第40話 悪魔たちは作戦会議をする


 雑草事件のことを調べていたふーちゃんとむーちゃんが急ぎ帰ってきて、他の悪魔が関わっている可能性があると報告した。


「そう、ご苦労様。とりあえず入って。中で話を聞きます」

 バエルはそれを聞くと、二人を労ってから店に入るよう促した。


 店に入るとオレ以外の四人はテーブル席に着く。

 オレは、バエルに人数分の飲み物を頼まれたので、厨房に向かう。


 レトちゃんとバエル、ふーちゃんとむーちゃんがそれぞれ隣に座っている。

 ふーちゃんとむーちゃんは席に着くと早速、正面のレトちゃんとバエルに報告を始めた。

「我々は先ほどまで、例のドローンの製造工場に潜入していました。そこはドローンの自動組立の研究施設に偽造されていたのですが、そこで、ドローンの設計から製造までを行っています。我々はそこでドローンの実物か設計データを入手すべくスキを窺っていたのですが、そこで働く技術者や警備員が異常であることに気付きました」

「彼らはほとんど休みなしで、高い品質を維持したまま働き続けていました」

「我々は、これは異常だと判断しました。さきほど、悪魔が手を出している可能性があると申し上げましたが、このことです」

「そこで、その時点で入手していた情報だけをもって、報告に上がった次第です」


 二人は示し合わせていたかのように交互に話す。息がぴったりだ。どちらかというと、ふーちゃんのほうがおしゃべりで、むーちゃんのほうは口数が少ないみたいだ。


「……なるほど、それは確かに怪しいですね。二人ともいい判断です」


 バエルは相槌を打ちつつも、褒めるのを忘れない。

 工場の労働者が不眠不休で働いているというが、もしかして、先日のオレのような状態なのだろうか。

 オレは先日、悪魔の力の前払いとして、バエルによってナノマシンの移植を受けた。そのせいで、頭や感覚が冴えてしまい、うまく眠ることができなかったのだ。頭の冴えは翌日も続いたが全く疲れなかったのを覚えている。二人が報告した「異常」というのはそれに似ている気がする。


 オレは厨房で四人分のアイスコーヒーと一人分のアイスカフェオレを用意している。相変わらず感覚が冴えているので、厨房でコーヒーの準備をしながらでも四人の会話はよく聞こえる。

 鍛錬を終えたばかりなので、身体がまだ熱い。だから今回は冷たいアイスコーヒーにしたのだ。


「どうぞ」

「あ、お兄さん、ありがとうございます」

「ありがとうございます」


 用意ができたアイスコーヒーとアイスカフェオレを持ってテーブルに向かい、給仕すると、ふーちゃんとむーちゃんにお礼を言われた。きさくだが丁寧だ。

「どういたしまして」と言いつつ、オレも、他のテーブルから椅子を一つ引っ張ってきて座った。


 飲み物が準備できたので、報告は一時休止のようだ。

 レトちゃんは「わーい」と言いながら、アイスカフェオレに口をつけているし、バエルもアイスコーヒーを味わい始めた。ふーちゃんとむーちゃんの二人も、アイスコーヒーを口に含んで味わっている。


 それにしても、他の悪魔が手を出しているのか……。二人の話を聞く限り、人間を操って使役しているように聞こえる。

 このまま手を出して大丈夫なのだろうか?


「おそらく、人間に力を与えたのでしょう。魅了に近いこともしているかもしれませんね」


 バエルはそんな風に推測しているが、あまり驚いた様子はない。


「エルは、ひょっとして予想していました?」

「……はい。一度滅んだはずの悪魔の雑草を発見しただけでなく、その種を増やし、それを誰にも知られないようにばらまくなんて、できすぎていると思っていました」


 言われてみると、確かに怪しさ満点だ。


「あいつだね」

「はい。たぶんあいつですね」


 レトちゃんとバエルは犯人に心当たりがあるらしい。


「悪魔相手なら遠慮する必要もないんですが、そうは言っても、居場所が分からないと何ともできないのが歯がゆいですねー」

「見つけたら、ぶん殴ってやる」


 レトちゃんは、いつになく鼻息を荒くしている。どうやら気に食わない相手のようだ。悪魔が関わっていると言うので、手を引くかもしれないと思っていたが、二人とも手を引く気はないようだ。


 ふーちゃんとむーちゃんの急ぎの用というのは、悪魔が関わっているというものだった。その報告はもう済んだのだが、ついでということで、二人は仕入れてきた他の情報もバエルに報告している。


 そして、二人は件のドローンの写真を見せてくれたのだが、写真に写されたドローンは固定翼型と呼ばれるタイプだった。飛行機のような翼をもっており、青みがかった黒色に塗装されている。


「ああ、これは厄介なやつだ」


 オレがそうつぶやくと、皆に説明を求めるような視線を向けられてしまった。どうやらドローンについてはオレが一番詳しいらしい。だから、思ったことを解説する。


 ドローンというと、ヘリコプターの回転翼を増やしたような外見のものがよく知られているが、それはマルチコプター型とかマルチローター型とか呼ばれるものだ。このタイプは、比較的小回りが利き、ホバリングもできるなど運動性能が高いというメリットがある。その一方、速度は比較的遅く、モーターが多い分、稼働時の音が大きい、それに飛行距離も稼働時間も短いというデメリットを抱えている。

