第38話 使い魔たちは任務をこなす
ふーちゃんとむーちゃんは、バエルの使い魔だ。
バエルはふーちゃん、むーちゃんと呼んでかわいがっているが、正式には、フギンとムニンという名前がある。バエルが旧世界の神話にあやかって自ら名付けてくれた。
使い魔というのは一種の人口生命体だ。彼らはバエルの手によって作り出された。
バエルの前では、ワタリガラスという大型のカラスの姿をしているが、それは分身の一つに過ぎない。本体も分身も、人間の姿を取ることもできるし、他の動物の姿を取ることもできる。それに加えて、姿を見えなくすることもできるし、長距離の移動も楽々こなすことができる。
そんな彼らの任務は、人間についての情報収集と調査だ。
最近は、とある人間たちの陰謀を阻止し、分からせるために、いろいろな任務を担っている。もちろん二羽だけですべての任務をこなすことなどできない。人間に任せられることは、人間を雇って調査している。
彼らは、人間社会では、世界を股にかける調査会社「フリズスキャルブ」の経営者兼実務担当なのだ。フリズスキャルブは人間相手にも商売しており、他の調査会社とは違った独自の情報で評判となっている。
フリズスキャルブはバエルが出資して立ち上げた会社だが、経営も実務も彼らに任されている。たいてい情報収取や調査はこの調査会社で雇用している人間たち任せているが、人間では荷が重い仕事は彼らが直々に担当する。
フギンとムニンは、悪魔よりは劣るが、人間以上の能力を持っているのだ。
特に、情報収集や調査のための能力を重点的に与えられている。分身も変身も長距離の移動もその能力の一部だ。
バエルの手によって作られたと言っても、彼らは奴隷のようにこき使われているわけではない。
実際、バエルは、彼らに良くしてくれる。
毎朝、手ずからご飯をくれるし、撫でてくれる。毎晩の報告の時にはほめてくれる。それに、毎晩の報告以外は基本的に好きに動くことも許可してくれている。
彼らは自分たちの能力が生かせるこの仕事が好きだし、その機会を与えてくれるバエルのために働けることを誇りに思っている。
彼らの主人であるバエルからの今回の指令は、例の雑草事件に使われたドローンの製造場所の特定と、仕様や運用方法を推定するための情報の入手だ。ドローンの実物や設計データが手に入ればなお良いという。
過去に事件に使われたドローンの行方は分かっていない。回収されてしまった可能性が高いと思われる。動きがない以上、今から足取りをつかむのは難しい。
ただ、アルコーンが現在生産している種子の量からして、次の種子の散布はもっと大規模になると予想される。だからそのために追加のドローンを製造しているはずだ。
その工場を特定し、ドローンの実物か設計データを入手しようというのが、いまフギンとムニンが試みていることである。
しかし、今回、彼らの主人からは「何か異常に感じたら無理をしないで手を引きなさい」と言われている。普段はそんなことを言ってこないから、彼女は何か危険を察知しているのかもしれない。
問題の工場を特定するのは少し骨が折れた。
普通の工場施設内の、ドローン自動組立の研究・実験施設に偽装されていたのだ。
いくら隠密性能の高いドローンだと言っても、その生産工程すべてを隠蔽できるわけではない。製造のためのすべての素材や部品をイチから自前で用意するなんてことは不可能なのだ。だから、フギンとムニンは、ドローン用の部品や素材の流れを追えば、生産場所などすぐに見つかるものだと思っていた。
しかし、なかなかたどり着かない。アルコーンは他にも競技用、撮影用のドローンの製造も手掛けている。行きつくのは、そういった普通のドローンの製造工場ばかりだった。
何も出てこないので、ハッキングして入手したアルコ―ンの注文データや仕入データ、製造データの他、社内でのメッセージのやり取りなどを改めて洗ってみた。すると、ドローン用に特別に発注した部品を自動組立の研究施設へ持ち込まむよう指示しているメッセージが見つかった。
