第26話 魔王さまは悩みを聞く
バエルは地下の研究室に行ったはずだが、今、オレの目の前にバエルが座っている。いつの間にか上がってきたのだろうか?
というか何か雰囲気が違う気がする。
オレが目の前にいきなり現れたバエルに戸惑っていると、彼女は自ら答えを教えてくれた。
「にゃあ」
「……魔王さまか」
「正解」
バエルと同じ声だが口調は違う。
よく見ると、瞳の色も猫の時と同じ琥珀色だ。それにバエルよりも少し幼い感じもする。
「いきなりどうしたんです? それになんでバエルの姿を……」
「長いこと猫の姿でいたから元の姿は忘れた。それにこの声もこの顔も好きでしょ?」
魔王さまは首をかしげながら、そんなことを尋ねてきた。……魔王さままでオレをからかってくるのか。
答えあぐねてしまったが、魔王さまはマイペースだ。
「アイスカフェオレが飲みたい」
ドリンクの注文をいただいた。かしこまりました。
そうか。魔王さまはアイスカフェオレ派なのか。猫舌なのか暖かい飲み物は苦手なのかな? ちょうどこの間、バエルからアイスカフェオレの淹れ方を教わったばかりだったのでちょうどよい。
用意したアイスカフェオレを魔王さまの前に置いて、席に座る。
魔王さまはアイスカフェオレにガムシロップを足した。そうして、甘くしたアイスカフェオレを飲みながら、マイペースに話を進める。
「レト。わたしの名前。本当はベレトだけど。レト」
本当の名前はベレトだけどレトと呼んで欲しいのだろう。
「レトさま」
「むー。……レトちゃん。この姿の時はレトちゃん」
魔王さまと同じように、さま付けで呼んだら訂正された。
「レトちゃん」
そう呼ぶと満足してくれたようだ。レトちゃんはなおもマイペースに話を進める。
「この前あの子にお預けされていたから、からかってやろうと思った」
以前、オレが悪魔になりたいと言ったら、バエルにまだダメと言われてしまったことを言っているのだろう。
「ま、それはうそ。本当は悩みを聞いてあげようと思った。あとケイとも話をしてみたかった」
既にからかわれているから「うそ」ではないんだよなあ……。しかし、いろいろとお見通しみたいだし、悩みを聞いてくれると言うなら聞いてもらおう。
オレの悩みは、二つある。一つは生涯を捧げられるような生き甲斐を見つけること。もう一つは、悪魔になるための対価を用意することだ。
「レトちゃんの生き甲斐ってなんですか?」
「……お昼寝」
さすがに、オレの参考にはならないと思ったのだろう。レトちゃんはちょっと申し訳なさそうに言った。
「私は寝るのが好き。ふだん猫の姿でいるのはたくさん寝ていられるから」
レトちゃんは律儀にも説明してくれる。可愛いから許すけど。
しかし、いきなり行き詰ってしまった。次は何を質問しよう。そう思っていたら、逆に質問された。
「ケイは、生き甲斐を探しているの?」
――ああ、そうか。勝手に「お見通し」だと思い込んで、きちんと説明をしていなかった。
オレは、研究や学問も好きだし、バエルとの「お話」も楽しいこと。しかし、それをこの先ずっと飽きずに続けていくことができるのか不安に思っていること。それから、悪魔になるための対価を用意しようと思っていることをレトちゃんに説明した。
レトちゃんは「ふーん」とつぶやいた後、少し考え込んでいた。そして次に口を開いたときには無邪気にこう言い放った。
「へんなの」
悩みを聞いてくれるというので相談をしたら、「へんなの」と言われてしまった。
しかし、心配しなくても、レトちゃんは律儀だ。
なぜ「へん」だと思ったのか説明してくれる。
「わたしの考えが当たっているなら、ケイはもう両方とも持っている。それにその二つは同じものだと思う。だけど、ケイがそれを分からないのは仕方がない。あの子も意地悪」
うーん。説明してくれたけど、よく分からなかった。
しかし、レトちゃんは、オレがすでに生き甲斐も対価も持っていると考えているようだ。レトちゃんはたぶん、オレが両方とも持っているはずなのに、思い悩んでいるから「へん」だと思ったのだろう。
さらにレトちゃんは生き甲斐と対価が同じものだというが、オレにはさっぱり思い当たらない。
そして、「あの子も意地悪」と言っている。バエルがオレに説明していないことがあるのだろう。バエルが意地悪して説明していないからオレが気付いていないというように聞こえる。もしかして、バエルが言っていた使命と関係あるのだろうか?
「あの子の使命って――」
「それは、あの子から聞くべき」
聞き終わる前に、ぴしゃりと返されてしまった。レトちゃんはバエルの使命のことを教えるつもりはないようだ。だが、本人に聞くべきと言うのはその通りだろう。
そうすると、レトちゃんの使命は何だろう。ふと興味がわいてしまった。自分自身のことだから聞いたら教えてくれるだろうか。
「じゃあレトちゃんの使命って何かあるんですか?」
「もちろんある。わたしの使命は、あの子の側にいて守ること。あの子を支えて癒すこと。いつかあの子が死ぬ時には、一緒に死んでやろうと思っている」
たいした答えを期待していなかったが、なんとも凛々しい答えが返ってきた。
申し訳ないが、先ほど生き甲斐が「お昼寝」だと言った人物とは思えない。
……いや、あの気持ちよさそうなお昼寝姿には、オレも癒されている。
レトちゃんだからこそできることがあるのだろう。彼女たちは、普段から仲がいいし、バエルも魔王さまに何回も守ってもらったと言っていた。何千年にもわたって培ってきた絆があるに違いない。だからオレなんかが付け入るスキはないのかもしれない。
「たぶんケイには私にはできないことができる。今はとにかくそばにいてあげればいい」
レトちゃんは、まるでオレの心を読んでいるかのような励ましとアドバイスをくれる。
「あの子のそばにいてもいいんでしょうか? ……オレは本当にあの子に釣り合っているのか自信がなくて」
「自分ではたいしてことないと思っていても、それが他の人にはとってもありがたいことがある。わたしもあの子もケイが来てくれてよかったと思っている」
そうなのか……。ならば少しは自信を持ってもいいのかもしれない。
「それに、ケイは難しく考えすぎ。あの子も私も望んで悪魔になったわけじゃない」
ええっ。そうなの?
「お腹すいた。続きはまた今度」
続きを聞こうとしたら、レトちゃんは猫に戻ってしまった。
時計を見ると、確かにそろそろ夕食の支度をする時間だった。
またいいところでお預けされてしまった。
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