第17話 悪魔になりたい(前)
バエルにオレが開発した技術について教えてほしいと言われた。
正直意外だった。
悪魔は知能が高いし、人間の科学技術など、とうの昔に実現させているものだと思っていた。それに、あの技術は未完成だ。中心となる部分の理論は完成しているが、技術的な改善の余地は大きいし、周辺技術も追いついていない。
むしろオレが、改善の方法を教わりたと思っていたくらいだ。
しかし、悪魔もオレの技術は盲点だったそうだ。
バエルは、昔からオレの技術に目をつけていて、いつか教えを請いたいと思っていたという。地獄にオレを招いたのも、それが目的の一つだったそうだ。
人間についてバエルに教えるというのは、もともとの契約の範囲だし、オレの開発した技術のこともいつか教えるのだと思っていた。使い方次第では危険にもなるが、バエルならば変なことには使わないだろう。だから、教えることは何の問題もない。
しかし、これのためにオレを招いたと言われて、オレは少し待ってほしいと回答を保留していた。
オレはバエルの役に立っているのか自信がないのだ。
正直なところ、バエルとの「お話」は楽しいし、オレにとっても刺激がある。最初のころは、オレがバエルに教えることが多かったのだが、最近はオレがバエルに教わることの方が多い。バエルは最初からノートを取っていたが、オレも最近はノートを取らないと話についていけない。夜はもっぱら復習の時間だ。
相手はやはり数千年もコツコツと知を積み上げてきた悪魔なのだ。しかも驕ることなく今も学問を続けている。時折、その知の厚みと高さと広さを思い知って愕然とすることがある。
バエルは今のままで問題ないと言ってくれる。他人に教えることで自分の考えも整理されるからだそうだ。しかし、オレはいつ契約解除されてもおかしくないと思っていた。
――正直に言うと、オレはバエルに飽きられるのが怖い。
だから、オレが開発した技術を知りたい言われたとき、これを教えてしまったら、オレはここにいる理由がなくなってしまう。そう思ってしまったのだ。
***
どうすれば悪魔になれるのだろうか?
最近、オレはそんなことを考えるようになっていた。
バエルは先日、オレに悪魔のことを教えてくれた。
その時は「へえ」としか思っていなかったが、説明してくれたことを反芻すればするほど羨ましいと思うようになった。悪魔として生きるほうが、人間として生きるよりも、よほど平和に幸せに生きられるのではないだろうか?
そんな風に思えてしまうのだ。
彼女も言っていたが、社会を維持しているためにはルールが必要なのに、人間は簡単にルールを破る。社会の中で暮らしていかなければならないほど弱いくせに、社会を壊すようなことを平気でやらかす。
一方で悪魔は一人でも生きていけるという。群れを作る必要がないので、共通のルールは必要ない。ルールがないから人間のような問題は起こりようがない。
悪魔同士でも交流はあるが、他の悪魔に「お願い」を聞いてもらうには契約を交わして取引するか、暴力などを使って無理やり強制するのだとも言っていた。ただ悪魔は頑強なので、普通、暴力では決着がつかないことが多い。そのため、仲が悪い悪魔同士はお互いに干渉しなくなるのだとも言っていた。
それに魔王さまとバエルのように、相性が良ければ一緒に生活していくこともできるらしい。
……理想的ではないだろうか。
オレは人間にうんざりしていたし、一方で彼女たちはオレに親切にしてくれる。そして、ここでの生活は充実している。だから余計、悪魔の生き方が魅力的に映ったのかもしれない。
それに、悪魔になれば、バエルとの「お話」に簡単についていけるようになるかしれないのだ。
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