第41話 超人は怒り狂う


「くそがっ!!」


 大声で悪態をついたその男は、かつて新生代と呼ばれていた種族の一人だ。

 今はアルコーンという名の軍事関連メーカーのCEOを務めている。

 自らを超人と呼ぶその男は怒り狂っていた。


 男は、旧世界で悪魔の雑草と呼ばれていた植物をばらまき、食糧不安を引き起こして、穀物市場で儲けていたし、食糧不安を引き金に、ゆくゆくは紛争や戦争を引き起こそうとしていた。

 だが、ちょうどひと月前から、その計画が様々な形で邪魔されるようになったのだ。


 男は人間たちの前では、紳士的に振る舞う。

 曲がりなりにもアルコーンのCEOだ。イメージは保たなければならない

 どれだけ人間たちが思い通りにならなくても、足を引っ張っても、笑って許したし、次の機会も与えてやった。

 しかし、彼は一人きりになると怒りを抑えられない。

 彼の手の届くところにあるものは、家具だろうが、家電だろうが、部屋の壁だろうが残らず破壊された。

 そして、部屋を破壊している間にも彼の怒号は止まらない。


「くそっ、また、あいつらだ。コソコソと汚い手ばかり!!」

「一体、僕がなにをしたっていうんだ? 昔からいいところで邪魔ばかりしやがって」

「僕に任せておけば理想の世の中になるのに、なぜ協力しない? なぜ邪魔をするっ?」

「あー、ちくしょう、ちくしょう、ちくしょうがっ!!」


 彼は次々と悪態をつく。

 彼が怒りを抑えられないのは、彼を目の敵にする連中が、ちくちくと手を変え、品を変え、色々な方法で彼の計画の邪魔をした挙句、彼の計画そのものを潰してしまったからだ。


 ひと月前は、ドローンを製造している秘密工場の電力が落ちた。

 この秘密工場で製造したドローンを悪魔の雑草の種子を秘密裡にバラまくために使っている。

 秘密工場は、アルコーン競技用、遊戯用のドローン工場の中の研究所に偽装して隠しているが、その秘密工場への送電設備がピンポイントで「故障」したのだ。

 そのため、秘密工場が数時間止まった。

 秘密工場は外部のネットワークから完全に切り離していたので、そこでの使うコンピューターサーバーは、当然、秘密工場で管理していた。そのサーバーは、本当に腹が立つことに、非常電源を確保していなかったと言うのだ。本当に人間は使えない。

 サーバーのバックアップは毎日とっていたというが、バックアップしていなかった数時間分のデータは停電によって消えてしまった。


 電源が落ちたのは、老朽化が原因だと言うし、外部の犯行だと言う証拠などない。しかし、これは十中八九、あの悪魔たちの仕業だろう。

 その時はつまらないことをするくらいにしか考えていなかった。警告のつもりだろうが、それくらいでは計画を止める必要はないと考えていた。


 二十日前には、「デコーダーズ」を名乗るハッカー集団から攻撃を受け、社内の業務がすべて停止した。ランサムウェアを仕込まれ、サーバーに保管しているあらゆるファイルが暗号化され使えなくなったのだ。デコーダーズは暗号化を解除する見返りに多額の金銭を要求してきた。

 彼は支配下に置いていたその国の大臣に命令して、国の諜報機関にデコーダーズを捜査させたが、デコーダーズの正体も、足取りもつかめなかった。腹立たしいが、業務が回らないのでは仕方がない。要求された全額を暗号通貨で支払うことになった。


 十五日前から、ドローンでの種子の散布を開始したが、稼働中のドローンうち、いくつかが行方不明になった。ドローンには発信機など搭載していないので、行方不明になっても回収もできなかった。まったく中途半端なものを作りやがった。


 そして十日前には、ドローンを使って、「雑草」の種子をばらまいている者がいるとのニュースが、証拠の映像と専門家の証言つきで報道された。

 映像には、夜間、農地の上で飛び回るドローンと、ドローンからばらまかれる小さなカプセル。カプセルは透明で目立たないが、そのカプセルの中には「雑草」の種子が詰まっている様子と、カプセルが土の上に落ちて時間が経過すると自然と分解され、中の種子が土に広がる様子が映し出されている。

