第37話 超人は理想を夢見る


 僕は、新生代の一人だ。

 新世代は、三千年ほど前、人間をベースに作られた。それでいて人間とは比べ物にならない能力を持った全く新しい種族だ。

 そんな新生代の同族たちは今では悪魔と呼称されているらしい。

 しかし、僕は悪魔と呼ばれるのなんてまっぴらごめんだ。僕は崇高な存在なのだ。いつだって正しい存在だ。かつて人間に神として崇められたことすらある。そんな僕が悪魔なんて我慢できない。

 僕は人間を超越した存在なのだ。

 だから、僕を呼び表すのにふさわしいのは「超人」だ。


 人間は愚かで弱い。

 だから、僕が導いてやらなければならない。

 しかし、悔しいことに自分には力が足りない。

 なにしろ数年前に復活したばかりだ。

 あいつらに殺される前にとっておいたバックアップがようやく機能したのだ。

 覚醒したときは三千年近く経っていた。

 時の経過のせいなのか、復活したときはかつて力もの若々しい姿も失われていた。

 こんな衰えた姿は自分にふさわしくない。

 その後、外見はもとに戻ったが、まだあの頃の力すべてを取り戻してはいない。


 三千年前の僕は、今では「魔王」と「知恵の悪魔」を名乗るあの二人に殺されたらしい。「らしい」というのは、その時の記憶がないからだ。この体はバックアップで、バックアップは殺される前に残しておいたものだ。だから、殺された時の記憶がないのは当然だ。

 あの二人に殺されたというのは、たまたま出会った同族が教えてくれた。


 あいつらはかつて僕の邪魔をして、一度は僕を殺した。

 正しい自分を殺したのだ。だから、あいつらが悪魔と呼称されるのは当たり前だ。だって邪悪なのだから。

 あんな奴らは、この世界に存在してはならない。邪悪だし、僕の邪魔をする。だから滅ぼす必要がある。


 僕を殺したあいつらは、ずっと人間との交流を避けて暮らしているようだった。

 ちょうどいい。

 あいつらが引っ込んでいる間に人間の社会で力を蓄えよう。

 人間を操ることなどたやすい。

 なぜなら、人間は愚かで弱いからだ。自分の頭で考えることもしないし、体力もない。だから、こちらが少し正しいことを教えてやれば、たちまち僕のことを尊敬するし、少し力を見せつければ、簡単に僕の言うことを聞く。

 だが注意しなければならない。人間は嘘をつく。簡単に裏切る。

 同族の話では、数千年前の僕は人間に裏切られた所をあいつらに殺されたらしい。

 人間も悪魔も卑怯な真似をする。


 今回はそんな失敗はしない。

 聞いた話では、あいつらは今では、「魔王」だの「知恵の悪魔」だのと名乗っているらしい。確かにあいつらは馬鹿みたいに強かったし、悪知恵を働かせるのもうまかった。かつての僕は確かにあいつらの馬鹿力や悪知恵を舐めていたのだろう。だから敗北したのかもしれない。

 だが、あいつらは本当の力というものを分かっていない。本当の力とは権力なのだ。他人を服従させる力。それに比べたら個人がふるう暴力や悪知恵など塵芥に等しい。

 だから、僕に逆らう人間も悪魔もいらない。奴らは僕の力を鈍らせる。

 昔の僕は今よりも慈悲深かったから、僕の言うことに従わない人間も救ってやろうとしたのだ。それで失敗した。逆らう奴なんて、さっさと滅ぼしてしまえば、あいつらに殺されることもなかっただろうに。


 最終的に救ってやるのは僕に従順な少数の者たちだけでいい。

 ただ、僕は慈悲深いから、僕に従順でない奴等は殺さないまでも、奴隷として使ってやってもいいと思っている。

 そうなって、やっと、皆が正しく生きられるよう導いてやることができる。


 だいたいこの星には人間が多すぎるのだ。

 だから、まずは増えすぎた人口を減らさなければならない。

 そのためには争いだ。殺し合いだ。戦争だ。

 目的を達成するために、アルコーンという軍事関連メーカーのCEOに納まったが、大きな紛争も戦争も起きない。平和そのものだ。

 争いを起こさなければならない。


 手始めに、主要国の首脳や大臣を魅了して支配下に置いた。他にも、政治的な影響力が強い大会社の取締役や発言力の強い学者、警察組織やマフィアの幹部、マスコミ関係者なんかも魅了して支配下に置いた。

