第11話 魔王さまは戯れる
うちの魔王さまは猫である。大変かわいらしい。
その上、とても強いのだと言う。どのくらい強いのかは分からないが、何回もバエルのことを守ってくれたことがあると聞いた。オレも少し前に、魔王さまのジャンプを目撃したことがあるが、一度のジャンプで地面から二階の屋根まで上っていた。二階の屋根までは少なくとも七メートルくらいはあるが、ジャンプのために身構えることも助走することもなく、軽々と飛び乗っていたから、まだまだ余裕があるのだろう。
その「魔王さま」という呼び名だが、とても強いから「魔王さま」と呼ばれているのかと勝手に思っていた。しかし、実は他にも理由があるそうだ。
外国に「魔王を怒らせた王様」というおとぎ話があるが、その話に登場する王様の首をはねた魔王はうちの魔王さまなのだという。王様の首をはねて以来、魔王さまと呼ばれているとか……。
バエルが自慢げに語っていたから、たぶん本当のことだろう。
***
そして、その魔王さまは、先ほどからテーブルの上に座って、天井の隅のほうを凝視している。魔王さまは悪魔だし、本当に何かが見えているのかもしれない。
ちなみに、うちの魔王さまがテーブルに乗っても、バエルは注意しない。魔王さまは賢いので、悪戯しないし、そもそも偉いのだから問題ないそうだ。
オレも魔王さまにつられて天井の隅を見てみると、果たしてそこには何かがいた。陰が煙のようにもやもやと揺らめいている。
何だろうと目を凝らしているうちに、その煙がふよふよと集まって、丸い形になった。色は黒く大きさはこぶしほどだ。
そのもやもやした黒い球体がふよふよと下に降りてきた。
魔王さまにも見えているらしく、すでに臨戦態勢になっている。いつでも飛び掛かれるようにおしりの位置を調整しながら、視線は謎の球体に釘付けだ。おしりをふりふりと動かしているのがまたかわいらしい。
……それで、あれは何なのだろうか?
幽霊の類だったらどうしよう。
そう思ってバエルのほうを見ると、彼女はオレのほうを見てニマニマ笑っていた。オレが驚いているのが面白かったらしい。そして、「あの子も私の使い魔ですよ」と教えてくれた。幽霊じゃなかった。よかった。
あの黒い球体は、テっちゃんというバエルの使い魔なのだそうだ。テっちゃんは、いま見えている一体だけではなく、数百体いて、普段は建物の周囲と内側の警戒をしてくれているそうだ。オレが気付かなかっただけで、これまでもずっとあたりの警備をしていたという。
警備の他にも、パトロールのついでに、建物の中の埃や塵を食べてきれいにしてくれているという。前に言っていた掃除の手伝いをしてくれる使い魔を言うのは、テっちゃんのことだったのか。
そのテっちゃんは、今は魔王さまの遊び相手をしている。
魔王さまがケガをしたり、モノを壊したりしないように、広いスペースを選んで遊んでいる。それに鳥や虫の姿や動きのマネもできるようだ。芸の細かいことに、絨毯の端で虫のような形をした影を動かして、魔王さまを挑発している。
「ケイさん」
観戦の途中、声をかけられたのでバエルのほうを見ると、バエルの肩のあたりにテっちゃんが浮かんでいた。魔王さまと遊んでいるのとは別の個体だ。
その個体は、今はバエルの手のひらの上で弾むように上下に動いている。バエルが「よろしくって言っていますね」と教えてくれた。「ケイです。テっちゃん、よろしくね」と言うと、その場でまた何度か弾むように動いてから、ふよふよと暗がりに消えて行った。
バエルはそれを見送りながら、「あのもやもやのふよふよがかわいいんです」と言っていた。
「それにしても見分けがつかないです」
さっき挨拶した個体と、いま魔王さまの相手をしている個体の見分けがつかない。それに、テっちゃんは数百体いるというが、すべての個体に挨拶しなければならないのだろうか? 正直見分けられないので、バエルに見分け方を聞いてみた。
「ああ、テっちゃんは全ての個体で記憶を共有しているので、一体に挨拶しておけば大丈夫ですよ」
一体に挨拶しておけば他にも伝わるらしい。よかった。
魔王さまと戯れていたテっちゃんは、魔王さまと、さらに一○分ほど白熱した戦いを続けていたが、最終的には魔王さまに仕留められた。捕まったときは、じたばたともがくように動いていたが、やがて動かなくなった。煙にしか見えないが、実体があるようだ。そして、魔王さまが口を開けて解放するとそのまま動かなかったが、しばらくして床に吸い込まれるように消えて行った。
まさか死んでしまった?
バエルに聞くと、ちゃんと生きているらしい。死んだふりまでできるなんて、本当に芸が細かい。
***
「にゃあ」
テっちゃんと遊んで満足したのか、魔王さまはテーブルにお行儀よく座っておやつを催促しだした。
実は、魔王さまも人間が製造している猫用のおやつが好きだ。特に細いパウチに詰まった液体状のおやつには目がない。魔王さまはそれをパウチから直接舐めるのではなく、スプーンにのせてもらって、ひとくちひとくち優雅に舐めとっている。
魔王さまは、おやつを舐め終わると、満足そうに「にゃーん」と鳴いて、バエルのほうに顔を寄せる。バエルも魔王さまに顔を寄せると、お互いの鼻を軽くくっつけた。いわゆる鼻キスと言うやつだ。
微笑ましいなあと思いながら見ていたら、バエルに「ケイさんにもしてくれるそうですよ」と言われた。
え、いいの?
恐る恐る魔王さまに鼻を近づけると、いきなり鼻の頭に頭突きを食らった。
……痛い。魔王さまは力が強いのだ。いきなり頭突きなんて、緩んだ顔が気持ち悪かったのだろうか……。そんな風にオレがショックを受けていると、魔王さまは、そのままオレの頬にぐりぐりと頭を摺りつけてきた。バエルはクスクス笑いながら「ふふ、きっと急に照れくさくなっちゃたんですね」と言っていた。鼻の頭は痛かったが、オレはにやけてしまった。これはこれでいいものだ。
「そういえば魔王さまって名前はあるんですか? 実名じゃないですよね?」
「え? ああ、はい。ありますよ」
「ほうほう。なんていうんです?」
「うーん、まだ秘密です。でも、そのうち本人が教えてくれると思いますよ」
バエルは楽しそうにそんなことを言う。
「魔王さまが教えてくれるんですか? どうやって?」
「それもその時のお楽しみです。でも仲良くないと教えてくれないですよ」
ううむ。やはり、自然に鼻キスをしてもらえるくらいには仲良くならなければいけのか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます