500円玉の勇気②
なんてこった。私はもう一度お金を投入してみました。
――カラーン。
両替口を通った小銭は、真っ直ぐ出口まで一直線に、私の手元に戻ってきました。
「アー、それ、新しいヤツだね。通らないんだね」
さも今まで知らなかったような声で、運転手さんがのんきに言った時、私の頭は真っ白になりました。よく見たら、なんだか模様と色が違います。
――いや、千円札、持ってないぞ?
慌てて私は耳に付けていたイヤフォンを取り外し、お財布の中に突っ込みました。
「千円札なら両替できるよ」「千円札持ってないんです」
運転手さんの声と、私の切羽詰まった声が出るのは同時でした。困惑気味に運転手さんが「えっと、千円……」と、もう一度言います。
「ご、五千円しかないです」
「えっ」
「えっ」
えっ、て。
もう一回五百円玉を機械に通して、カランと音を聞いて、もう一回私は絶望を味わいました。 何度やっても同じなのに。焦っていると、人って何度も確かめたくなるんですよね。
これが帰りのバスだったら、すぐ近くにあるバス会社さんのもとへ行ってお金を払うことができるのですが、今は学校の前です。もしかして、もう一周? これってまさか無銭乗車? 学生証でも渡して、あとで払います? いやいや、どうしよう。
ほとほと困り果てて、私も運転手さんも、お互いに何の言葉もありませんでした。(こういう時って、どうするのがいいのでしょう。運転手さんは何も言ってくれなかったので、どうしたらいいのか分からなかったのです)。それに、私のせいでバスを止めてしまっている状況が、なんとも、そう、圧がひしひし背中に突き刺さる。乗っている他の方たちの視線が痛い。
どうしよう。
その時、鶴の一声が聞こえてきたのです。
「よお、これ変えてやるで」
鶴と言うより神の声。
「ん?」と、運転手さんが首を傾げ、私は運転手さんの顔を見ました。運転手さんは備え付けの鏡で後ろのほうを見ていて、私もつられて後ろを振り向きました。
優先席に座っていた一人のおじいさん。その背に、後光が射して見えました。
そんなおじいさんが、私に何かを差し出している!
その手にあるのは――五百円玉!! 古い五百円玉!
「ほれ、こーかん」
その時のおじいさんの顔は、マスクでよく見えませんでした。言い方もどこかぶっきらぼうで、本当に私に言っているのかも一瞬分かりませんでしたが、その目は私の方をしっかり見ていました。
何度も「ありがとうございます」と言って、私はおじいさんの手の中にある五百円玉をいただき、変わりに私の新しい五百円玉をお渡ししました。「うん」と、おじいさんは一つ、頷きました。
そして私はその五百円玉を投入口に入れます。
――ががががが、じゃらじゃらじゃら。
なんと良い響きでしょう。絶望がいっきに拭われる音です。二百円を払い、おじいさんにもう一度、いえもう二回ほど頭を下げて、私はバスを降りました。何度頭を下げても感謝を表しきれないと、その時思いました。
ああ、良かった――その時、安堵で胸がいっぱいになりました。
次へ続く
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