどころか「恋なんてする理由がわからない」とつい数年前まで言っていた口である。だが……あろうことかこの二人、それまで否定していた恋という概念を一目惚れにて知ってしまった。普通なこれでハッピーエンドだっただろう。だが、彼と彼女はサディストである。
「キスをしたい」という想いが声になるときは「靴を舐めろ」に変わっていたり。
「頭を撫でたい」という気持ちが溢れたときは「椅子になれ」と言ってしまったり。
つまるところこのカップル(未定)ども、めちゃクソ面倒なのであった。
「そういえば注文がまだだったわね。道草くんは何を頼むのかしら?」
さて、いつもどおりの
「……シュガー多めのホットコーヒーで」
「ぷぁッ!」
突如として変な声を出し、吹き出し笑う蓬莱。それにもちろん良い気はせず、道草は「あぁ?」と睨みをきかせる。
「み、道草くん。やっぱり苦いものはダメなんだ、相変わらずの子供舌ね」(やばい、可愛すぎるわ道草くん)
「いいだろ別に、何も恥ずかしいことじゃないし。……そういうお前は何頼むんだよ?」(クソ、毎回笑いやがって……笑顔も可愛いじゃねえか)
顔を赤らめながら言う道草、しかしダメージは蓬莱のほうが大きかったらしく。しばらく大笑いしてから再起する。
「アイスコーヒーを一つもらいましょう」
一見普通のこの文言、しかし道草は知っていた。蓬莱という少女が、極度の猫舌だということを!
「蓬莱、たまには違うものも飲んだほうがいいだろう。俺のホットコーヒーを分けてやる、人様から貰ったものを無下にはしないよな?」
ニヤリ、と悪魔のように笑う道草。それは勝利を確信した顔だったが、しかし涼しい顔をした蓬莱の一言によって算段は完全に崩れ去る。
「それはいいですね。しかし、私だけもらうのは不公平なので、道草くんも飲むんですよ?たまには別のものも飲まないと」
手痛いカウンターを決めてほくそ笑む蓬莱と、悔しがる道草……その二人の前に、マスターがコップを2つガチャリと置いた。突然のことに二人がビクリと跳ねるのと同時に、マスターは長年培ってきた笑顔で言う。
「あまり遅いものですから、持ってきてしまいました。いつものホットコーヒーとアイスコーヒー御一つずつ、ホットコーヒーの方には砂糖をたっぷり入れておりますからご安心を。それではごゆっくりなさいませ」
コップを取ると、二人は何かを考えついたようだ、即刻口をつける。そしてお互い微笑をこぼして、それぞれ目的をロックオンする。
(これならば、この堅物も動揺するだろう)
そして二人は___コップをお互いの前に置いた。
「「飲むんだろ?飲めよ!!」」
……静寂が、二人の席を包む。
それから数分後、顔を赤らめた美男美女が店を後にしたという。
S✕SのSS(ショートショート) 坂本尊花 @mikoto5656
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