第42話 悪魔たちは事件を収束させる
先日立てた作戦は、面白いほど上手く行った。
フギンとムニンが情報を持ち帰る前からオレには気になることがあった。それは、アルコーンは十分にドローンのテストを実施しているのかという点だ。
アルコーンは犯罪行為にドローンを使っている。だからドローンの存在を秘匿する必要がある。墜落や失踪など絶対に許されない。オレだったら、全ての機体で入念なテストしてから本番投入したいところだ。
しかし、秘匿しなければならないために、出来上がったドローンのテストには限界があるはずだ。まして長距離を自動で飛行する特別仕様の固定翼型のドローンだ。まじめにテストをしようとしたら、大変なことになるのは目に見えている。テストと一口に言っても、耐久テスト、飛行性能のテスト、静音性のテスト、搭載されているAIのテストなど、いろいろあるのだ。
誰にも見つからずにきちんとテストするなんて無理に決まっている。
だから、フギンとムニンにアルコーンがどのようなテストを行っているか、追加で調べてもらった。すると、案の定、アルコーンは、出来上がったドローンのテストを十分に実施していなかった。簡単な動作テストを行っただけで、完成品からサンプルを抽出してのテストもせずに本稼働に回しているという。
マモンが持ってきたレポートに書いてあったが、春小麦の被害が出たときに、ドローンらしき機械の破片を農地の近隣の住民が回収していたというし、ずいぶんと杜撰なことだ。
レトちゃんとバエルから犯人像を聞いたが、事件を引き起こしたと思われる「あいつ」は、計画は大胆だが詰めが甘いポンコツなのだと言う。
権力を振るうのが好きだから、政治家やマスコミに圧力をかけて事件をもみ消そうとするかもしれないが、細かいことに気を回すのが苦手らしい。
問題を起こす政治家や経営者に多いタイプかもしれない。
相手がそんなのだったら、放っておいても勝手にボロを出してくれるだろう。
しかし、そうなると別の問題が出てくる。
現場を押さえられないかもしれないのだ。
オレたちは、ドローンにバエルの使い魔のトラちゃんを潜ませ、ドローンの所在を握ることで犯行現場を押さえようとしていたのだが、ドローンがきちんとテストされていないのであれば、その前に故障してしまって現場まで到達しないことだってありうる。
バエルにトラちゃんが一体だけでは、現場を押さえられないかもしれないと伝えると、すんなりと納得してくれた。
いっそ、さっさとドローンを鹵獲して、こちらできちんと整備してから、ドローンを現場に向かわせた方が早いかもしれないという意見も出たが、結局、トラちゃんを潜ませたドローンが無事に任務を果たすならそれでよし。ドローンが途中で壊れてしまったら直して、任務を全うさせてあげようということになった。
トラちゃんはフギンとムニンに託され、無事、ドローンに潜入した。
フギンとムニンは、トラちゃんが潜入したドローンが実際に使われるまでの間、工場の電力を落としたり、サイバー攻撃を仕掛けたり、事件を取り扱ってくれそうなマスコミに接触したりして忙しかった。
***
秘密工場の電力を落としたのは、箱庭の記録と記憶を消すための布石だ。
いきなり電力を落としたので、当然そこで働く人間たちは混乱した。いつもの業務がままならない。そのどさくさにまぎれて細工をしたのだ。
箱庭の環境もドローンの情報も秘密工場内のサーバー内にある。そして、そのサーバーのバックアップを取っているのも、バックアップを保管しているのもこの秘密工場だ。重要なバックアップは別の場所にも保管するのは常識だが、アルコーンは秘密の流出を恐れて、同じ場所にバックアップを保管していた。
アルコーンは箱船に関する情報をすべて秘密工場に集中させている。だからここの記録を消去してしまえばそれで済む。そのために、こちらが好きな時に、バックアップもろともシステムをピンポイントで物理的に破壊するための超小型爆弾を見つからないように設置したのだ。
サイバー攻撃を仕掛けたのは、アルコーンに対する嫌がらせの目的もあるが、「駆除剤」の資料をアルコーンのサーバーに仕込むためだ。
サイバー攻撃の混乱に乗じて、駆除剤の資料はもちろん、駆除剤の開発指示や報告に関する偽造メッセージなども紛れ込ませた。わざわざ、アルコーンのファイルサーバー内に機密情報の区画を作って、そこにファイルを格納した。
さらには、アルコーンの子会社の倉庫に駆除剤の実物を運び込むことも忘れなかった。
トラちゃんが潜んだドローンは問題なく飛行したようだ。
そのドローンは、一旦は近隣の住宅に運び込まれた。そして、風のない曇りの夜に農地まで飛行して、農地に種子をばらまいた。
トラちゃんが知らせてくれる位置情報は、内部のタレコミ情報としてメディアに流した。そのメディアはこちらの思惑通り、飛行しているドローンや悪魔の雑草の種子の撮影に成功し、それは瞬く間に世界中に広まった。
メディアが撮影に失敗したときのために、こちらでも映像も用意していたが使わずに済んだ。
