第13話 魔王と悪魔はイライラする
夜。
喫茶店の二階の悪魔の部屋。
ゆったりとした椅子に、魔王と悪魔が背を預けている。
最近は寒くなってきたので、バルコニーではなく部屋の中でくつろぐことにしている。
先ほどまで二羽の使い魔のカラスも部屋の中にいたが、ちょうどねぐらに帰っていったところだ。
いつもと同じく、魔王の猫を悪魔の娘が抱っこしているが、今日は二人ともイライラしている。昼間、色欲の悪魔に自分たちの客が食われたのだ。一応は解決したのだが、まだ二人とも割り切れないものを抱えている。
猫の魔王は、不機嫌そうにしっぽを大きく揺らしている。
魔王は、もともとあのインラン悪魔のことが好きではなかった。
だいたい接し方がなっていない。猫の姿の魔王を見つけると、無遠慮に近づいてくるし、触り方も優しくない。一度捕まると離してくれないし、怒ると「怒ったところもかわいいですね~」とか馬鹿にしてくる。思い出すだけでイライラしてきた。
きちんと扱ってくれればこちらもちゃんと返してあげるのに、それが全然分からないようだ。
魔王は悪魔なので魅了は効かない。昔、あのインラン悪魔は、「魅了が効かない相手だと、どう接していいか分からない」と言っていた。悪魔だから頭は悪くないはずなのだが、改善しようとは思わないようだ。
あのインラン悪魔と違って、ケイは最初からわきまえていた。こちらがイヤなときはしつこくしないし、触り方も丁寧だ。気に入ったから、毎日自分のにおいをつけていたのに、それを知りながら、あのインラン悪魔は横取りしようとしてきた。ケイがあのインラン悪魔の匂いをべったりつけて帰ってきたときは、本当に悲しくなって思わず逃げだしてしまった。
仕返しに行こうとも思ったが、そもそもあんなヤツとは顔を合わせたくなかったので、お仕置きはエルちゃんにお任せした。あとで、エルちゃんが「もしかすると魔王さま目当てでケイさんに手を出したのかもしれないです」と推測していたが、その通りだと思う。行かなくて正解だった。
もう、「好きではない」から、「嫌い」になった。
ケイが謝りに来たので、ちょっとお仕置きをしたが、ちゃんと手加減はしているから問題ない。それからこちらが満足するまで撫でさせた。
***
「何とかとかならなかったのか」
娘の悪魔は、そう思っている。
彼女は自分の感情を持て余していた。
あの色欲の悪魔が、この地獄に帰ってきて早々娘の客に手を付けたのだ。
色欲の悪魔の魅了に抗うことができる人間はいないし、ケイも迂闊だったと謝ってくれた。しかしそれでも、何とかならなかったのかと思ってしまう。
だいたいあの男はずっと自分が目をつけていたのだ。
死んでしまったところを生き返らせて、彼の心が癒えるように毎日心を砕いている。
それにまだ、ここに招いた目的も果たしていない。それなのに、あのインラン悪魔に台無しにされるところだった。あのインラン悪魔に干からびるまで搾り取られたら、人間は死ぬ。
死んだらまた再生することは出来るが、悪魔に弄ばれた分だけ、また心に傷を負うかもしれない。それに万一、再生した後も魅了が解けず、あの女を求め続けたらと思うと自分でもどうなってしまうのか分からない。
今、自分とケイが一緒にいるのは、ただ単にそういう契約を交わしたからだ。
そのはずだった。
しかし、一方で「あの男は私のものだ」とも思っている。
そう思っていることに、今日、気が付いた。
気が付いたのは、ケイの淹れてくれたコーヒーを「ゲロマズ」と言ってしまった時だ。別に不味かったわけではない。ただ味がしなかった。そして、味がしない理由を考えているうちに気が付いたのだ。自分でも驚いたが、こんな感情を持つことになるなんて面白いとも思った。
レトちゃんには、『なー(エルちゃんもマーキングすればいいのに)』と勧められたが、そんなのは恥ずかしい。あれは猫のレトちゃんだから問題なく済んでいるのだ。
それでもどうにかしてやりたい。
そう考えていたからだろう。
「いっそ、首輪でもつけようか」
ふいに、そんな言葉が口をついて出てきた。何度か反芻してみたが、悪くない考えに思える。
よし、明日になったらさっそく作ろう。
どんなデザインにしようか。
プレゼントしたらあの男はどんな顔を見せてくれるだろうか。
そんなことを想像してみると、少しは気が晴れたような気がした。
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