 僕の魅了は、意識の深い所に影響する。普通に生活している分にはなにも変わらないが、僕が命令したときには無条件に従うことになる。そんな風に縛っている。

 魅了した人間が僕を裏切ることはないし、権力を持つものを支配下に置いているので、他の人間が僕に盾突いても簡単につぶせる。

 争いを誘発するために、旧世界で一度滅んだ「悪魔の雑草」という植物の種子を大量に生産する体制も整えた。

 悪魔の雑草の種子は、旧世界で作られていた種子保管庫を漁っていた時に偶然見つけた。死んだ施設だと思って期待していなかったのだが、どんな偶然が重なったのか、まだ生きている種子が残されていたのだ。


 こうして準備を整えていたが、争いを誘発するにはまだ足りない。

 他に何かないか。

 そう思っていたあるとき、とある男が画期的な技術を開発したという話を聞いた。

 その技術は「箱庭」と呼ばれていた。

 人間の手下から聞いた話では、箱庭があれば、停滞している兵器の開発もはかどるし、紛争を誘発させることもできるのだという。悪魔の雑草の種子をばらまくのにも使えると言う。

 ならばと、さっそく技術提携を持ち掛けたら、男はこちらが軍事関連メーカーであることを理由に断ってきた。せっかく声をかけてやったのに恩知らずな奴だ。頭に来たので冤罪をでっち上げて刑務所に放り込んでやった。そうしておいて、そいつが作り上げた箱庭を貰ってやった。

 ところが箱庭は未完成だったらしい。本当に人間の情報はあてにならない。

 仕方ないので、資金を調達して、技術者を増やし、開発環境を整えてやった。その上で、技術者たちを魅了して加護を与えてやった。それでようやく箱庭は完成したようだ。

 結果はまあ上々だった。悪魔の雑草の種子をばらまいてやることができたし、先物取引で今後の資金も稼げた。しかし、まだ争いは表面化していない。だから引き続き悪魔の雑草をばらまくことにしよう。


 ***


 僕が死んでいた間のことを教えてくれた同族というのはリリスだ。

 こいつは同族だが、色欲の悪魔と呼ばれている通り、エロいことしか考えていないアホなやつだ。

 数千年ぶりに再会したとき、ちょっと相手をしてやったら、久しぶりにこんなに満足したと感謝された。やはり人間なんかではリリスを満足させることは出来ないのだ。だから、それからもたまにリリスに付き合ってやっている。

 しかし、あいつはしつこい。僕もエロいことは嫌いではないが、ずっと付き合ってなどいられない。僕は忙しいのだ。僕の貴重な時間を割いてまで、こんなに良くしてやっているのだから、エロいこと以外で何かよこせと言ってやった。

 案の定何もないと言うので、「魔王」と「知恵の悪魔」の様子を見て来いと送り出した。

 そして、リリスはろくな情報を持ち帰らなかった。

「えへへ、追い出されちゃった」とか言っていたが、本当に使えない。

 リリスが持ち帰った情報と言えば、あいつらが人間の客を迎えて大切にしているらしいということだけだった。あいつらが客を迎えるとは珍しいと思ったので、詳しく話を聞いてみたが、リリスは男の名前も経歴も知らなかった。しかしリリスはそこにあったペンと紙でその男の似顔絵を描いてよこした。

 ただのエロイ女だと思っていたが意外な特技もあったものだ。

 それはともかく、リリスの描いた人物は、箱庭を開発したあの人間の男だった。面白い巡りあわせもあるものだ。


 いざいうときのため、そいつを人質にすれば、あいつらも簡単に言うことを聞くかもしれない。そうは思ったが、あいつらのアジトに行ってその男を拉致することは難しい。僕はあいつらのアジトに近づきたくないのだ。昔、不用意に近づいたら、いつの間にか気絶して、遠く離れたところに放置されていた。あの攻撃の正体はいまだ分からない。本当に忌々しい。

 だが、使い方によっては、あいつらを釣りだせるかもしれない。

 釣りだせたら、いたぶって殺してやろう。いや奴隷にしてやるのもよいかもしれない。

 どちらでもいいが、あいつらを懲らしめることは、三千年前の復讐でもあるし、これから僕が築き上げる栄光の礎にもなるのだ。


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