これはおかしい。ドローン用に特注した部品が、ドローンの研究施設へ運びこまれるのなら分かる。しかし、運び込まれたのはドローンの自動組立の研究施設だ。自動組立の研究のためにわざわざ特別な部品を仕入れることなど考えにくい。これは怪しい。例のドローンはこの研究施設で生産されている可能性が高いように思われた。
いざ情報を当たってみると、その研究施設は、外部ネットワークから完全に切り離されていた。
今時、普通の生産施設ならば、ネットワークから完全に切り離されているなんてことはありえない。そんなことをすれば、製造やコストに関する情報が適時に把握できなくなり、生産ラインの管理が非常に難しくなるからだ。
研究施設ならば、ネットワークから切り離されていても、おかしくは見えない。情報流出やネットワークを介した攻撃を予防するためにネットワークにつながないのは一つの防衛手段だからだ。
そして、実際に研究施設でドローンを製造しているとなると、それは社内システムのデータ上には現れない。そこでかかった費用は研究開発のための費用として処理されるので、製品の製造データとしては記録されない。さらに、製造されたものの出荷データが記録されることはない。
なにかを秘密裡に製造するには、うまい手だ。
ここまでは、コンピューターを使えばよかった。
しかし、これ以上の情報を入手するには、施設へ潜入しなければならない。だが、研究施設の資料は手に入らなかったので、中の様子は全く分からない。
だから潜入の下準備のためにカラスの姿に変身して現地に偵察に向かった。現地に着くと、さらに小さいネズミの姿に変身する。こうなれば、ほとんど見つからないし、見つかったとしても、怪しまれることはない。
ネズミの姿で現場に張り付いて、実際に出入りする人間や、研究施設のセキュリティ、潜入経路なんかを調べるわけだ。
あわよくば、そのまま潜入することもできるかもしれない。ネズミの姿であれば、直径二センチメートルほどの隙間があれば潜り込める。
ダクトの隙間を通れば潜入できるだろう。
結論から言えば、あっさり潜入できてしまったし、この研究施設で秘密裡にドローンを製造しているのも間違いなかった。この施設内でドローンの設計から製造まですべてを完結させているようだった。
ただ、ドローンの実物も設計データも入手できなかった。
データを抜き出そうにも、コンピューター端末の前には常に人間が陣取っているし、組立工場にも常に見張りがついている。
そして、その人間たちは異常だった。数人の技術者や警備員が、ほとんど休憩を取ることもなく働いていた。研究所内に生活施設があるらしく、そこで、食事とトイレ、少しの仮眠、そしてシャワーを浴びる時以外はずっと働いているのだ。
情報の流出を防ぐためには、係わらせる人間は少ない方がいいし、外部との接触も断った方がいい。そして、一つの施設内で設計から製造まですべてを完結させるのが理想的であるのは分かる。
しかし、これは異常だ。普通の人間にあんなことは出来ない。できたとしてもせいぜい二、三日が限界だろう。普通は一日中働くことなどできない。あっという間に使い物にならなくなる。
しかし、ここで働く人間たちはそうではなかった。不満も漏らさず淡々と仕事をこなしている。
この施設に潜入したのは二日間程度だが、彼らは、その間少しの休憩を取る以外はずうっと仕事をしていた。動きもきびきびしているし、表情も変わらない。能率が落ちている気配もなければ、怪しい薬物を使っている気配もなかった。
これは、おそらく他の悪魔が関わっている可能性がある。そして、悪魔が関わっているのならば、自分たちの手に負えないだろう。ここは、無理をせず、入手できる情報だけを持ち帰るべきだ。彼らの主人も、異常を感じたら無理をするなと言っていた。だからここは迷う場面ではない。
その判断をしてからは早かった。彼らはその時に入手できていた情報だけを持って、さっさと撤収したのだった。
ドローンの実物や設計データは持ち帰れなかったが、実物の写真や部品の情報、工場の管理体制、生産工程や生産能力の情報などを持ち帰えることができた。
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