 ご丁寧に、「雑草」の調査チームのメンバーが、それは間違いなく「雑草」の種子であると証言していた。


 ニュースが流れた後、ドローンの運用を止めるよう連絡したはずが、行き違いでいくつかのドローンが発進した後だった。発進してしまったドローンは、農家たちの反撃にあい、撃墜されたり、鹵獲されたりしてしまった。ニュースが流れたせいで、小麦農家たちは自衛するようになっていたという。

 そして、鹵獲されたドローンに使用されていた部品からアルコーンの部品発注先に捜査の手が伸びた。特注部品を使っていたのが良くなかった。

 特注した部品の製造会社は部品に識別用の型番を刻印していたのだ。

 秘密作戦のドローンに搭載するのだからそんなものは消すのが当たり前だろうに、消していなかったのだ。本当に人間は使えない。

 結局、部品の製造元はアルコーンの名を出したらしい。

 そうして、アルコーンにも捜査の手が向けられることとなった。

 任意の事情聴取を要請されたが、多忙や病気を理由にかわし続けた。


 五日前には、アルコーンが種子をばらまいたドローンの製造をしていたというニュースが写真や匿名の証言付きで流れた。

 秘密工場でドローン製造されている場面の写真が流された。そして、秘密工場がアルコーンの所有地内にあることが証言され、さらに製造しているドローンと種子をばらまいていたドローンとを比較し、両者は同じものだと結論付けていた。

 まずい状況だが、言い逃れは用意している。

 アルコーンが、ドローンの製造をしたとして、実際にドローンを運用したのががアルコーンだという証拠などないのだ。

 実際にドローンに種子の入ったカプセルを搭載し、ドローンを飛ばした実行犯は、アルコーンとは関係ない。男が関係ない人々を魅了して命令したのだ。種子をバラまき終わったドローンを回収したら実行犯たちから記憶も消しておいた。

 だから、特別に注文されたもので出荷した後は知らない。そうシラを切ることができる。


 この時までは、いざとなったら魅了している奴らを使ってアルコーンや自分への疑いを揉み消せばいいと思っていた。


 ところが、三日前に、例のハッカー集団デコーダーズが、アルコーンに関係のある取引先が「雑草」の種子の生産を主導していること、そしてアルコーンの子会社が「雑草」の駆除剤をひそかに開発、製造していることを、詳細な証拠付きでネットに晒上げたのだ。

 種子を生産させていたのは事実だが、駆除剤など知らない。


 種子の生産は、アルコーンと直接の関係のない人物にやらせていたし、そいつは初めから何かあったら切り捨てるために用意しておいた人間だ。

 だから種子の生産施設が見つかっただけなら、そいつのせいにしてアルコーンも被害者ですと言い張ることができる。

 しかし、ニュースでは、「雑草」の駆除剤はアルコーンの子会社が製造していたと証拠付きで報道している。

 証拠など偽物だが、これでは知らないなどと言っても逆効果だ。

 偽造された証拠とは言え、すべてがアルコーンに関係があることが示唆されている。

 それに、駆除剤が本物だというのは決定的だった。

 駆除剤の情報も公開されていたが、どうやら本当に悪魔の雑草を駆除できるらしい。この駆除剤があれば、悪魔の雑草で争いを誘発することなどできはしない。これではいくら要人やマスコミを操って、アルコーンへの疑いを揉み消しても意味がない。


 ――ひとしきり暴れ、悪態をつきまくった男は、ようやく現実を受け入れざるを得ないことを認めた。


 ここまでされてしまっては、悪魔の雑草に関して、男に勝ち目はない。

 あいつらの勝ちだ。悔しいが負けを認めるしかない。

 男はそう悟った。

 しかし、男はここまでやられて黙ったままでいるのは業腹だった。仕返ししてやらないと気が済まなかった。

 あいつらだって、男のことが目障りだから邪魔してくるのだろう。だから男の居場所がつかめたら、また殺しにやってくるはずだ。

 ならば、とっておきの方法で招待してやろう。

 招待して、きっちりどちらが正しいのか分からせてやる。

 男はそう決意して、復讐を完全なものにするために考えに沈んだ。

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