第45話 超人は夢を見る


 そこからは何もかもが順調だった。

 アバドンは世界中の穀物を食い荒らし、人間たちは飢えて、何億もの人間が死んだ。残った人間は少ない食糧をめぐって争いを起こした。お互いに殺しあって、双方が弱ったところに止めを刺した。

 そうして、僕に服従する人間だけが残った。


 人間たちは僕を崇めた。

 当たり前だ。人間たちの命は僕が握っているのだ。


 だが、ここからが忙しい。

 僕の国を作るのだ。

 最初は小さな国で構わない。どうせ放っておけば大きくなるのだ。

 僕に服従する人間たちは僕の国のためによく働いた。

 僕も優秀な人間には加護を与えてやったし、人間たちに乞われたことは何でも教えてやった。


 やがて人間たちは水も、食糧も、エネルギーも、インフラ、医療、教育も自分たちで何とかできるようになった。

 それでも人間たちは僕を崇めるのを忘れなかった。

 僕は神と呼ばれるようになった。あらゆる者が僕におもねかしずいた。

 そうだ。これだ。実に気分がいい。


 そうして、数年が経った。

 ある時人間たちが、伝染病が発生したと報告してきた。今までにない病気などだという。既存の薬は効かないし、ワクチンも効果がないのだと言う。

 僕はそんなのは知らない。

 仕方ないので、研究者たちにさらなる加護を与えて、知力を底上げしてやった。

 これで治療法を見つけるだろう。


 しかし、事態は収束しなかった。人間たちが手をこまねいているうちに、伝染病でたくさんの人間が死んだ。たくさんの人間が犠牲になった後で、ようやく治療法が見つかった。しかし、伝染病のせいで、経済活動も食糧生産も滞った。物流も停止した。病気を免れても、食糧が手に入らず、飢死した人間も多くいた。


 人間たちが、僕の城に押し寄せた。


「なぜ殺した!?」

「なぜ救わなかった!?」

「神など役に立たない……」

「神を殺せ!!」


 おかしい。あんなに人間たちに良くしてやったのに。なぜ裏切る?

 魅了が足りていないのか? そう思って、人間たちに魅了を上掛けした。

 僕が魅了した人間たちは、たちまち僕に許しを請い、祈りをささげた。

 人間たちはまた僕を崇めるようになった。


 そうしてまた数年が経った。

 近くで大きな爆発があった。

 調査から帰ってきた人間たちの報告では、原子炉がメルトダウンしたと言う。

 あそこはずっと昔に廃炉したのではなかったのか? 炉が生きていたなんて聞いていない。廃炉したと聞いたからここに拠点を構えたのに、人間がまた嘘をついていたのか。

 僕は平気だが人間たちは死んでしまう。

 だから、もうここには住めない。移住するしかない。

 人間たちは、僕の決定に喜んで従った。

 移住先も無事見つかり、そこで再出発することになった。

 僕の新しい拠点は人間たちが建設した。

 前よりも小ぶりな城だが悪くはない。


 移住先での生活が安定したころ、人間同士で争いが始まった。

 生きていくのに十分な資源は一人一人に行き届いているはずだし、「正しい」教育も施されているはずだ。社会保障だって十分に整備している。

 それなのに、なぜ争うのか?

 双方に言い分を聞いてみたが、どちらも自分たちが正しいのだと言って譲らない。

 こいつらは何を慢心しているのだ? 正しいのは僕だ。僕の言うことを聞いていれば問題ないのになぜ自分が正しいなどと増長する?

 忌々しいことに僕の魅了は効果がなかった。僕が魅了したところでお互いの憎しみは消えなかったのだ。

 仕方ないので、争っている人間のうち何人かを見せしめに殺してやった。争いはすぐに収まった。

 本当に手間をかけさせる。


 それから、また何年か経過したある日、蝗害が発生した。

 バッタの大群が発生して、穀物や牧草を食いらしていると言う。しかし、そのバッタは僕のアバドンではないから僕にはどうしようもない。

 僕の手元にはアバドンは二体しかいない。アバドンは巨大な群れにならないと脅威にならないのだ。アバドンも巨大な群れになれば、あればあんな蝗害の群れなどすぐに壊滅させるだろうが、二体しかないアバドンを解き放ってもすぐに返り討ちになってしまうだろう。

 アバドンを巨大な群れに育てるには、農作物を犠牲に捧げなければならないが、それでは本末転倒だ。

 だから、人間たちだけで蝗害に対処するよう命じた。これは試練なのだ。

 しかし一向に収束しなかった。


 そして再び人間たちが僕の城に押し寄せた。全員武装している。

 仕方ないのでまた魅了を上書きした。

 しかしなぜか効かない。


「おい。あのバッタを何とかしろ!」

「お前のバッタだろう」

「神なのにそんなこともできないのか?」

「いや、あいつは神などではない。力の強いだけの人間だ!」

「我々には必要ない!」

「殺せ!」


 そんなことを喚いている。

 僕のありがたさが分からない奴なんていらない。そんな奴らは全員殺してしまって問題ないだろう。


 反逆者は殺し尽くしたが、僕も負傷させられた。全員刺し違えて死ぬ覚悟で突っ込んできたのだ。

 幸いケガは軽い。少し休めば元通りだ。

 しかし、面倒くさくなってきた。なぜ加護も与え知恵も貸してやっているのに命を狙われなければならない?


「少しおやすみなさいませ」

 執事が休むように勧めてくるので、いつものように女を抱いてから寝た。


 ***


 目が覚めると、最初に拠点にしていた古城の寝室だった。

 今まで見てきたものは夢だったようだ。

 執事を呼んで確認すると、あの悪魔たちを殺した翌日だった。


 夢の内容はよく覚えている。きっと予知夢と言うやつだろう。

 僕は天才だから、夢で未来を見通すくらいできてしまう。


 試しに、近くの原子炉を調べに行かせると、夢の通り、まだ生きていた。

 放置すると危険なので、直下に深い大穴を開けて原子炉ごと落として大量の土砂と岩盤で蓋をした。


 数年して、夢の通り、伝染病が発生したが、もはや対処法は分かっていたので、それを人間たちに教え、早急に収束させた。


 また数年すると、近くに温泉が湧いたと言う。

 それは良い。温泉施設を造らせた。

 そうしたら、そこを利用した人間たちが癌を発症し死んだ。

 温泉は放射性物質に汚染されていた。温泉だと思っていたものは埋め立てた原子炉によって加熱された地下水だったのだ。


 再び人間たちは僕を殺そうとした。だから反逆した人間たちを殺した。

 そうして僕はまた、悪魔たちを殺した翌日に目覚めた。


 ***


 今度は疫病にも、原子炉にも、蝗害にも適切に対処した。

 惑星上に残っていた原子炉を確認し、まだ生きていた炉は安全に停止させ、念のためそこからから遠く離れたところに移住した。

 蝗害のことも分かっていたので、対処するための殺虫剤も作らせていたし、発生場所も教えてやった。


 人間同士が争わないように、仲が悪い者同士は近づきすぎないように引き離した。

 しかし、今度は別の者たちが殺し合いを始めた。そいつらを引き離すとまた別の者たちが殺し合いを始めた。

 見せしめのため、何人か殺した。

 本当に何なんだこいつらは? 何が不満なのかさっぱり分からない。


 ああ面倒くさい。

 そう思っていたことろに、また僕の魅了が効かない人間たちが僕を殺しに来たので、殺し尽くした。


 ああ、人間の相手をするのが面倒くさい。

 もういいや。

 アバドンを呼び出して、人間たちをすべて食い尽くさせた。

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