第44話 超人は悪魔たちを殺す


 ある晩、人間の下僕に作らせた食事を摂っていると、物凄い轟音とともに城が揺れた。城全体が揺れたし、照明も一瞬消えたが、すぐに元に戻った。


 奴らが来たようだ。


 ここは最近、僕が拠点としている古城だ。

 そして僕はその古城の食堂で一人食事を摂っている。

 食堂は奥行き二○メートル、幅一〇メートルほどの長方形の作りをしており、中央に細長いテーブルが設えてある。


 食堂の左右の壁に沿って、一〇○人ほどの人間たちを整列させている。こいつらは僕の操り人形だ。肉の壁であり人質でもある。べつに普段何かをさせているわけではない。ただ、あいつらが来た時のために、常に側に侍らせている。


 食事を続けていると、執事を任せている人間が客を案内してきた。執事から客を案内してきたことを告げられるが、無視して食事を続ける。


 そうして、食事を終えたので、相手をしてやろうと顔を上げると、すぐ目の前に拳があった。そのまま座っていた椅子もろとも後ろの壁まで吹き飛ばされた。魔王を名乗るあの小さな女に殴られたらしい。


「挨拶も済んでいないのに、ずいぶんご挨拶じゃないか」


 吹き飛ばされた体勢のまま、そう言いつつ、指を鳴らす。

 指を鳴らすのと同時に、左右の壁際に並ばせていた人間うち、一人の頭が吹き飛んだ。


「分かったか? 下手に僕に手を出すとそこの人間たちが死ぬぞ」


 魔王は僕に向けて残心を示していたが、僕の言葉を聞くと構えを解いて、残り二人のところへ一足飛びで戻っていった。

 こいつらは悪魔を名乗っているくせに人間に甘い。人質と肉壁をそろえていると知れば、手を出してこない。


 さて、改めて客を見ると、二人の女と一人の男だ。三人とも見覚えがある。

 女二人は悪魔で、三千年前に僕を殺した連中だ。そして、男は「箱庭」の開発者だ。冴えない顔をしている。こいつに化けてインタビューを受けたが、もう顔はもとに戻している。

 確かに三人で来いと言ったが、本当に全員で来た。馬鹿正直で大変よろしい。

 全員で来なかったら、揃うまで人質を何人か殺すところだった。だから手間が省けた。

 殴られて吹き飛ばされた壁際から、テーブルに戻る。一緒に吹き飛ばされた椅子は執事がもとに戻している。


「招待状は受け取ってもらえたようだね? インタビューからもうひと月だ。ずいぶん待たせてくれたものだが、いい作戦は思いたか?」

「用件は何ですか?」

「――まあ焦るなよ。ちょっとお話をしようじゃないか。いいからそこに座れよ。おっとそこの男。お前はこっちだ」


 席を勧めると、長いテーブルの僕の対面とその両隣の席に座ろうとしたので、男だけは僕の側に座らせる。こいつも人質だ。


「変な気は起こすなよ? 人質はここに居る人間だけじゃないんだ。僕が死ねば世界中の国のリーダーも死ぬぞ? 別に大した奴らじゃないが、あんな奴らでも死ねば混乱は避けられないさ。下手をすれば国が割れるし、もっと下手をすれば世界大戦だ」


 男が僕の側に来たので、執事に命じて後ろ手にして手錠をかけさせる。そうしておいて、僕の隣の席に無理やり座らせた。

 それを見て、女たちは悔しそうな顔を浮かべつつ、席に着く。

 嫌いなやつらが自分の言いなりになるのは、実にいい気味だ。


「さて、全員席に着いたはいいが、久闊を叙すような間柄ではなかったな。それに茶を出してやってもいいがお前らはどうせ口を付けないだろう?」

「そうですね。それで用件はなんですか?」

 女は相変わらず無愛想だ。まだ立場が分かっていないようだ。

「――まあいい。用件と言うのは、他でもない。僕は勤勉だからね。失敗の原因を聞いておこうと思ったのさ。数千年前と今回の悪魔の雑草の時、なぜ僕は失敗したと思う?」

「素直に教えるとでも?」

「教えるさ。こちらには人質がいるんだから」


「その前に質問です。あなたは三千年前に死んだはずです。どうやって生き返ったのです?」

「ん? ああ、そのことか。いいだろう教えてやるさ。この体はバックアップだ。だから僕にお前らに殺された記憶はない。だが僕を殺したのがお前らだと分かっているし、今回のお礼もしなくてはいけないよな?」

「なるほどバックアップですか……。それは全く気付きませんでした。あれについては完全にこちらの負けだったということですね」

 女は負けを認める。素直になることもできるじゃないか。


「ああ、この身体もバックアップを取っているから殺しても無駄だぞ? 僕が死ねば世界中のリーダーも死ぬし、自動的にバックアップも起動する」

「なるほど……。準備万端という所ですね」


「質問に答えてやったんだから、そちらの番だ。なぜ僕は失敗した?」

「……あなたが失敗する原因は、驕るからです。それ以外にありません」

「驕る? 僕が思い上がっていると?」

「見たところ、あなたは権力を振るうのがお好きのようですね。しかし、その割には権力に対して真摯に向き合っていません。ああ、あなただけではありませんよ? 権力に執着する輩はだいたい驕って失敗します。権力者は驕ることを運命づけられています。なぜなら、権力者は正しくなければなりません。だから、一度示した正しさが間違っていても、それを認めてはいけません。間違っていたなんて認めたら、誰も服従しなくなります。だから権力に執着する者は間違っていてもそれを訂正しないし、引き返したくても引き返せません。そして間違っていることを認めないのは驕りです。驕った者は先に進めません。だから失敗します」

