第43話 悪魔たちは招待を受ける


「あくまー、あくまー、あくまー」

「あくまー、あくま―、あくまー」

 レトちゃんとバエルが身体を左右に揺らしながらご機嫌に歌っている。


「あくまー、あくまー、あくまー」

「ケイはへたくそ。こう。あくまー、あくまー、あくまー」

 オレもつられて歌ってみたら、レトちゃんにダメ出しされてしまった。

 まあオレも上機嫌だから問題ない。事件も無事収束したし、今は三人で仲良く平和に過ごしている。

 オレが悪魔になるための準備も進んでいるし、バエルはオレが教えた「箱庭」をいじって研究するのが楽しいらしい。レトちゃんが指導してくれる鍛錬も順調だし、使い魔のことも少しずつ分かってきた。

 順調だし、幸せだ。

 今日もおやつにクッキーを用意して、三人でコーヒータイムを満喫している。

 ちなみにクッキーは三人で焼いたものだ。これがおいしい。


 しかし、そんな平和は唐突に破られてしまった。


「雑草事件に真の黒幕!」


 コーヒーを飲みながら、タブレットを使って人間たちのニュースを眺めていたら、興味を引かれるタイトルが飛び込んできた。リンクをたどって記事を表示したオレは、飲んでいたコーヒーを吹き出してしまった。


 黒幕はオレだった。


 正確に言えば、そのニュースで雑草事件の黒幕とされていた人物はオレそっくりだった。オレがコーヒーを吹き出したのを見て、二人が何事かとオレのほうをうかがう。

 オレは、先ほど見つけたタブレットの記事を指さしつつ、こぼしてしまったコーヒーを片付けようと布巾を取りに厨房へ向かう。


「安い挑発」

「漏らしたのはおそらくリリスですね」


 二人は、オレが布巾を取りに行っている間にニュースを読んだようだ。レトちゃんが短い感想を漏らし、バエルはあのインラン悪魔がオレの情報を漏らしたと推測している。


 ニュースには、オレの顔写真と、その下にオレがかつて名乗っていた名前が記されている。

 ニュース記事によると、黒幕である彼はすでに北の大国「タサカバ」へと逃亡していると書いてある。その大国はどの国とも犯人引き渡し条約を結んでいないので、捜査の手が及ばないのだそうだ。

 記事にはオレの略歴とともに、心当たりがないことばかり書いてある。

 特別背任の罪で服役したことになっているが、実は服役したのは替え玉で、本人はずっと裏から手を引いて、雑草事件を企てていたのだという。

 根も葉もない作り話だが、複数の人物がそう供述しているそうだ。


 さらに、ネットを漁ると彼のインタビュー動画が見つかった。

 動画を見てみると、インタビューは彼の持ち物である古城で行われたらしい。インタビューの背景はアンティークな家具や豪華な額縁に縁どられた絵画など豪奢な装飾が見て取れる。そしてその豪華な装飾の前には何十名もの人間たちが整列させられている。彼らは人質なのだそうだ。


 彼は自分こそが事件の首謀者であることを認めており、世界的な争いを誘発するために事件を引き起こしたのだという。雑草については失敗したが、今も争いを起こすための準備を進めているそうだ。


 彼は、最初はオレの顔でインタビューに応じていたが、途中、いろいろな人間の顔に変化させていた。これにはインタビューアーも驚いていたが、一つはオレも会ったことのあるアルコーンのCEOの顔だったし、他の顔はレトちゃんやバエルに心当たりがあるものだった。


「やっぱり」

「あいつですね」


 この人物は、例のポンコツのあいつらしい。

 彼は嬉しそうに、自信満々でインタビューに応じている。そして、動画の最後で彼はメッセージを残していた。


「最後にメッセージがあればお願いします。」

「僕は人間を超越した存在だ。超人と呼んでもいいし。神と呼んでもいいぞ。僕はこれから選別を始める。生き残れるのは僕に選ばれた者だけだ。僕を畏れ敬う者だけ救ってやる。ああ、それから、悪魔たちよ。見ているか? 僕はここだ。逃げも隠れもしない。三人で来い。ここで待っている」


 ……なるほど安い挑発だ。

 そして、気持ち悪いし面倒くさい。

 自分が知らないことで自分の顔と名前がさらされて、気持ち悪いとは思ったし、まだ何か企んでいるのかと思うと面倒くさいとも思った。そして、それ以上の感情は湧いてこなかった。

 オレがやっていないのは確かだし、今はすぐ側に味方もいるのだ。

 バエルはオレの手に自分の手を重ねてくれている。こういう気遣いがありがたい。


「これは多分招待状ですね。ここへ行けばあいつに会えるでしょう」

「その、あいつって結局誰なんですか?」

「ああ、いつかお話したと思いますが、私たちがかつて殺したはずの悪魔です。しぶとく生き残っていたみたいですね……。ただ、私たちも名前は知らないんですよ。それだと不便なので、私たちはフンドくんと呼んでいましたが」

「え? フンドくん?」

珍しい名前なので聞き直してしまった。

「はい、いつも怒っていたという彼です」


 ひょっとして、「フンド」は「憤怒」か。

 思い出した。

 レトちゃんとバエルが殺したという悪魔は、自分の思い通りにならなくて、いつも怒っていたという話を、以前バエルから聞いたことがある。

 オレは吹き出してしまった。めちゃめちゃ煽っている。フンドくんなんて呼ばれたら、オレは立ち直れそうにないぞ。


「まだ何か企んでいるみたいですし、放っておくと面倒くさそうです……。殺してしまいたいですねー」

「放置ダメ絶対」


「罠ということは?」

「はい。当然罠を張っていると思います。今回の事件でさらに恨みを買ってしまいましたから、何としても我々を殺したいと考えているでしょうね」


 人質を取っているのは動画にも映っていたが、他にも罠があるのだろうか。せめてどんな罠なのか分かればいいのだが……。


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