第23話 悪魔とスローライフ?


 春になったので、菜園に春野菜を植えることになった。

 バエルは去年の秋から冬にかけて、ネギやダイコン、カブやニンジンなどの野菜を育てていた。その時は、オレはバエルを手伝っただけだった。

 この春からは、オレもいくつか野菜を育ててみることになっている。オレは野菜を育てるのも初めてだ。今はタブレットで検索すると野菜の育て方が分かるのですごく助かる。ただ、この辺りの土地に合う品種など分からないので、バエルにアドバイスしてもらったし、バエルは、他にもネットに書いていないようなコツも教えてくれた。

 種や苗はバエルに頼んで仕入れてもらった。


 農作業するときはオーバーオールを身に着け、足には長靴、頭には麦わら帽子をかぶる。これはバエルが用意してくれたものだ。

 一緒に作業するときは、彼女もお揃いのスタイルになる。


 そんなこんなで農作業を始めてみたが、オレは野菜作りを舐めていた。


 当たり前だが、適当に植えればいいわけではない。

 連作障害を気にしなければならないし、肥料のやりすぎもよくないらしい。それに、水をあげすぎもよくない。根付きが悪くなったり、根腐れの原因になったりするらしい。


 当たり前だが、すぐに結果が表れない。

 水や肥料を上げたところで、いきなり大きく育つわけではない。反対に、水をやりすぎてもすぐに根腐れを起こすわけでもなければ、肥料のやりすぎですぐに肥料やけを起こすわけではない。

 バエルならば、どれだけ水をやったらいいのかとか、肥料を与えるとどうなるのかといったことが頭の中に入っているのだろう。しかし、オレにはそういう経験も知識も全くない。

 だから、教えてもらいつつも、探り探りという感覚だ。考えてみれば当たり前のことでも、オレはまだまだ知らないことが多いのだ。


 今回、オレが作付けしたのは、小松菜にカブ、トマトにナス。キュウリにジャガイモだ。

 バエルにはアドバイスはもらったが、ほとんど一人で作業した。

 それでどうにか種まきや苗の植え付けまで、すべて作業を終えることができた。

 教えられたとおりにやってはみたが、生育は天候にも左右される。天候に関しては、祈るくらいしかできない。

 毎日、菜園の見回りをするのが日課に加わった。


 ***


 ある朝、魔王さまに朝ご飯を上げて、バエルと二人でふーちゃんとむーちゃんに餌をあげていたら、三体のテっちゃんたちがふよふよとやってきた。

 ふーちゃんとむーちゃんはバエルの使い魔で、ワタリガラスと言う大型のカラスのような見た目をしている。毎朝餌をあげるとどこかに飛び立っていく。

 そして、テっちゃんもバエルの使い魔で、周辺の警備が主な仕事だ。数百体いるらしいが大抵は単独行動をしている。だから、今回のように三体で行動するのは珍しい。いつも通りふよふよとしているが、いつもより動きが素早い。オレたちの周りを漂って何か知らせようとしているようだ。


 テっちゃんたちに導かれるまま、店の裏手の菜園に向かうと、一頭のイノシシが倒れていた。ジャガイモの種芋を植えたあたりが少し荒らされているので、作付けしたばかりのジャガイモの種芋を狙って現れたらしい。

 そして、どうやらそのイノシシは、テっちゃんたちにやられたらしい。と言うのも、身体のところどころに穴が開いている。

 テっちゃんは黒い煙が球体になったような見た目で、大きさは人間のこぶしほどだ。普段はふよふよと漂っている。しかし、あのもやもやした煙状の身体に取り込まれた異物はゴリゴリと砕かれてしまう。イノシシの身体の穴は、たぶん、あのゴリゴリにやられたのだろう。

 暗闇でテっちゃんに纏わりつかれると、ゴリゴリと言う身体を砕かれる音と、同時に激痛が襲ってくるのだ。しかも相手の正体は見えない。――味方でよかったとしみじみ思う。


 ともかくテっちゃんたちはお手柄だ。せっかく植えたジャガイモが台無しになるところだった。

「後でコーヒー豆を上げよう」

 そう伝えたら、テっちゃんたちは嬉しそうに弾んでいた。


 それにしても、イノシシをそのままにしておくわけにもいかない。

 どうしようかとバエルと相談すると、せっかくだし、解体して食用にしてみようということになった。オレはイノシシの解体なんてしたことはないのだが、バエルが教えてくれるという。

 それにしても、テっちゃんたちがこのイノシシを仕留めたのはいつだろう。血抜きをせずに放っておくと肉の臭みが強くなって食べられたものではないと聞いたことがある。今から血抜きをしても間に合うだろうか。


「ケイさん。血抜きは必要ないかもしれません」


 バエルに言われてよく見ると、イノシシの首には穴が開いているし、地面には血だまりができている。テっちゃんの攻撃が頸動脈をかすめていたならラッキーだ。血抜きができているのかバエルに確認してもらったら、問題なさそうだという。

 しかし、バエルにはまだ心配事があるようだ。

 聞いてみると野生のイノシシは人や他のイノシシにも感染するウイルスを持っていることがあるらしく、ウイルスによっては感染していたら消毒して埋葬しなければならないらしい。彼女は手袋をしてイノシシの組織を採取すると、試薬を持ってきて、そういったウイルスに感染していないかも調べていた。

 調査したところ、こちらも問題なかったらしい。よかった。


 しかし菜園の真ん中で解体を始めるわけにはいかない。菜園の隅に作業小屋があるので、解体するならそこがいいだろう。農作業に使っている湧き水も近い。

 それで、どうやって移動させようかとバエルに相談した。


「ちょっと見ててください」


 バエルがそう言うと、テっちゃんが数十体集まってきて、イノシシの身体の下に潜り込んでいく。そのまま見ていると、イノシシの身体は浮かび上がって、菜園の端のスペースまで運ばれていった。状況から考えると、テっちゃんたちが運んでいるようだ。

 君たちの身体どうなっているの? 

 バエルに教えてもらおうとも思うが、理解できる気がしない。

 オレの横では、バエルがニコニコ笑っていた。オレの驚く顔が面白いらしい。


 朝食をとった後、バエルに教えてもらいながら解体した。

 解体するには獲物を吊り下げなければならないが、またテっちゃんたちが集まってイノシシを吊り下げてくれた。

 解体にはのこぎりも使ったし重労働だった。

 それでもなんとか部位ごとに切り分けることができた。


 肩肉とバラ肉はベーコンにして、ロースとモモからはハムを作ってみることになった。他の肉は小分けにして冷凍した。

 ここの菜園では、ローズマリーやローリエ、オレガノといったハーブ類も育てている。

 そういうハーブ類と塩、胡椒、シナモン、砂糖などを混ぜて、ベーコンやハムにするイノシシ肉を漬けこむのだ。胡椒やシナモンはさすがに外から仕入れたものだが、他のハーブはこの菜園で取れたものだ。

 だいたい一週間くらい漬け込んで、燻製にかける。

 どんな味になるか楽しみだ。


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