第19話 魔王さまは回想する

 わたしは怠惰だ。

 できるだけ長く寝ていたいし、誰かにお世話してほしい。


 だから、猫の姿をしている。

 この姿ならば、長く寝ていられる。それに、みんな喜んでお世話してくれる。かわいいと撫でてくれる。

 元々は人間だが、もはや猫の姿でいるほうが長い。

 今では、人間の姿になるのはあの子の前だけだ。それもごく稀だ。


 ***


 初めて会ったとき、あの子は食事も睡眠もそっちのけで必死に知を貪っていた。

 暇があれば書物に目を通し、まとめてノートに書き留めて考えを整理する。自分の考えをまとめ、それが間違っていないか確認するため実験をする。書物だけでは足りないので、実物を見学に出かけていたし、自分の身体を動かしてひたむきに練習して色々な技術を習得していた。


 もっと怠惰にすればいいのにと思った。

 おそらくこのままではすぐに潰れる。


 猫の姿で近寄ると、手を止めて撫でてくれた。

 遅くまで起きているので、机の上に乗って、邪魔してやった。

 それでもまだ知識を貪ろうとするので、もっと構えと絡んだ。

 ご飯をよこせと、身体を摺りつけて訴えた。

 魔法で無理やり寝かしつけたこともある。


 そうするうちに、やがて、あの子も食事をきちんととるようになった。一緒に寝るようにもなった。

 あの子は賢いので、すぐに自分が危険だったのだと気付いた。あのような生活を続けていては、すぐに潰れてしまったと。

 休んだり、他のことをしたりするうちに考えが整理され、新しいことを思いつくことを思い出してからは、ゆったりとした生活をするようになった。料理を覚え、他の家事も自分でするようになった。菜園を整備し野菜や果物を作るようになった。

 そんな生活が、何百年か何千年か続いた。


 あるときあの子は人間の男の死体を拾ってきた。そしてその死体を再生し、契約を結んだ。

 男はケイと呼ばれることになった。

 ケイは、なぜだか最初からあの子と仲が良かった。


 あの子の話は悪魔でも難しい。普段は優しく構ってくれるが、一度スイッチが入ると難しい話が始まる。わたしも悪魔だから知能は高い。それでもあの子のスイッチが入るとついていけなくなることが多い。

 ケイは、人間にしては知能が高いのだろう。あの子の話に付いて行けるように見えた。いや、ケイも完全に付いて行っているわけではなかった。だが、ケイと話すときあの子は楽しそうにしていた。


 しばらく観察して気付いたのだが、ケイもあの子の同類らしかった。ケイは分からないことがあっても知ったかぶりしないし、素直に教えを乞う。人の話はきちんと聞く。教えてもらうだけではなく、自分でも考え、意見を言う。本当に分からないことがあっても、結論を急がない。

 知に対して真摯なのだ。

 あの子も、そんなケイに何かを教えるのは楽しいらしい。ケイは教えたことを着実に吸収していくし、思いがけない意見を言うことも少なくないそうだ。


 よかった。


 心からそう思った。わたしはあの子に寄り添い、癒してあげることは出来るが、あの子の重荷を一緒に背負ってあげることは出来ない。

 人間は寿命があるので、ケイはそのうちいなくなってしまうだろう。しかし、少しの間だけでもあの子の負担が減ればいいと思った。


 そんなある日、ケイは悪魔になる方法をあの子に尋ねていた。

 悪魔になりたいのだと言う。

 ケイがあの子の側にずっといてくれるなら安心だ。そう思ったが、あの子は、まだダメだとお預けを食らわしていた。まあ、あの子の言い分は分かる。今のケイでは悪魔になっても、安定するか分からない。

 あの子はケイに嫌われてしまったのではないかと心配していたが、そんなことはなかった。二人ともこれまでと同じように仲良くしている。

 ただ、ケイは何か思う所があったようだ。


 それにしても、どうにもやきもきしてしまう。

 お互いに好きなのだろうに、もどかしい。

 早くくっついてしまえばいいのに……。

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