第33話 悪魔の契約を更改する(前)


 魔王さまの夕食を用意して、二人で魔王さまの食事風景をこっそり堪能した後、夕食を作る。


「ケイさん、今晩のメニューは決まっていますか?」

「いや、決めていないです。ただサワラがあるので、ムニエルとかどうですか?」

「あーいいですね。じゃあそれは私が作りますね」


 夕食のメニューはすんなり決まった。

 バエルがサワラに小麦粉をまぶして焼いている間に、オレは付け合わせのキノコのソテーと蒸し野菜のサラダを用意した。他に春野菜とベーコンのスープを作ったが、これは二人で一緒に作った。オレたちは相手がなにをしているのか見れば自然に分担ができるようになっていた。だから料理をしている間は、二人ともあまりしゃべらなかった。


「さすがですね。このムニエル。中がしっとりしていて美味しいです」


 やはりバエルの作る料理は美味しい。

 今日のムニエルも外はカリッとしているが中はしっとりしている。以前、オレが作ったムニエルは、火を通しすぎて中がパサついてしまったのだ。バエルにコツを聞いたら、余熱で中に熱が通ることまで考えるのだという。そんなのオレにはまだ難しい。やはり経験がものをいうのだろう。


「ありがとうございます。ケイさんの作ったキノコのソテーも美味しいですね。ムニエルとよく合います」


 バエルはニコニコとほめてくれる。ほめ上手だ。確かにムニエルとキノコソテーはよく合う。


「そういえば、最近雨が全然降っていないんですが、そろそろ降らないですかね?」


 ここではテレビもないし、スマホやタブレットでも位置情報が取得できないので、天気予報の情報がない。その一方で、どうやっているのかバエルの天気予報はよく当たるのだ。だから、天気が気になるときはこうしてバエルに聞いている。

 ここ一週間くらい全く雨が降っておらず乾燥してきた。今日は一日中曇っていたのだが、結局、雨は降らなかった。野菜も少し元気がないように見えるので聞いてみたのだ。


「ちょっと待ってください。うーん。……明日雨が降りそうなので、水やりしなくても大丈夫でしょう」


 バエルはしばらく目を閉じていたが、空模様を確認したわけでもないのに教えてくれた。


 夕食はそんなことを話しながら終わった。

 片付けをした後、久しぶりにバエルがコーヒーを淹れてくれた。もう夜なのでカフェインを抑えたコーヒーだ。

 バエルはオレの向かいの席に座り、魔王さまはバエルの隣の席に飛び乗った。

 みな席に着いたが、まだ、話は始まらない。ここでは、話を始めるのは、コーヒーを一口味わってからだ。いつの間にかそれが当たり前になっている。


「さて、確認ですが、ケイさんは知ってしまったんですね?」

「はい。おおよそのことは」

「聞かせてもらってもいいですか?」


 オレは、バエルに報告書を読んで知ったこと、報告書から推測したこと。つまりは、オレははめられたこと。「箱庭」が使われたこと。「箱庭」を奪ったあの企業が関わっていること。これからさらに被害が増す可能性が高いことを、理由とともに話した。


「はい。さすがですね。おおよそ、その通りです」


 バエルはそう言って、オレがまだ知らない情報を教えてくれた。

 あの雑草は昔、悪魔の雑草と呼ばれていたものであること。一度根絶したはずのものであること。根絶した方法。そして、バエルが、駆除剤を完成させていること。オレから技術を奪ったアルコーン社は、まだ、悪魔の雑草の種子をばらまこうとしていること。

 そして、これから人間から、オレの技術を取り上げようとしていること。悪魔の雑草を駆除しようとしていることを教えてくれた。


 そうか、オレの技術を人間から取り上げてくれるのか。それにあの雑草もなんとかなるのか。……よかった。さすがバエルだ。

 オレにも何か手伝わせてくれないか。そう言おうと思っていたのだが、先に思いがけないことを言われた。


「あとは全部私がやるので、ケイさんはこんなことは早く忘れてくださいね」

「なんでだよっ!?」


 つい声を荒げてしまった。だが、ここまで教えておいて、黙って見ていろというのは酷い。オレにだって関係があることなのだ。


「あー、大声出してしまってごめんなさい。でも、オレにも手伝えることってなにかないですか?」

「ないですね」


 オレは、怒鳴ってしまったことを謝って、何か手伝えないか聞いてみたが、バエルはいつになく冷たい。


「まず、手伝ってもらうには人間のままではスペック不足です。悪魔になってもらわないと……。確かに『箱庭』を教えてもらえたら、おそらくもっと早く終わらせることは出来るでしょう。だけど、それがなくても私なら十分対応できちゃいます」


 どうやら、バエルは何としてもオレに関わらせたくないようだ。


「オレが関わると都合が悪いんですか?」

「はい。ケイさんは悪魔になりたいんでしょう? 悪魔になった途端、こんな復讐に力を使うなんて許可できません。こんなことなんか早く忘れて、きちんとこの先の生き甲斐を探した方がいいに決まっています」

「悪魔になりたいのは、復讐のためじゃないし、生き甲斐ならもう見つけました」

「へえ? それはよかったです。でも対価がなければ悪魔にしてあげることは出来ませんよ? 悪魔になるための対価は高いですよ?」


 ここで対価の話を持ち出してくるのか……。本当にオレに関わらせたくないようだ。しかし、そうはいってもオレの心だって決まっている。

 正直、オレの技術を奪った奴等が憎くないかと言われたら、憎たらしい。殺してやりたとも思った。しかし、新しく見つけたオレの生き甲斐に比べたらそんなことはもうどうでもいいと思える。

 レトちゃんはオレに悪魔の歴史を語ってくれた後、「これでも悪魔になりたいと思うのなら、それがケイの生き甲斐であり使命」だと言っていた。

 レトちゃんが話してくれた悪魔の歴史はオレの想像以上に重いものだったが、それでもオレは、悪魔になりたいという考えを変えなかった。

 なぜなら、オレはこの先ずっとバエルとともに生きたいと願っていたからだ。

 それがオレの生き甲斐なのだ。

 レトちゃんに言われてそれに気付くことができた。

 レトちゃんは最初から気付いていたのだろう。オレにそのことに気付かせてくれたし、覚悟を決めさせてくれた。


「この先、ずっと一緒に背負わせてもらえませんか? それがオレの生き甲斐だし、悪魔にしてもらうための対価です」

「…………え?」

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