第二十五話 『命』の夢

 嘘だ…。そんなの嘘だ…。


まこと………?」


 信が寝ている。昨日と同じ。あの時みた顔と同じ。何も変わらない。


「こんなところで寝てると…、風邪ひいちゃうよ?」


 そう、こんなところで寝てちゃダメ。ちゃんと布団に入って、ゆっくり休まないと。


「ほら、起きて。信、重いんだから、自分で起きないと」


 ワタシは、信の体に手を伸ばし、揺さぶる。信は起きない。


——絶対に、信じない。


 信の頬に触れる。


「………、冷たい」


 信からは、体温が感じられない。昨日は、しっかりと感じたのに…。今は、まるで…。死んでるみたいに冷たい。


「本当に、死んじゃったんだね…」


 信じたくないけど…、それが真実。キュアーの言ったこと、そして、今の信の状態…。信じるしかない。


「嫌だ……」


 ——嫌だ…。


「嫌だ…!」


 ——嫌だ…!


「なんで…?」


 ——どうして…?


 なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?…


「嫌だ!」


 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ…


「ねえ…?次は何がしたい…⁇⁇あなたのためなら…、ワタシ…、ワタシ…。」


 ——あなたが望むことなら、なんだって…。


、できるんだよ⁇」


 ——誰か…。


「誰か信を助けてよぉ…‼」


 誰も来ない。縁葉みどりばさんが、呼んだはずの応援だって…、まだ来ていない。もっと早く来ればいいのに…。そうすれば…、信は助かったかもしれないのに‼


 ——そうだ…!


 ワタシの内側から、何かがあふれてくる。


 ——ワタシが助ければいいんだ…!


「なんで…、気づかなかったんだろう…⁇こんな簡単なこと…。一番、…。信の命を取り戻す方法…!」


 ワタシの中で、溢れていた何かが弾ける。


「今…、助けてあげるからね…♡」


 ワタシは、笑う。それを信じるため。信が助かる…、信を助けられるという結果を実現するため…。ワタシは、笑う。信じるたびに、ワタシの。笑うたびに、。そして、ワタシの中の何かは、


 ふと、自分の腕を見る。いつもの…、いつも見ていた…、見慣れた腕はどこにもない。全くの別人の腕。でも、がそこにはある。その正体は——


「亜人の腕…」


 ワタシは…、【青山あおやま 真守まもり】はもう居ない。もう…、もう決して——


 ——後戻りはできない。


 信の両手を持ち上げ、自分の両手で包み込む。ワタシの手は、信の手よりも大きくなっていた。信の手が、全部隠れるほどに。


「信…。帰ってきて…」


 ワタシは、目を閉じる。そして、想う。彼のことを、信のことを。【黒川くろかわ まこと】のことを。ワタシの…、たった一人の大事な人。


「お願い…!」


 ワタシの頭の中には、あの時交わした約束が浮かぶ。もう、十五年も前のあの時の記憶が——


『——真守まもりはさ、夢とかあるの?』

『夢?』

『うん、夢。俺がなんでも叶えてあげるよ!』

『なんでも…?』

『うん!なんでも‼』

『じゃ、じゃあ…』

『じゃあ?』

『信の…、およめさんにしてほしいな…』

『ええ~⁉まだ無理だよー!』

『なれるようになるまで待つから…、待ってるから』

『忘れちゃわないか、心配だな~』

『ふふっ、約束だよ‼——』


 ワタシは、呟く。


「もう…、なれないね…。『およめさん』…」


 両手に、さらに力を込める。


「それでも…、ワタシには、信だけだから…。あなたのことしか、見えないから…」


 握る手に、ぬくもりが灯る。あたたかい…、いつもの、彼のぬくもりが…。


「信…、起きて…」

「………、ん…」


 信の手に、力が入る。そして、だんだんと、その両目を開く。


「んぁ……?俺は……、いったい…⁇」

「おはよう。よく眠れた?」


 信は、ワタシの顔へと、ゆっくり視線を向ける。


「………。真守……?」

「うん…。そうだよ。でも、違うの」

「ごめんな」

「ううん、信は悪くないの。ワタシは、いつも通りのことをしただけ。信のためになると思ったことをやっただけ」

「そうか…」


 そう…、いつも通り。何も変わらない。


「……、信。はじめまして」

「は……?」


 信は、よくわかっていないというような顔をする。


「ワタシは…、【青山あおやま 真守まもり】はもう居ないの。今の私は——」


 ワタシは、名乗る。


「ワタシの名前は【メシア】。【命】の要素を持った亜人だよ。よろしくね」

「………亜人」


 信は、立ち上がる。


「メシア…、いや…、『真守』」


 信は、ゆっくりとこちらへ向くと、口を開く。


「聞いてくれるか?

「…!」


 信は、笑う。とても、優しそうに笑う。


「俺も…、真守と同じ気持ちだ。今までも、そして、これからも。だから、これからもよろしくな」


 ワタシは、視線を逸らす。


「でも…、ワタシは…、もう…。…」

「関係ないだろ?」

「‼」


 信は、さっきよりも大きく笑う。


「真守は、真守だろ?確かに、ここに居る。、俺よりも大きくなっただけだ」

「少しって…、ワタシ…、多分3メートルくらいはある…」

「そうかもな。でも、真守は真守だ。それに…」

「それ…に…?」


 信は、はっきりと口に出す。


「⁉それって……!」

「ああ、約束した。『およめさんにする』ってな」

「……、てっきり……、もう忘れてるかと…」

「忘れるわけないだろ?」


 ワタシの瞳からは、自然と涙があふれる。脚からは力が抜けて、その場にひざまずく。


「『なんでも叶える』って、言ったからな」

「う…うわああああああああん‼」


 信は、ワタシを抱きしめてくれる。


「おまたせ…。そして…、『おかえり』。真守」

「うぅ…、うん…。『ただいま』…!」


 信は、そのまま優しく声を出す。


「真守…、俺…、決めたよ」

「……、何を…?」

「『共存』…。亜人と人間の『共存』。それを実現する」

「そんなこと…、できるのかな…?」

「できるさ。もちろん、悪い奴らは許さないけどな」

「ふふっ、何それ?」


 信は腕の力を抜き、ワタシから離れる。そして後ろへと振り返り、空を見上げ、声を出す。


「今は無理かもしれない…。でも、いつかは実現できるはずだ。現に俺は、。真守…、それとキュアーだ」


 信は、続ける。


「俺にも出来たんだ。だったら、この世界に生きる他のみんなにも出来るはず…。俺は信じてる。いや…、そう信じたい」


 そう語る信は、どんな顔をしているかはわからなかった。でも、その声はとても明るく、そして、とても寂しそうだった。彼が何を思い、何をやろうとしているのかはわからない。でも、一つだけわかることがある。


 彼は…、信は、絶対にあきらめない。何度倒れても、必ず立ち上がって、戦う。何度も。何度も、何度も。負けることや、くじけることがあっても、必ず立ち上がる。


 ——頑張ってね。ワタシも、応援するから。

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