第31話 知恵の悪魔の使命


 いつも悲しくなる。

 なぜ、こんなにも仲が悪いのか。なぜこんなにも争うのか。


 いつも、もういいやと思う。

 所詮、人間など互いに仲良くできないのだ。

 そうして争って、殺しあって、やがて滅んでいくのだ。

 だから、私も人間のことなんか放っておいて、好きに生きればいい。


 しかしいつも思い出す。

 私たちは一人でも生きていけるように作られた。

 一人で生きていけるようになれば争いは無くなるはずだった。

 しかし私たちは一人で生きていくことができなかった。

 それどころか、私たちのせいで、多くの人間が死んだし、文明も一度崩壊した。

 私たちの誕生は祝福されなかった。

 それどころか呪われたものとなった。


 あの時、何もできないでいる私の目の前で、人間同士が憎んだ。争った。そして死んでいった。

 私が大切にしていた家族や友人たちも死んでいった。

 だからあの時、私は誓った。

 なぜ人間は争うのか知ろう。

 どうすれば争わずに暮らしていくことができるのか考えよう。

 これが私の使命だと――。


 ――本当に馬鹿なことを誓ったという自覚はある。

 若かったから、なんでもできると思い込んでいたのかもしれない。

 あれから三千年ほどが経ったが、解決方法など見つからなかったし、今では、解決方法などないと思っている。

 私にだって、苦手な人間もいるし、嫌いな悪魔もいる。私の中にも争いの種はあるのだ。

 豊かになっても妬む。

 他人が大切にしているものを欲しがるくせに、いざ手に入れると興味をなくす。

 買わなくてもいい恨みをわざわざ買う。

 仲良くできない。

 人間も悪魔もそういう生き物なのだ。


 解決方法などない。

 それで構わない。

 安直な「正解」などには飛びついてはならない。

 正解などない問題を安直に解決しようとして生み出されたのが私たち悪魔だからだ。

 安易に問題を解決しようとした結果、ほとんどの人間が死に絶えたのだ。


 人間は群れで暮らしていくため、「正しさ」や「正解」を求める。それは群れや社会で生きていくために絶対に必要だ。それに、誰かが「正しさ」や「正解」を決めてくれればそれに従うだけでいい。自分で考えないで済むのはとても楽なのだ。

 だが、私は悪魔だ。「正しさ」や「正解」など必要ない。そんなものがなくても生きていける。

 それは悪魔である私の特権だ。


 私だって、「正しさ」や「正解」に縋れば楽かもしれない。

 しかし、私は知恵の悪魔なのだ。よく分かりもしないことを、分かったなどとは口が裂けても言わない。

 それは知恵の悪魔である私の矜持だ。


 今では、いつか人間が自分たちの手で、争わず仲良く暮らせる世の中を手にするのを見届けたい。

 そう思っている。

 そこで私の使命は終わるし、そうなるようにサポートしている。


 人間たちに「そこ」に辿り着いてほしいという思いはあるが、私は基本的に人間にちょっかいを出さない。人間が思い通りになるなんて思ってもいないからだ。人間が思い通りにならないことなんて、かつて同族が身をもって証明してくれた。

 それに、他人から押し付けられたものなんて、人間は大事にしない。人間たちが、自分たちで選び取ることに意味があるのだ。


 私が人間たちにちょっかいを出すのは、例えば人間が身に余る力を手に入れたときだ。そういう時、必要があれば、人間たちから知識や技術を取り上げるし、人間たちがうまく力を扱えるよう助けたりもする。

 人間は新たな力を手に入れると、危険も顧みずにその力を使おうとする。ろくに使いこなすこともできないくせに、その力を使おうとするのだ。そうした挙句、力を制御しきれなくなって、色々なものを破壊し、多くの生命を奪うことになる。


