第6話 魔王と悪魔は語らう
新しい契約者を向かい入れた夜。
涼しい夜風が吹いている。
喫茶店二階のバルコニーでは、娘と猫が、ゆったりした大きめの椅子にうずもれている。
といっても、椅子は一つしかないので、猫は娘に抱っこされている格好だ。
少女は娘のお腹の上にちょうどよく収まっており、娘の手で背中を撫でられている。
二人とも目を閉じていたが、やがて、ゆっくりと目を開けた。
娘が、「ふーちゃん、むーちゃん、もういいですよ。ありがとうございます」と言うと、羽音がして、二羽の大きなカラスが、どこかへ飛び立っていった。夜も遅いし、これからねぐらへ向かうのだろう。
ワタリガラスという大型のカラスのように見えるが、彼らは娘の使い魔だ。朝に飛び立って、世界中から情報をかき集める。夜になると帰ってきて、彼女たちにかき集めた情報を報告するのが日課だ。
『にゃー(また嫌なことが起きるのかな?)』
「そうですね。なぜか穀物の値段が上がっていますし、何か企んでいるヤツがいるのかもしれないですね。ちょっと調べてみましょう」
猫の発する声は、「にゃー」とか「なー」としか聞こえないが、娘には、猫の言っていることが分かるようだ。
『なーなー(私は、こうしてエルちゃんに抱っこされるのも好きだよ)』
猫は、娘が昼間、膝が狭くて乗ってくれないと言ったことを気にしているのだ。
「レトちゃんは優しいですね。わたしもこうしてレトちゃんを抱っこするのが好きですよ」
悪魔はそう言って、猫の
二人は姉妹のように仲がいい。
猫の名はベレトといい。娘の名はバエルという。名前の後ろ半分を取って呼び合っている。バエルは、他に誰かいる時は、「魔王さま」と呼び、二人の時は「レトちゃん」と呼んでいる。
『にゃ(あの人笑わなかったね)』
「まだ、心が傷ついているみたいです。ちゃんとした治療が必要かもしれないですね」
『にー(でも、もう死にたいとは思っていないみたい)』
「そうですね。一安心です」
『にっ(でもときどき素が出ていて面白かった)』
「ふふっ、ちょっと荒っぽいのが素の性格なんでしょうね。取り繕っているのも面白いですけど、素も面白そうですね」
人間をここに招待するのは、人間たちの感覚で言えば拉致だし、こちらが言うことは普通信じてもらえない。
だから実は、人間を招待しても、契約に至ったことはなかった。これまで招待した人間は全員、こちらの話を信じなかったし、話しの途中で怒り出したので帰ってもらった。そんなことが何度か続いたので、人間を招待して話を聞くのはあきらめていた。
ただ、ここには招待しないが、たまに正体を隠して、人間の話を聞きに行くことはある。それに普段の人間たちの情報収集は、使い魔のふーちゃんとむーちゃんにお願いしている。
今回は、そこを曲げて、男を招待した。
あの男には居場所を奪われていたし、是非とも直接聞いてみたいことがあるのだ。
きちんと話を聞いてもらえるか不安だったが、ふたを開けてみれば、男はあっさりこちらの言うことを信じたし、話もきちんと聞いてくれた。いや、信じることにしたと言うのが正しいのかもしれない……。それでも今までの人間とは違った反応だったので面白いと思った。
人間は訳の分からない状況になるとイライラしたり怒鳴ったりするものだが、あの男はそうではなかった。冷静だったし、たまにユーモアも交えていた。もしかすると天然なのかもしれない。「これからどんな罰を受けるのか」とか「悪魔の証明」とか言われた時には思わず笑ってしまった。
男は居場所をなくしていたし、心も体も傷ついていたので、契約に至らなくても居場所を与えて治療してやろうとは思っていた。それくらい、どういうことはない。
しかし、幸い契約もできた。気が合いそうだとも感じている。
『にゃー(エルちゃん楽しそう)』
「そうですね。明日から楽しみです」
そんな会話をしながら、二人はしばらく椅子にうずもれていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます