第16話 魔王を怒らせた王様(後)


「なんて馬鹿馬鹿しい」

 男たちの用件を聞いた娘はそう思った。


 男たちの話をまとめるとこうだ。

 まず、今いるこの場所は、このあたり一帯を治める王の住まう城塞都市である。

 それで、ここにいる男たちは、王と重臣たち、その護衛と召喚の儀式を取り仕切る魔術師なのだそうだ。やはり白ひげ黒ローブの男は魔術師だったようだ。

 そして、今まさにこの城塞の周囲を北方から来た騎馬民族の軍隊が包囲しているのだという。騎馬民族はハーンと呼ばれる帝王を戴いているが、その軍勢が周辺の国を平らげ、先日、ついにこの城へ至ったそうだ。

 彼女たちを呼び出した男たちは、彼女たちにハーンとその軍勢を滅ぼすよう要請していた。

 娘が実際に目を飛ばして城壁の周囲を確認すると、確かに大軍勢に包囲されている。


 ハーンとその軍勢の話は娘も聞いたことがあった。

 確か、最初に攻撃を受けた都市は消え去ったらしい。城壁は破壊しつくされ、君主はひどいやり方で殺された。ほとんどの住民は弄り殺しにされ、都市にあった財宝や食糧のことごとくが持ち去られた。跡には何も残らなかったという。

 ただし、ハーンの軍勢はその都市を滅ぼすときに、援軍を請う使者や、そこにとどまっていた商人たちをわざと逃がしていた。彼らに周辺の国々へ惨劇や征服の意志を伝えさせたのだ。

 都市を脱出した者たちから、それを伝え聞いた隣国の王は、直ちに兵を確認に向かわせた。そして彼らの報告が事実であることが分かると、攻撃を受ける前にいち早く降伏の使者を送り、あっさり認められた。それなりの財宝や美姫を差し出すことになったが、それだけだった。そのまま自治を続けることも認められた。

 歯向かうものには容赦しないが、許しを請う者には寛大に対応する。そういう戦略なのだ。要は降伏すればよいのだ。

 しかし目の前の男たちは降伏など考えていないようだ。


「降伏しろ」そう言うと、「なぜ蛮族なんぞに降伏せねばならない」と言う。

「向こうからの使者はどうしたのだ」と聞くと、「殺して城壁の外に放り捨ててやったわ」と自慢げに言う。

「もはやどうにもならん。諦めろ」と言うと、「それを何とかするために貴様等を呼んだのだ!」と怒りをぶちまける。


 何なのだ、こいつらは。

 もはやなにもかもだめだ。作戦すらない上に、自分たちで防衛するわけでもなく、超自然的な力に縋ろうとしている時点で終わっている。

 この城塞都市は、早晩、周囲の軍勢に滅ぼされるだろう。

 唯一、助かる見込みがあるとすれば、この国の王の首級を手土産に、許しを請うしかないと思う。

 だがこんな調子では、それを彼らが聞き入れることはないだろう。


 実は猫も娘もハーンとその軍勢くらいは朝飯前に殲滅できる。しかし、彼女たちは彼らの願いを叶えてやろうとはこれっぽっちも思っていなかった。彼女たちは、今、人間の調査するために話を聞いているのだ。


「ふーん。それで対価は何を用意しているのだ?」


 どんな答えが返ってくるだろうか? そう思って聞いてみた。


「ふざけるなっ。貴様はあのイブリースであろう。貴様らは人間の魂が好物と聞く。対価など貴様が滅ぼしたハーンとその軍勢の魂を持っていけばいいではないか!」


 あらら。怒鳴られちゃった。

 声のした方を見ると、暗がりの奥で、立派な髭をたくわえた男が、立派な椅子から立ち上がってこちらを睨んでいた。やせ細った老人だが、周囲の人間が傅いているところを見るとこいつが王で間違いないだろう。一息にまくしたてたからか、怒りが収まらないからか、フーッフーッと肩で息をしている。

「ふざけるな」はこちらのセリフだ。

 人間の魂などいらない。人間の生命は死んだらそこで終わりなのだ。それに彼女たちは、人間を殺して喜ぶ趣味を持ち合わせているわけではない。

 もともと取引に応じるつもりなどなかったが、得をするのはあちらばかりでこちらに何の得もない。こんなものは取引と言えない。

 それに、こいつらは、さっきから態度ばかりがでかい。こちらの動きを封じたと思っていい気になっているようだが、面倒になってきた。

 人間の調査はもういいや。収穫もまるでなかった。タブレットも回収したし、とっとと帰ろう。

 娘はそう思ったが、ふと、この城塞都市の住民が哀れになった。目の前の連中がどうなろうと知ったことではない。しかし、住民たちには何の罪もないのに、このままでは弄り殺しにされるだろう。

 よし、王を殺して、それを手土産に調停の一つもしてやろう。

 娘はそう考えなおして、猫を抱っこして椅子から立ち上がった。娘が立ち上がると彼女たちが座っていた椅子はその場から消え去った。


「そんな対価では話にならん!」


 娘が一際大きな声でそう言い放つと、ヒュッと音がして、矢が娘の胸に当たった。柱の陰から放たれたものらしいが、こんなもので娘は傷つかない。柱の陰で兵士が弓を構えているのも知っていいたし、避けようと思えばできた。避けなかったのは別にどうでもよかったからだ。

