第28話 魔王さまは覚悟を語る


 バエルは、相変わらず研究室にこもることが多い。

 この日の昼食は、この間作ったイノシシ肉のベーコンを使ったナポリタンと春野菜のスープ、山盛りサラダだ。

 イノシシ肉はクセがあると聞いたことがあったが、これは旨い。ベーコンにするときに使ったハーブとか燻製とかの塩梅が良かったのか、元々の素材が良かったのか。いずれにせよ、クセとか獣っぽさは全然気にならない。

「このベーコン美味しくできましたね。ナポリタンも」

 バエルもほめてくれた。

 昼食の時、少し教えてくれたのだが、最近は雑草の駆除方法を研究しているのだと言っていた。調査は順調そうだ。しかし、まだ調べたいことがあるらしく、バエルの調査が落ち着くのはまだ先になりそうだ。


 ***


 二人で食事の片付けをすると、バエルは研究室に行ってしまう。魔王さまがテーブル席の椅子に座ってこちらを見ていたので、アイスカフェオレとコーヒーを用意して席に向かう。オレが席に着くと魔王さまはバエルの姿になる。


「他の姿にはなれないんですか?」


 そう聞いたら、次の瞬間にはオレが目の前に座っていた。しかも楽しそうにニヤニヤ笑っている。うん気持ち悪い。すぐさま謝ったら、バエルの姿に戻ってくれた。


「この声とこの顔が好きなんでしょ?」


 前にも聞かれたことを、また擦ってきた。


「猫のレトちゃんのことも好きですよ」

「うん。それは知っている」


 やられっぱなしは嫌なので、ちょっとやり返したら、余裕綽綽に返されてしまった。しかし、よく見ると口許がにまにまと緩んでいる。ちょっと嬉しそうだから、少しはやり返せたのかもしれない。


「今度はアップルパイが食べたい」


 レトちゃんはそうリクエストしてきた。相変わらずマイペースだ。

 今は生のリンゴはない。だが、去年バエルと二人で作ったリンゴジャムが残っていたはずだ。それで作ってみようか。アップルパイを作ったら、バエルに差し入れるのもいいかもしれない。


「はい。今度用意しておきますね」


 そう言うと、レトちゃんは満足そうに「楽しみ」とつぶやいてにんまりと笑っていた。


 さて、この前レトちゃんは、「あの子もわたしも悪魔になりたくてなったわけではない」と言っていた。オレは、自分の意志で悪魔になりたいと思ったわけだが、彼女たちはそうではなかったという。自分の意志で悪魔になったのではないのなら、悪魔として生きる心構えなどないままに悪魔にされたのだろうか? 今日は、たぶんそのあたりを話してくれると思うのだが……。


「あの子もわたしも悪魔になりたくてなったわけじゃない」


 レトちゃんは先日と同じセリフを繰り返してから話しをしてくれた。


 ――わたしがあの子に出会ったのは、二人とも悪魔になってから。

 あの子に初めて会った時、あの子はボロボロだった。ボロボロなのに一人で生きていた。

 だから、そばにいてやろうと思った。守ってやろうと思った。癒してやろうと思った。

 それがわたしの使命だと思った。

 あの子もわたしを受け入れてくれた。


 悪魔でも未来のことは見通せない。

 あの子もずっと知の研鑽を続けられるかなんて分からないと思う。

 あの子の使命はわたしからは教えてあげられないけど、別にあの子が一人で背負うべきものじゃないとわたしは思っている。

 ただ、あの子が自分に課した使命は重い。あの子も何度も挫けそうになっている。

 けれど、それでも背負い続けている。


 わたしもいつかお昼寝に飽きる時が来るかもしれない。

 あの子を守れなくなる時が来るかもしれない。


 悪魔は好き勝手に生きているけど、なんでも望みどおりになるわけじゃない。

 今までも選択肢なんて多くなかったし、いったん選択をしたら、嫌でもその選択に付き合わなくてはならないこともあった。

 過去の自分の選択を恨んでもどうにもならなかった。


 もちろん、わたしの生き甲斐も使命も自分で選び取ったもの。

 わたしは自分の生き甲斐も使命もずっと誇りに思っている。


 ケイは研究も学問も好きだと言った。そして、この先ずっと飽きずにつつけていくことができるか不安だとも言った。

 当たり前だけど、ケイがこの先、生き甲斐に生涯を捧げられるかなんて誰にも分からない。

 だからわたしは、できるかできないかが問題じゃないと思う。やるかやらないかの問題。

 これは、ケイの覚悟の問題。


 ……ぐうの音も出なかった。

「お前は甘っちょろい」

 たぶんそう言われたのだろう。


 レトちゃんもバエルも望んで悪魔になったわけではないという。

 彼女たちにすれば、悪魔になるのは、押し付けられた選択だったのだ。それでもそれを受け入れざるをえなかったし、そうして数千年生きてきた。否応なしに悪魔として生きていかなければならなかったのだ。

 一方、オレは自分で悪魔になりたいと思っておきながら、悪魔として生きていくことができるか自信がないと言っていたのだ。悪魔ことを何も知らなかったとはいえ、これはかなり恥ずかしい。


「でも、あんな酷い目に会ったら、選び取るのに臆病になるのは仕方ない」


 レトちゃんはそうフォローしてくれた。

 確かにオレは一度挫折した。自分で選び取ったはずのモノをすべて奪われた。それで臆病になっていたというのもその通りだろう。

 しかし、オレが会社を立ち上げたときは、できるかできないかなんて考えなかった。なんとかなるとも思っていたし、やってやると思っていた。

 そうだった。

 そんなことを今更思い出した。


「うん。ちょっといい顔になった」


 オレの表情が変わったのが分かったのだろう。レトちゃんはそう言ってにんまり笑った。


「ケイが覚悟を決める前に、知っておかないといけないことがまだある」

 レトちゃんは言う。レトちゃんも親切だ。まだオレの悩みに付き合ってくれる。

「だけど今日はここまで」

 レトちゃんはそう言って、猫の姿に戻る。

「マッサージしますか?」

 そう聞いたら、オレの膝に飛び乗ってきた。オレは魔王さまが満足するまで、撫でて差し上げた。

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