 例えば、旧世界の人間たちは、制御できないくせに原子力に手を出した。危険だと分かっているはずなのに舐めてかかった。挙句に色々な事故を起こした。

 結局、危うい事故を何回も引き起こしたにも拘わらず人類は生き延びることができた。核戦争も回避できた。しかし、そんなのはただの偶然だ。一歩間違えば全人類どころか惑星ごと滅んでいたかもしれないのだ。


 現在の人間たちも原子力を使っているが、事故は一度も起こしていない。

 私が、直接、間接に手を貸しているのだ。未熟な技術は使わせないようにしたし、危険なものを扱っていると言うことを定期的に思い出させている。予算が削られないようにコントロールしているし、稼働している原子炉には何重にも安全対策を施している。それに、万一事故が起きてもすぐに対処できるよう監視もつけている。廃炉も核廃棄物の処理も安全に実施できるよう見守っている。もちろんテロ対策も施している。

 しかし、一歩間違えば、あらゆる生命が死滅するのには変わりはない。こんなもの、本来は人間の手に余るものだと思っている。しかし、かつては旧世界の人間たちも手にした知識と技術だ。私が一時的に知識や技術を取り上げても、他の誰かがまた思いつくだろう。

 だからこうしてサポートをしている。


 他には、大量破壊兵器や政治、経済、金融なんかも監視している。

 こういうものの管理に失敗したら、人間は滅びるかもしれない。大量の自殺者や餓死者が出るかもしれない。一歩間違えば紛争や戦争の原因となるのだ。

 子供のおもちゃではないのに、「いいこと思いついた!」という軽い感じで、自分たちが暮らしている社会や自分たちの生活をバカげた実験に差し出す。おもちゃにして弄ぶ。そんなのいい思い付きであった試しなどないのに、人間は歴史から学ばない。


 本当に人間は目が離せない。思いがけないことをしでかす。

 人間など滅ぶに任せればよいと何度思ったか分からない。

 しかし、私の想像を超えて色々なものを生み出していく人間を、面白いと思うし、愛しいとも思う。だから、やがて誰かが、私も想像できないような方法を思いついて、争いがなく仲良く暮らせる社会が作られるのだと期待している。


 結局、私は人間が嫌いで、人間が好きなのだ。

 結局、関わってしまう。


 偉そうなことを言っているが、私は何度も失敗している。

 本当に後悔ばかりだ。

 手を出さないほうがよかったと思うこともあるし、手を貸していればましな結果になったと思うこともある。

 もし本当に死後の世界があるのならば、きっと私は本物の地獄に落ちて、本物の悪魔に責められ苛まれるだろう。地獄の業火に焼かれるだろう。

 それで構わない。


 正直、自分でも面倒くさいと思う。

 三千年近くもこんなことを続けて、この先、何百年か年千年か分からないが同じことを続けていくのだ。

 だから、こんなものを背負うのは自分一人で十分だ。彼がこんなことを知る必要はないし、こんなことに関わる必要はない。


 ――不思議なことに現在生きている人類は、旧世界の人類と同じような歴史をたどって文明を発達させてきた。まるで、どこかに、かつての発展を記憶しているかのようだ。

 しかし、ケイの技術は違う。

 今の人間よりも高度な文明を持っていた旧世界の人間も、その人間たちに作り出された私たち悪魔も持っていなかった技術だ。人間たちから取り上げても、この先、他の人間が思いつくこともないだろう。

 それくらいの技術だ。

 あんなもの手に入れたら楽しいに決まっている。私でもワクワクするのだ。

 しかし、残念ながら人間たちには不相応だ。あれは素晴らしい技術だが、残念ながら悪用されやすい。現に既に悪用されてしまっている。

 悪用されても簡単に露見しないというのが厄介なところだ。


 だから、あれは、人間から取り上げることにした。

 それにあの悪魔の雑草もなんとかしなければならないだろう。

 首謀者は争いを引き起こしたいようだし、放って置いて状況がよくなることなど絶対にない。


 少し大変だが、なんとかなるだろう。

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