 彼らは娘が言うことを聞かなければ、殺すつもりだったのだろう。

 まあ、こんな男たちがなにを考えようがもはや関係ない。男たちがどう行動しようが、彼女たちはもう決めてしまったのだ。


 そして王の首が刈り取られた。


 娘に矢が当たった次の瞬間、シッとなにか鋭い音が聞こえた。その時に王の首が刈り取られたのだ。

 そして、それから数秒してから、どっと音がして首のない王の身体が崩れ落ちた。


 男たちは何が起きたのか分からなかった。

 気付けば、娘に抱かれていたはずの黒猫が娘の足にすり寄っている。そして娘の足元には刈られたばかりの王の首が転がっていた。

 猫は「にゃーん」と場違いに可愛らしい声で鳴いている。

 娘に矢が放たれたのを見て、猫が動いたのだ。猫の動きを追えた者はいない。ただただ素早い動きだった。

 娘は矢で怪我を負うような、やわな身体をしていないが、猫も実は相当にイライラしていたらしい。娘に矢が射かけられたことを敵対行動とみなして手を出したのだ。

 男たちは王が殺されたことがようやく分かったのか、「向こうは手を出せないのではなかったのか!?」、「おのれ、この悪魔めがっ!」などとわめいている。

 娘はそんなことにはまったく頓着せずに、「あら、助かりました。ありがとうございます」と、猫を撫でながらにこにことお礼を述べている。そして、猫を抱っこして立ち上がると、いつもの口調に戻って、男たちに向かって「では、皆さん、ちょっとつきあってくださいね」とにっこりと笑って言った。


 次の瞬間、大広間にいた男たちは全員、城門の前にいた。城門の前と言うのはもちろん城壁の外側である。

 そして魔術師がいつの間にか王の首を両手に抱えてさせられている。

 男たちは状況をつかめずに、またわめきだした。いきなり城門の外に放り出されたのだから無理もない。

 城門を開けば城壁の中に帰ることは出来るが、この状況で城門を開くことは敵兵を招き入れるのと同義だ。男たちはどうすればいいか分からなかった。


 ドッカーンッ!


 男たちがわいていると、突如、城門のほうから物凄い轟音が轟いた。

 見れば城門がなくなっている。

 突然の大轟音と城門の崩壊に、当然、どちらの陣営も混乱した。


 ――それから十数分も経過しただろうか。

 双方の陣営が状況を把握し、落ち着き始めたころ、あたり一帯に大きな声が響き渡った。それは、地の底から響くような、それでいて天が震えるような大きな声だった。


『聞け』

『この城の王は、我を怒らせたゆえ、直々に誅殺した』

『もはや趨勢は決した。この都市でのこれ以上の戦闘も略奪もまかりならん』

『城門の前に、城側からの降伏の使者を使わしたゆえ、双方、よしなに交渉するとよい』


 その場には、様々な言葉を話す者たちがいたのだが、その場にいたすべての者が、響き渡る言葉の内容を理解した。


 結局、住民たちは無事で済んだ。謎の声の要求通り、戦闘行為も略奪もなかった。

 なぜなら、両陣営とも交渉するしかなかったからだ。

 籠城側からすれば、城門が壊されてしまっては、籠城などできない。降伏のための交渉の場に立つしかなかった。

 ハーンの陣営の兵士たちは大轟音とお告げにすっかり怖気づいてしまい、戦闘や略奪どころではなくなってしまった。だからハーンは以下の将軍は、交渉の場に立つしかなかった。

 そして、二度にわたる轟音と、正体不明のお告げは、その時あたりにいた者全員に届いていた。結果、様々な噂が流れることになった。


「王は魔王の怒りを買って殺されてしまった」

「いや、禁忌の術に手を出して、神の怒りを買ったのだ」

「異国の神がハーンの軍勢に手を貸して下さった」

「そうではない。やはりハーンこそが魔王なのだ」


 ハーンの軍勢は、「異国の神までもがハーンに力を貸している」とか「ハーンこそが魔王だ」といった噂をその後の作戦に生かしたようである。なにしろ目撃者も、轟音とお告げを聴いた者もごまんといるのだ。それを利用しない手はなかった。


 そして、彼女たちの同族の者たちもそうした噂を聞きつけたらしい。

 彼女たちに会うと、「イブリースさん。おはようございます」、「ねえねえ。神と悪魔。呼ばれるならどっちがいい?」などとからかってくるようになった。猫と娘は同族のそうした揶揄など相手にしなかったが、そのうちに悪魔を自称するようになった。

 実際、人間に悪魔と呼ばれたのは事実だ。それに王の首を落としたとき、あの場にいた男たちに「この悪魔めがっ!」と罵倒されたのが耳に残っていた。

 まったくその通りだと思った。彼女たちは自身が善良でもなければ慈悲深くもないことを自覚していたし、人間からしたら好き勝手に生きているだけの存在である。悪魔と呼ばれるのがふさわしい。

 なにより、いざ自称してみるとしっくりと馴染んだ。

 彼女たちが悪魔を自称し始めると、他の同族の者も悪魔を自称するようになった。同族のうち何人かは、実際に人間に悪魔のようだと言われたこともあるようだったが、結局のところ、「悪魔」と言う呼称は彼らの本性を的確に表現していたのだ。

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