そして、オレが予想した通り、アルコーンが製造したドローンはよく故障したようだ。ドローンのニュースが流れた後、農地の近くで墜落して動かなくなっているドローンを発見する事例がそれなりにあったのだ。それに農民たちが自衛した結果、彼らがドローンを撃墜や鹵獲した事例も多かった。いずれにせよ、それらのドローンは全て捜査当局の手に落ちた。
正体不明のハッカー集団デコーダーズがネットにさらした情報には、アルコーンが「雑草」の駆除剤を開発していたことの他に、駆除剤の実験結果や、使用方法、駆除剤の成分やその構造、製法などの情報が含まれていた。
デコーダーズのメンバーはバエルとフギンとムニンの三名で、活動するのは今回が初めてだ。デコーダーとは「解読者」「解読器」といった意味だが、デコーダーズという名前は今回の活動に当たって、バエルが適当に命名したものだ。
それはともかく、ドローンに使われていた部品や、駆除剤についてネットにさらされた情報に基づいて、アルコーンに捜査の手が伸びた。
オレたちもアルコーン内部の匿名の情報提供者のふりをしていろいろな情報を提供した。
捜査機関によって、アルコーンから色々な証拠が押収されたが、箱庭に関する情報だけは手に入らなかった。箱庭のシステムは破壊されてしまっていたし、なぜか箱庭を扱っていた技術者たちも、何も覚えていなかった。
箱庭に関する情報はきれいさっぱりなくなってしまった。
ただ、箱庭を使って作ったドローンに関するデータは残っていたので、捜査当局はアルコーンが証拠隠滅を図ったが失敗したものとして扱うことにしたようだ。
箱庭には、やはり様々な団体が注目していたようだ。
各国の諜報機関や、様々な企業や研究機関が箱庭やその情報を手に入れようと躍起になった。しかし、そのすべては徒労に終わった。
それに接触しようとした者もそのことを指示した者も、気付いたときには、それについて忘れてしまっていたし、それについて新たに記憶することもできなくなった。
そして、記憶をなくした彼らの目の前で、それに関する一切の資料が消えていった。しかし、そのことに気を留めることができた者はいなかった。
ついには、それについて覚えている人間もいなくなったし、それについての一切の記録が消えてしまった。
バエルの新しい使い魔が暗躍したのだ。
バエルは新しく作った使い魔をレーちゃんと名付けていた。出動させる前に見せてもらったが、見た目は宙に浮かんでいる水の玉だった。こぶし大の水の玉がふよふよと浮かんでいる。時折はじけて小さな玉になったり、それがまた集まって大きな玉になったり。宙に浮かんでいることを除けば本当の水のようだ。
このレーちゃんもテっちゃんと同じように何体もいるらしい。
レーちゃんはフギンとムニンに連れられて様々なところに潜入し、記憶を消し、記録を消したのだった。
***
世界中の化学薬品メーカーは、各国の政府から依頼され、デコーダーズがネットにさらした情報をもとに、雑草の駆除剤を量産した。
アルコーンの捜査により、実際にドローンで種子を散布した農地の情報が入手できていたので、種子が散布された農地へ駆除剤が撒かれた。
農地に駆除剤が撒かれると、たちまち「雑草」が発芽したが、宿主となる植物がなかったのですぐに枯れてしまった。
そうして、人間たちは「雑草」について悩まされることも、明日の食糧について心配する必要もなくなった。
アルコーンの関係者への取り調べはまだ続いているが、彼らは素直に取り調べに応じていると言う。
***
ある日、バエルは、役目を終えたトラちゃんを回収してきた。
トラちゃんは、アルコーンのドローンに潜んで、その位置を知らせてくれていたのだが、先日、その役目を無事終えたのだ。
バエルは回収してきたトラちゃんをオレにくれた。トラちゃんの主人をバエルからオレに書き換えてくれたのだ。
指先を切って、血液をひとしずくトラちゃんに捧げる。
これで書き換え完了だ。
説明するのは難しいが、トラちゃんがオレの血液を取り込んだ時、オレとトラちゃんとの間に何か繋がりのようなものができたことが分かった。そして、トラちゃんのことがなんとなく分かるようになった。もともと位置情報を知らせてくれる使い魔なので、トラちゃんがどこにいてもその場所が分かるのだ。
バエルはこの機会に使い魔についていろいろと教えてくれると言う。
トラちゃんのことも好きにカスタマイズしてもいいというし、これは楽しそうだ。
「大事にしてあげて下さいね」
トラちゃんの主人をオレに書き換えた時、バエルにそんなお願いをされた。
バエルが自分の使い魔たちのことを大切にしていることも、可愛がっていることもよく知っている。バエルが使い魔たちを可愛がっているのを見ていると、微笑ましいし幸せな気分になれる。
だから、オレも使い魔とそんな関係を築きたいと思う。
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