第14話 悪魔が悪魔である由縁

 オレは秋のうちに薪割りを終わらせることができていた。

 バエルがくれる薬のおかげで、筋肉痛に悩まされることは少なかった。始めたころは本当に終わらせることができるのか不安だったが、なんとかなった。

 こういう達成感を味わうのも久しぶりだった。


 そうして、冬になった。

 冷えこむにつれ、バエルとの「お話」は暖炉の近くのテーブルで行われることが多くなった。魔王さまは暖炉の前に置かれた専用のベッドで寝息を立てている。暖炉の前には金属性の目の細かい網を張ったスクリーンが置かれていているので、火の粉が飛んで魔王さまの毛並みが台無しになることはない。


 そして、今、その暖炉でダッチオーブンを使って料理している。ダッチオーブンは蓋つきの肉厚な鋳鉄製の鍋で、コンロなどがなくても焚火や暖炉などの直火で料理できる。

 今回は、菜園で取れたキャベツとニンジン、タマネギ、ジャガイモに塩コショウを振って、水を加え、適当なハーブとソーセージと一緒にダッチオーブンに放り込んでおいた。弱火でコトコトと火を通して、あと一時間もすれば野菜たっぷりポトフの出来上がりだ。

 ダッチオーブンを使えば肉料理もできるし、パンを焼くこともできるらしいので、暖炉に火を入れている冬のうちに挑戦してみるつもりだ。


 ***


 バエルは、いつの間にか、オレのスマホとタブレットを使えるようにしていた。電波が届かなくて使わなくなっていたのだが、この悪魔には関係ないらしい。オレも試してみたが、問題なく使える。ただ、地図アプリはエラーとなって使えなかった。なぜか、位置情報が取得できないようだ。

 オレにメッセージが届いていないか確認したが、知り合いからも家族からも届いていなかった。それでむしろ安心した。オレはここでの生活が気に入っているのだ。もういないものとして扱ってくれるなら都合がいい。


 それはさておき、今日はバエルにスマホやタブレットの使い方を教えることになっている。

 スクロール、ピンチイン、ピンチアウトからフリック入力と言った基本操作を教えた後、それぞれのアプリの機能や使い方を教えたが、バエルはあっという間に使い方を習得した。楽しそうにタブレットをいじりながら、「人間は便利なものを作るんですねー。こういうものがあることは知っていましたが、使うのは初めてです」と感心していた。

「初めてネットに触れるときには、『嘘情報に注意しなさい』って教えられるんですよ。本当にフェイクばかりですから」

 何の気なしにそう言ってみると、バエルは興味を惹かれたようだ。

「へえ。でも情報の精度が低いのは問題ですね。なんでそんなことになっているんです?」

「うーん、個人的な意見ですが、みんな自分のことは正しいと思っているんでしょう。自分は正しいのだから自分のばらまく情報は正しいと。たぶん自分が嘘情報をばらまいているとは思っていないんでしょうね」

「はあ。人間は相変わらずですね。自分が正しいなんて……。私にはとてもマネできないです」

 なにか機嫌を損ねたのだろうか?

