第48話 不始末の後始末(後)
オレたちは、場所を移した。
辺りは、四方を山に囲まれた谷間にある草原だ。
草原一面が真っ赤なバッタに埋め尽くされている。
幸い今回は、先程の空を埋め尽くすほどの巨大な群れではない。それに、レトちゃんはまだ疲労から回復していない。
だから、今回はバエルの出番だ。
「テっちゃん、お願い」
バエルが呼びかけるとこぶし大の真っ黒なもやもやのふよふよが現れた。
テっちゃんはふよふよと、一番近くにいる真っ赤なバッタのところに漂っていって、バッタをその靄の中に取り込んだ。
バッタを取り込むと靄は大きくなる。大きくなって別のバッタを飲み込む。
靄の中では、取り込まれたバッタが分解されているはずだ。そして、バッタを分解し終わると靄は晴れる。
そのようにして、靄は波紋の様に広がり、周辺のバッタをどんどん取り込んでいく。数分もすると草原の反対側の隅まで靄が広がった。
そこからは、すぐだった。
靄はどんどん晴れて行って、最後にこぶし大のもやもやだけが残った。
「お疲れ様」
バエルは、そう言ってテっちゃんを回収した。
オレはトラちゃんを呼びだして、周辺の捜索に送り出す。
そうしておいてまた次の殲滅に向かうのだ。
巨大な群れの殲滅は三日程度で完了した。そして、それからは各地で小規模の群れを殲滅していった。
そうして、アバドンの殲滅はおおよそ、一週間で一応完了した。「一応」と言うのは、まだどこかにアバドンが残っているかもしれないからだ。念のためトラちゃんを各地において捜索に当たらせているが、今のところアバドンの群れを発見したという報告はない。
結局、殲滅から帰ってきて一か月たったが、トラちゃんからは新たなアバドン発見の連絡は入らなかった。もうアバドンはいないと判断してもいいだろう。バエルに頼んで、トラちゃんを回収に行った。
そして、オレたちが、アバドンにかかりきりになっている間に、あの古城で人質になっていた人間たちの社会復帰が済んだそうだ。
古城に急襲を仕掛ける前に周辺や中の様子をフギンとムニンに偵察させていたので、一〇○人もの人間を常に側に待機させていること。その人間たちをぞんざいに扱っていることはすぐに分かった。
彼らが人質であることは簡単に推測できたので、人質を傷つけないように、最初からフンドくんを夢の世界に取り込む作戦を採ることになったのだ。
だから、フンドくんが拠点にしていた古城を急襲するにあたっては、当然、下準備をした。作戦は、フンドくんの居城に急襲を仕掛け、照明が消えた瞬間を狙って彼の精神をコキュートスに取り込むと言う単純なものだ。事前に、城の空気中にそのためのナノマシンを漂わせて、彼の体内に潜り込ませていたのだ。衝撃に合わせて都合よく照明が消えたのも、もちろん仕込みだ。
最初にコキュートスに入り込み、フンドくんが企んでいることを聞き出したのはバエルだ。古城でルシフをコキュートスに取り込んだ後、その場でコキュートスに侵入し、フンドくんから情報を聞き出したのだ。フンドくんは三人で訪ねてきたと思い込んでいたが、実際はバエルだけしかフンドくんに会っていない。
古城でバエルが夢の世界に行っている間。その体はレトちゃんが守っていた。
フンドくんから情報を聞き出したバエルはすぐにコキュートスから帰還した。
そして、古城にいた人質の拘束を解いた後、フンドくんの肉体とともにこの喫茶店へと帰ってきた。
人質を解放すると言っても簡単ではない。一〇○人もいるのだ。どこから連れてこられたのかも分からない人間たちをいきなり解放して、そのまま放置などできるわけがない。
だから、人質の世話はフギンとムニンにお願いした。
幸い人質の人間のほどんどは、すぐに自分の家族や知り合いのことへ帰って行った。フギンとムニンは残りの帰る場所がない者たちに身元引受人を見つけてやったし、仕事を世話して自立を助けてやったそうだ。
確保したフンドくんの肉体は、死なないように生命維持装置を取り付けて、棺のようなカプセルに入れて眠らせている。何が引き金となって、彼のバックアップが目覚めるのか分からない以上、肉体は生きているときと同じような状態にしておかなければならない。ただ、フンドくんに目覚められると厄介なので、バエルは、彼の精神をコキュートスにコピーした後、脳の意識をつかさどる機能を壊して二度と目覚めないようにした。
フンドくんはは自分が死ねば世界中の国のリーダーも死ぬと言ったそうだが、真偽は分からないし、その方法も分からない。とりあえず肉体を生かしている間は安全のようだからひとまずは放置することにした。
雑草事件の「真の黒幕」については、しばらくするとみんな忘れていった。
フンドくんはインタビュー動画の中で、自身の顔を変えていた。そのせいもあってかオレが黒幕という噂は瞬く間にしぼんでいった。
捜査当局の担当者やジャーナリストがあの古城を訪れたようだが、もぬけの殻だったし、黒幕がいると供述した人間たちはそんな供述をしたこと自体を忘れてしまったようだ。
***
アバドンも人質も片付いたので、レトちゃんとバエルの二人は、夢の世界に閉じ込めているフンドくんに会いに行った。オレはお留守番だ。
バエルは自分が作り上げたフンドくん専用の夢の世界をコキュートスと呼んでいた。
「箱庭のおかげですごいものができました」
コキュートスの本体は研究室に置いてあった金属のキューブに詰まっているそうだが、バエルはオレが教えた箱庭の技術をコキュートスに応用したようだ。
コキュートスの管理者はバエルだが、そこで起こる出来事や登場人物はもちろん、時間経過も自由度が増したそうだ。だから、現実のこの世界では、古城に乗りこんでから二か月も経っていないが、コキュートスではすでに数十年は経過しているという。
そして、二人がそこに出かけていたのは一〇分もなかった。
二人は夢の世界から帰ってくるとコキュートスへアクセスするためのゴーグルと本体であるキューブを破壊した。フンドくんの本名が「ルシフ」ということを教えてもらったが、もう会って話すことなどないだろう。彼は夢の牢獄とともに完全に消え去ったのだ。
ようやく喫茶店に平和な日常が戻ってきた。
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