第4話 悪魔は説明する

「そうですね。なにから説明するのがいいか……」


 ひとしきり笑って満足したのか、女はきちんと説明してくれる気になったようだ。


 女の説明を要約するとこうだ。

 まず、彼女とこの猫は悪魔なのだという。人間とは別種の生物で、以前は別の呼び方があったが、人間が彼女たちのことを「悪魔」と呼ぶようになったため、それを自分たちの呼称にしたのだそうだ。そして、それにあわせて、自分たちの住処も地獄と呼ぶようにしたらしい。

 そういえば地図アプリも使えなかったが、ここはどのあたりなのだろう。尋ねてみると、「申し訳ありません。場所は教えられないんです。ただ、ここには許可がなければ外からは入ってこられませんし、ここから出て行くこともできません」と返答された。

 とりあえず、外からは隔離された場所であるらしい。


 外見は普通の人間と猫にしか見えないが、彼女たちはとても強いのだという。滅多なことではケガも病気もしない。肉体は衰えず、簡単に死ぬことはない。知能も体力も筋力も人間とは比較にならないレベルなのだそうだ。

 オレを地獄の門の底から拾い上げて移動させたり、死んだ状態から再生させたりしたのだから、人知を超える力を持っているのは確かなのだろう。若い見た目をしているが、外見通りの年齢ではないそうで、少なくとも人間が歴史を記録する前から生きているという。


「見た目は普通の人間と猫なのにな」

「外見は自由に変えられますよ。やってみましょうか?」


 女は楽しそうにからかってくる。

 角も牙も翼も触手も自由自在らしい。オレは別にからかわれるのは嫌いではないが、まだ一緒になって笑う気にはなれない。変なものを見せられて精神を削られるのも遠慮したいので、「今のままがいい」と言っておいた。


 悪魔たちの能力は人間をはるかに超えているので、過去には、神として祀られたこともあるらしい。だが、悪魔たちは基本的に好き勝手生きているわけで、人間を守ったりはしない。人間たちを観察して、たまに人間たちにちょっかいを出して楽しんでいるので、悪魔という呼称はむしろしっくりくるそうだ。

「地獄一丁目」とか「Hell」とか「ディアボラ・ブレンド」といった露骨なネーミングも、悪魔をロールプレイするための舞台セットと小道具なのだという。

 オレを生き返らせた後、わざわざ地図の前に立たせて意識を取り戻させたのも、地獄に客を迎えるための演出だったというわけだ。


 それにしても、舞台セットや小道具を用意するもの、死んだ人間を再生させるのも、それなりに手間がかかると思うのだが……。

 聞いてみるとロールプレイが楽しいので苦にならないという。

 実際、この女は最初から楽しそうだ。


「自殺したときはさすがにびっくりしましたが、おかげで面白い演出ができました。普通に悪魔とか地獄とか説明しても信じてくれないんですよねー」

 いや、いまだに信じてはいない。確かに、ここまでの話で、今の状況を矛盾なく説明できるのも確かだが、内容がぶっ飛んでいる。


 いきなり信じろというのは無理だ。

「うーん。信じられないですかー。じゃあとりあえず刺激の少ない方法で」


 女はそう言って、自らの頭にヤギのような角をはやして見せてくれた。

「猫耳も行けますよ」とヤギ角を猫耳に変えていたが、これで信じていいのか分からない。


 オレが悩んで知ると、女はおもむろにパチンと指を鳴らした。

 すると急に周囲の景色が変わった。

 ここには覚えがある。ここは数日前に居た地獄の門の真ん前だ。クレーターから熱気も伝わってくるし、荒野を吹き抜ける風も感じられる。

 テーブルごと移動したようで、女もオレも椅子に座ったままだし、猫も変わらず寝息を立てている。


「どうですか?」

「……」

 どうですかと言われても何も言えない。驚いたのは確かだが、現実離れした現象に理解が追い付かない。

 オレが驚いていると、女はもう一度指をパチンと鳴らす。今度は元の喫茶店に戻っていた。


「うーん……」

「あとは、もう一度死んでから再生してみるとか……。それがイヤなら指一本ちょん切って、もう一度はやしてみます?」


 オレが唸っていると、女は物騒なことを言い出した。本気ではなさそうだが、楽しそうだ。

 今、オレが気にしているのは、この女の能力が本物なのか、それとも何か仕掛けがあるのかと言う点だ。「悪魔」も「地獄」も自称であることを彼女は認めている。だから正体はどうでもいい。現時点でオレが正体を見破る術はないからだ。

 といって、オレはマジックのトリックに明るいわけでもないし、どうすれば、目の前の出来事が、トリックではないと見分けられるのか見当もつかない。

 そもそも、「ない」ことの証明は難しいのだ。いくら徹底的に調べて、「ない」と結論付けても、その調査方法が本当に問題なかったのか分からない。調査が十分でなかったために、本当は「ある」のに「ない」と結論付けているかもしれないのだ。

 そういえば、こういうのを「悪魔の証明」っていうのだったっけ。

 オレが現実逃避気味にそんなくだらないことを考えているとトドメの言葉が投げかけられた。


「でも、信じてもらうほかないと思いますよ? 私って、実は現実と区別のつかない夢を見せることもできちゃいますから。人間が開発しているバーチャルリアリティのすごいバージョンです」


 女は生やしたままの猫耳をぴこぴこと動かしながら言う。


「悪魔の証明……」

「…………。ぷっ。ああ、確かにそうですね。まさしく悪魔の証明です。ふふふ」


 先ほど考えていたことが思わず口から漏れ出たが、女はそれを聞くと面白そうに笑っていた。

 目の前の出来事がトリックかどうかも分からないのに、仮想現実でもまったく同じことができるとなると、もうお手上げだ。

 目の前の不思議な現象は悪魔の力で、ここは地獄だ。そして彼女たちは悪魔なのだ。

 もうそれでいい。

 あきらめて続きを聞こう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る