冒険者になろう 5

 ムツヤがそう言った後、少し騒がしかったフロントは静まり返る。


 少し考えてモモは理解した、きっとムツヤ殿は自分の家に泊めた時の事を言っているのだと。


 しかし、あまりにも言葉が足りなすぎる。沈黙を破ったのはグネばあさんの笑い声だった。


「ひゃっはっはっは、何だいそういう事かい。それならセミダブルベッドの部屋でいいね?」


「ち、ちが、ムツヤ殿とは」


「良いじゃないか、平等宣言されたんだから恋愛だって自由さ」


 グネばあさんはうんうんと一人で納得してそう言う。


 モモはどこから何を説明すれば良いのかパニックを起こして心臓の鼓動が高鳴りすぎて気絶しそうだ。


 ムツヤは何が起こっているのか全く分からない様でアホ面で取り残されている。


「良いかい、汚すんじゃないよ?」


 ニヤリと笑ってそう言うとグネばあさんはよっこらせと立つ、そしてシワシワの手で握った鍵を台の上にコトリと置いた。


「だ、だから、ムツヤ殿が言っているのはそういう変な意味ではなく私の家に招待した時の」


 しまったとモモは思う、まるで泥にハマった時の様にもがけばもがくほど勘違いは深くなっていくみたいだ。


「モモちゃん、他のお客もいるんだ。わたしゃそういう話は嫌いじゃないが後でゆっくり聞かせてもらうよ」


 気が動転し、一刻も早くあの場を離れたかったモモは結局セミダブルのベッドが1つだけの部屋に入ってしまった。モモは椅子に腰掛けると遠い目をしていた。


「あ、あの、俺なにがまだ変なごど言ったんじゃ」


「いいえ、ムツヤ殿は悪くない、悪くないのです……」


 気持ちを切り替えなくてはいけない、ムツヤの持つ不思議な道具で村長へ連絡を取らなくてはとモモは頭を振る。


「ムツヤ殿、それでは村長と話が出来る道具を貸して頂きたいのですが」


「あぁ、これですね」


 ムツヤが取り出したのは親指の先ぐらいのガラスのように透き通る小さな赤い玉だった。


「これをですね、話したい相手のことを思いながら壁にこう、叩きつけるんです」


 ムツヤはそう言って壁に玉を叩きつけた、破片は綺麗に4つに割れ、叩きつけた所を中心に四方へ壁を走り、赤い長方形が壁に浮かび上がる。


 そして次の瞬間、いきなり窓が現れたように村長を映し出していた。


 モモは驚いて村長を見る、村長も同じ様に驚きこちらを見ていた。


「村長、えーっと、聞こえますか?」


「あぁ、何だこれは」


 会話も出来る。こんなものを見せられたら、触れると光る玉で何とか意思疎通をしようと、苦労して信号の様に1文字ずつ文字を送っている冒険者達が不憫になってしまう。


「村長、ムツヤ殿の道具をお借りしています、それでお話があるのですが」


「それは良いのだが少し待ってくれないか……」


 あっとモモは気付いてしまった。村長の顔の後ろ、この背景はどう見てもおっトイレだった。


「失礼しました…… ムツヤ殿、その、村長は今お取り込み中というかおトイレ中というか」


「あーっ…… ごめんなさい」


「いや、良いのです」


 村長のトイレを覗いてしまい、便利すぎるのも考えものなのかもしれないと思うモモ。


 ムツヤは壁に張り付いた玉の破片の一つを取ると他の破片もパラパラと床に落ちていった。しばらく待ち、もう一度赤い玉を割って村長と話すための準備をする。

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