 バエルは普段穏やかに、楽しそうに話すが、この言葉には少しだけ苛立ちが感じられた。

 どうしたのだろうかとバエルのほうを見ると、失言したのに気付いたのか、弁解をはじめた。


「あー。今のはケイさんに文句を言ったわけではないですよ。ちょっと昔のことを思い出して……」


 そういえば、ここに来て二か月ほどになるが、オレはこの悪魔たちのことを、まだよく知らない。

 身体能力も知能も高いが、慎ましやかに生活をしている。

 不思議な力も使えるが、悪用しているところを見たとこがない。

 自分たちのことを悪魔と自称しているが、オレは親切にされたことしかない。

 たしか、以前、人間たちに悪魔と呼ばれたから、自分たちでもそう自称するようになったと言っていた。


「なんで、悪魔って呼ばれるようになったんですか?」

「……そうですね。いい機会かもしれません」


 聞いてみたら、バエルは、まだちょっと気まずそうにしていたが、教えてくれる気になったようだ。


「では、今日はケイさんに悪魔についての特別授業です」


 バエルはすぐに気を取り直して話を始める。

 教師を気取るのが面白かったのか、ちょっと楽しげだ。


「では、まずケイさんに質問です。悪魔と人間の一番の違いは何だと思いますか?」

「身体能力とか知能とか、不思議な力が使えるとかですか?」

「うーん惜しいですね。人間は群れや社会を作らなければ生きていけませんが、悪魔は群れや社会を作る必要はありません。それが一番の違いです」


 何が惜しいのか分からない。全然違う気がする。


「悪魔は一人でも生きて行けるのです。そういう風に作られています」

「つまり、身体能力や知能が高いから群れや社会を作る必要がないと?」


 正解だったらしい。バエルは「人間は弱っちいですからね」と言って、なおも続ける。


「社会にはルールが必要です。人間はすぐにルールを破りますが、それはとにかくルールがなければ社会が維持していけないのは事実です」


 それはその通りだろう。


「その一方で、悪魔にはルールは必要ありません。一人でも好きに生きることができますから……。悪魔には自分で決めた自分のルールはありますが、全ての悪魔が守らなければならないルールはありませんし、まして人間のルールに従う必要はありません」


 オレは頷いて続きを促す。


「それを人間の宗教や道徳の立場から見たらどうでしょう? ルールに従わない上に、人間とは比べ物にならない能力を持っていて、好き勝手に生きている連中は、悪魔に見えないでしょうか?」


 なるほど、あの食べ物にうるさい悪魔や、インラン悪魔は、人間のルールなどお構いなしなのだろう。悪魔と呼ばれるのも納得だ。

 あのマモンという商売好きの悪魔もそうなのだろうか。確かバエルは、マモンは人間が決めたルールや制約の下で、いかに稼げるか試すのが楽しいらしいと言っていた。一見、人間のルールに従っているように見える。しかし彼からすればただのゲームを楽しんでいるだけ、ゲームを楽しむためにゲームのルールに従っているだけなのだろう。彼は、人間に害を及ぼさないものの、悪魔として生きている。そういうことだろうか。


 しかし、彼女たちはどうなのだろう。穏やかだし、協調性もある。人間社会のルールに従って生きていくこともできるのではないだろうか。

 そう思って聞いてみた。


「人間は勝手ですからね。自分勝手な都合で人の力を利用しようとするんです。しかも自分勝手な人間ほど自分のことを正しいと思っていますからね。魔王さまと一緒に痛い目を見せたことはあります」

「要は、自分勝手なヤツを懲らしめたら、悪魔と呼ばれるようになったと」

「はい、だいたいそんな感じですね。まあ私は自分のことを善良だとも思っていないですし、変な人間に関わるのもイヤですから。悪魔と呼ばれるのは割と気に入っているんです」


 人間からすれば自分たちのルールに従わないのも、自分たちの思い通りに動かないのも、どちらも等しく「正しくない」のだろう。なるほど、彼女が「正しい」と言う単語に嫌悪感を持つのも納得だ。

 しかし、むしろ彼女たちは人間の被害者のように思える。「お気の毒に」とも思ったが、彼女たちはこの生活を気に入っているようだし、下手な同情などいらないだろう。


 それにしても、彼女が人間について知りたがっているのはなぜなのか。

 人間に対して必ずしもいい感情を持っているわけではなさそうだし、人間と関わらなくても生きて行けるはずだ。知恵の悪魔のさがなのだろうか。


「別に人間が嫌いなわけではないですよ? 私が嫌いなのは話を聞かない人間です」


 興味本位で聞いてみたら、そう返された。まあそんな奴はオレも嫌いだ。


「でもそうですね……。私の研究テーマは人間が抱える、とある難題を解決する事なのです。使命と言ってもいいかもしれません」

「使命ですか?」

「はい。……まあ、それはもういいじゃありませんか」

 この知恵の悪魔が解けない難題とは何だろう。気になって聞いてみたら、はぐらかされてしまった。はぐらかされると余計気になってしまうのだが、バエルは聞かれたくないのか、意外なことをお願いしてきた。


「それよりも、ケイさん。私にあなたの開発したあの技術を教えてくれませんか?」


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