「よく分からないな。正しいのだから間違えるはずないじゃないか。僕はいつだって正しい。間違っているのは正しい僕に服従しないお前らだろう? それに僕は驕ってなどいない。正しいことを広めるのだから、先に進んでいるに決まっているだろう」

「……ああ、あなたはそういう風に考えるのでしたね」


 イラっとしたので、隣の男の頬を殴りつけた。実際には小突いた程度だが人間にはキツイだろう。男は、ぐらついたが椅子からは落ちなかった。寸でのところで踏みとどまったようだ。


「おい。口の利き方に気を付けろよ?」

「……では言い方を変えましょうか。あなたは権力でなんでも思い通りになると思っているようですが、権力で思い通りになることなんてほんの少しです。実際あなたは権力を過信して、いつも詰めが甘い。そして思い通りにならなくなるといつも癇癪を起して、自分から盤面をひっくり返す。ああ、数千年前殺された時のことは覚えていないのでしたっけ? あの時、我々は確かにあなたを殺しましたが、実際は従えていた人間たちに裏切られて、癇癪を起して自棄になって、挙句人間たちに殺される寸前でした。あの時の人間たちはそれなりの武器を持っていましたからね。あなたもかなり追い詰められていました」


 女の言い方がムカついたので、もう一度男を殴ってやった。

「では、今回は僕が失敗する心配はないわけだ。人間など信頼していないし、完全に服従させているからな。おい。そこの左から二番目の女。自殺してみろ」


 僕に指名された人間の女は、ためらうことなく壁に頭を打ち付けた。それで死ななかったので、何度か打ち付けていたが、やがて動かなくなった。女は僕の命令通り死んだのだ。


「ほら。この通りだ。それにお前らだってこの状況をどうやって打開する? 今だって、結局、僕の言うことを聞いているじゃないか」

「……」


 女はなにも答えない。ぐうの音も出ないようだ。


「ふん。まあいい。それに僕が人質を取るだけで、他に何もしていないと思ったら大間違いだ」


 僕はそう言って、指を鳴らして、手元に自分の使い魔を呼び出して見せる。

 僕の使い魔を見た女たちは驚愕で目を見開いている。


「アバドン……」

「流石にこれがなにかは分かるようだな? 人間に付き合ってドローンを使うなんてまどろっこしいことはせずに、最初からこれを使っていればよかったんだ。もう世界中にばらまいてある。僕を殺したら止められないぞ?」


 僕の手元には一匹の鮮やかな赤色のバッタがいる。これは群生相のバッタを模して作った僕の使い魔だ。アバドンはこの一体だけではない。すでに世界中にバラまいてある。

 今はまだ数百体にも満たないだろうが、あらゆるものを食いつくして、増殖を繰り返す。そうして、あっという間に巨大な群れを作る。ついで別の土地に移って、そこにあるものを食らいつくし、また増殖する。

 一体一体のアバドンは本物のバッタの様にかよわいが、巨大な群れとなったアバドンを完全に駆逐することなど出来ない。数体でも残っていたらまた増殖するのだ。


「また、あれを繰り返すつもりですか?」

「ああ、お前は知っているのか。――そうさ。人間は多すぎる。僕に従う者だけが生き残ればいい」


 アバドンは人間の食糧を食い荒らすだけではない。家畜の飼料となる草も食べるし、衣類や木材だって齧る。不運にもアバドンの群れに遭遇した動物は群れに飲み込まれてそのまま食われる。それは人間だって例外ではない。


「悔しいか? お前らにできることなんてもうないんだよ。もしここからひっくり返せるのならばやってみるがいい」

「……そうですね。では、あなたに現実と区別できない夢を見せて、ずうっと夢の世界に閉じ込めてみせましょうか」


 女はくだらないことを言い出した。しかもなにがおかしいのか笑っている。

 もう手遅れだと言っているのが分からないのか?

 まあいい。もう僕の勝ちは揺らがない。


「最後に聞いてやる。僕に協力する気はあるか?」

「私たちは悪魔です。恥ずかしげもなく『正しい』なんていう愚か者なんかに協力するわけないでしょう?」


 女は笑いながらそう言い切った。

 もはや冷静な判断ができないようだ。

 思えばこの女は知恵の悪魔を名乗っているくせに頭が悪い。訳の分からないことばかり言って、まったく役に立たなかった。

 殺してしまって問題ないだろう。


「お前らは、この男のことをずいぶんと大切にしているようだな? そのまま動くなよ? おい、その二人を殺せ」


 男を人質にして女たちの身動きを封じた。そうしておいて、執事に命じて女二人に向けて至近距離でショットガンを何発も発砲させた。それに二人が座った席に仕込んでおいた小型爆弾を爆発させた。

 悪魔と言えど、至近距離でショットガンや爆弾を食らったらただでは済まない。頭と心臓はつぶれる。悪魔だから当然再生したが、その度にショットガンを発射させた。

 銃弾を何十発使ったのかも分からないが、やがて、二人ともピクリとも動かなくなった。頭も身体も原型をとどめていないし、完全に沈黙したようだ。これでもう復活することもない。

 最後に、そこで呆然と立ち尽くす男の首を刈ってやった。


 やったぞ、ついに、三千年越しの復讐を果たした。


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