第20話 テっちゃんは酔っぱらう

 テっちゃんはバエルの使い魔だ。

 見た目は黒いもやもやのふよふよだ。

 黒いもやもやとした煙がこぶし大の球体を形作っていて、それがふよふよと空中を漂っている。数百体いるが個体間で記憶を共有しているそうだ。

 普段はこの店の周辺を警備していて、他には掃除の手伝いや魔王さまの遊び相手もできる。


 バエルの紹介でテっちゃんに挨拶してからというもの、オレはテっちゃんに構われるようになった。テっちゃんはオレの目の前にしばらく浮かんだり、周囲を漂ったりするかと思えば、オレを観察するようにじっと動かない時もある。

 オレも手を振ったり、たまに捕まえるふりをしたりしてテっちゃんを構うようになった。


 ある日、床から一つコーヒー豆を拾った。

 コーヒー豆を挽くため、豆をコーヒーミルに移したのだが、そのときに、コーヒー豆が一粒、床にこぼれ落ちたのだ。

 そこへテっちゃんがふよふよと飛んできて、オレの手の周りを漂っている。その手の指先には、先ほど拾ったコーヒー豆をつまんでいる。

 テっちゃんは、コーヒー豆に興味があるのだろうか? 手を開いてコーヒー豆を乗せてみる。

 テっちゃんにコーヒー豆を見せると、コーヒー豆を観察するように手のひらの上をふよふよと漂っている。

 そして、おもむろにコーヒー豆に覆いかぶさった。

 オレがあっけにとられている間に、手のひらの上のコーヒー豆はテっちゃんの中に消えてしまった。それからすぐ、テっちゃんの中からゴリゴリという音が聞こえてきた。先ほどのコーヒー豆を砕いているらしい。

 煙にしか見えないのに歯があるのだろうか? 本当にナゾ生物だ。


 ――テっちゃんはコーヒー豆を砕き終わった後もしばらくオレの手のひらの上に乗っていたが、やがて体をヒクッと収縮させると、手のひらからヘロヘロと浮かび上がった。

 いつものようなふよふよした感じではなく、ヘロヘロ、フラフラと軌道が定まらない。

 はああ、これはたぶん酔っぱらっているな……。

 体が収縮したのは、しゃっくりみたいだったし、いまの飛び方は完全に酔っ払いだ。


 ――その後すぐにバエルに相談してみたら、ものすごく驚いていた。

 試しに、近くのテっちゃんを呼んで、コーヒー豆を上げてみるとゴリゴリ食べる。そのあと酔っぱらったようにフラフラしている。バエルは、テっちゃんがコーヒー豆をゴリゴリとかみ砕くのも、コーヒー豆で酔っぱらうのも知らなかったらしい。

「これは、調べないと!」

 そう言ってバエルはテっちゃんを連れて研究室へ行ってしまった。

 バエルと一緒に飲もうと思って、コーヒーを淹れようとしていたが後回しだ。


 その後、シンクを掃除していたら、バエルが研究室から帰ってきた。

 調査が終わったようだし、コーヒーを淹れますか。


 ***


 コーヒーを飲みながら、バエルが調査結果を教えてくれる。

 バエルが言うには、テっちゃんは自然に進化していくよう作られているそうだ。その進化の過程で、テっちゃんは体内に取り込んだものを砕いて取り込む機能を獲得したらしい。さらにはバエルも気付かないうちにすべての個体がその機能を獲得していたという。

 そして、酔っぱらった原因は、コーヒーに含まれるカフェインだった。

 しかしもう酔っぱらうことはないという。もともと毒物を取り込んだら解毒するようにできていたし、何回か取り込めばすぐに無毒化されるようになるそうだ。要するに、テっちゃんにはもうカフェインが効かなくなっているということだ。


「もう酔っぱらえませんよ」


 テっちゃんはバエルからそう聞くと、ショックを受けたようにふよふよと落下していった。やがて不満にも思ったようだ。上の方に移動すると斜め下のバエルに向かって勢いよく突進していった。何回か突進を繰り返しているが、ふよふよとしているので全く痛くなさそうだ。

 本当は遊んでいるのだ。バエルも突進してくるテっちゃんを避けたり、いなしたりして楽しそうに笑っている。

 そんなテっちゃんにコーヒー豆を差し出すと、ゴリゴリ音を立てて砕いていたが、もうフラフラすることはなかった。

 だが、テっちゃんたちはコーヒー豆が気に入ったらしい。味が気に入ったのか食感が気に入ったのかは分からないが、それからというもの、テっちゃんは、オレが厨房にいると、ときどきコーヒー豆をねだりにくるようになった。


 そして、あのゴリゴリはテっちゃんに残されることになった。

 テっちゃんの任務は自宅周辺の警備だ。不審者がいたら対応しなければならない。だから、攻撃手段があって悪いことはないのだろう。バエルも「攻撃手段が増えました」と喜んでいた。


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