 一方、固定翼型はマルチコプター型のような運動性能はないが、マルチコプター型に比べて音は小さく、飛行距離は長く、稼働時間も長いことが特徴だ。グライダーのように滑空することができるタイプもあり、動力を止めて滑空すれば無音飛行も可能だ。写真のドローンはグライダーのような見た目なので、おそらく滑空ができるタイプなのだろう。

 ちなみに、最近では、小型モーターの出力も上がったし、電池も機体の重量もずいぶん軽くなったので、昔に比べると駆動音はだいぶ小さくなった。しかし、それでも完全に音をなくすことができているわけではない。


 アルコーンはマルチコプター型の運動性能よりも固定翼型の航続距離、航続時間を取ったようだ。黒色に塗装されていることから、夜間の運用を想定していることも推測できる。

 離れた場所から、目的の農地へ向かい、現地に着いたら旋回と滑空を繰り返しながら、悪魔の雑草の種子をばらまくのだろう。


「なるほど。このタイプは長距離を飛べるので、発進させる場所も目的地も絞り込みにくいし、音も比較的静かだから発見しにくいんですね。だから厄介だと」

「その通りです。ただ、運用方法もある程度は想像できます」


 ――おそらくだが、月明りや星明りのない曇りの夜の運用を想定しているはずだ。というのは、晴れた夜空での飛行物体は意外と目立つからだ。月明りや星明りがあれば、暗い色に塗装されていても割と簡単に見つけることができてしまう。

 コウモリも真っ黒な体毛をしているが、晴れた夜空であれば飛んでいるのを発見するのは難しくない。それと同じだ。

 だから、月も星も見えない曇りの夜のほうが目立たず運用できる。それに街の光が届かないような場所のほうがなおよい。人が住んでいるところから離れれば街の光は届かないし、人も少ないので発見されにくくなるはずだ。

 そして、夜間の運用を想定しているのであれば、人間が操縦することはないだろう。夜間、黒色に塗装されたドローンの操縦をするなんて人間には不可能だ。事前に地図座標の情報はインプットして、夜間に自律飛行して現地へ向かうタイプのはずだ。


 それに、風が吹いていない時。という条件も加わるだろう。

 悪魔の雑草の種子はホコリのように軽い。少しの風でもたちまち違う場所に飛んで行ってしまうはずだ。そして、そもそも、ドローンだって軽いのだ。強風にあおられれば、吹き飛ばされて墜落しかねないし、安定飛行するためにはバッテリーを食う。

 ある程度の数の種子をまとめてカプセルに入れて投下すれば、風があっても種子が飛んで行ってしまうことは防げるだろう。しかしドローンを飛ばすのであれば、やはり風は弱い方がいいはずだ。


「なるほど、ありがとうございます。あとは、この子を潜ませて、風のない曇りの夜を待てば現場を押さえられそうですね」


「この子」と言う単語が気になってバエルのほうを見ると、その手のひらの上には、白い球体がふよふよと浮かんでいる。

 テっちゃんを小さくして、色を白くしたような姿だ。ただし、テっちゃんの様に黒い煙がもやもやしているのではなく、白くうすぼんやりと光っているように見える。


「トラちゃんです」


 トラちゃんと紹介された使い魔は、バエルの手の平の上でゆっくりと旋回を始めた。これはトラちゃんの挨拶なのだろう。その場にいる全員で自己紹介と挨拶を返した。


「エル、トラちゃんはこの子だけ?」

「はい、今はこの子だけですけど増やすこともできますよ。何か気になることでもありますか?」

「もしかすると、トラちゃんを増やした方がいいかもしれません」


 オレは昔からアルコーンのドローンについて不思議に思っていたことがあるのだ。もしかすると考えすぎかもしれないが、そのことをレトちゃんとバエルに伝えてみる。


「ああ、あいつならありうる」

「確かにあいつは昔からそういう所がありますね」


 レトちゃんもバエルもすんなり納得した。

 そうか、「あいつ」が誰だか知らないが、性格が知れているならそれを作戦に生かすこともできる。


 その後、出揃った情報をもとに意見を出し合って作戦をまとめた。

 話し合いの途中で気軽にふーちゃん、むーちゃんと呼んでみたら、窘められてしまった。


「お兄さん、この姿の時はフギン、ムニンと呼んでください。ワタシがフギンで」

「ボクがムニンです」


 そうか、少女のほうがフギンで、少年のほうがとムニンと言う名前なのか。


「フギンとムニン」


 確かめながら繰り返した。

 作戦をこなすには、引き続きフギンとムニンに頑張ってもらわなければならない。

 バエルは二人を送り出す前に、二人の頭をその胸に掻き抱いて、優しくかい撫でる。


「くれぐれも気を付けるのですよ……。では、いってらっしゃい」


 そう言って見送っていた。

 二人はカラスに変身すると飛んで行った。

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