第十話 回診

 昔話に花を咲かせていると、また新たに、誰かが部屋に入ってくる。


「ちわ~、回診かいしんで~す」

「ああ、ご苦労さ——」

 

 入ってきたのは、一人の亜人。


「⁉なんだお前⁉」

「『なんだ』ってひどいなあ~、じゃあないですかあ」

「仲間……?」


 そういえば、この亜人…服を着ている。見たところD.M.Sの制服のようだ。なんだって、こんなところに亜人が居るんだ?


「何しにここへ?」

「何って…、患者をて回るのが、医師の仕事だよ。もっとも、普段からやってるわけじゃあないんだけどね」

「医師…、だと…⁇」

「そうですよ~、こう見えて、D.M.S所属の立派な医療部の人間ですよ~?」


 ——D.M.S…、人間だけでなく、亜人も居ると聞いてはいたが、本当だったとはな。


「それで、回診…だったか?何をするんだ?見ての通り、ただの怪我人なんだが」

「それは知ってる」

「なら、何を診るんだ」

「いや、診るというより…、んだよ」

「治す…?」

「そう、治しに来たんだよ。まあ、本来なら、キミのような見習いのところには来ないけどね」


 そりゃあそうだ。俺は、見習いだ。それに、特に戦果を挙げているわけでも、特に重要な役職というわけではない。


「なら、どうしてここへ?」

「そこが不思議なんだよね~。上も何を考えているんだか」

「上…?」

「そう、上からの命令でやってきた。普段からも、上から指定された人物を治すのが、ボクの仕事だよ」

「なるほど」


 そこまで説明したところで、亜人は何か忘れていたことを思い出した、というようにハッとする。


「名乗るのが遅れたね、ボクは【キュアー】。【温泉】の要素を持った亜人で~す。主な能力は、お察しの通り、傷を治すこと」

「傷を治す能力…、攻撃的な能力じゃない亜人も居るんだな」

「まあ、癒すのが温泉だからね~。でも、温泉だから。いつだって、誰かを癒すだけ」


 亜人にも、いろいろなタイプが居るんだな。今まで、亜人を倒すことばかり考えていて、そんなところまで気が向かなかったな。そういえば、黄瀬きのせさんも攻撃に使う能力ではないな。もっとも、あの人は攻撃に使っているが。


 今思うと、前に説明を受けたな…。俺たちのような【チョーカー使い】が変身する姿は、亜人をイメージしたもの、能力も個人個人によって、基本的には違う。なら、俺たちと同じように、亜人たちにも能力に種類があるということか。


 亜人に治してもらうのは癪だが、今は選り好みしている場合じゃあないか。とりあえずは、仲間のようだからな。


「じゃあ、治しますね~。あ、どんな傷だろうと、生きている限りは治せるから安心して。と言っても、物理的な傷や病気だけで、心の傷なんかは無理だけど」


 そんなことを言いながら、キュアーは俺に向かって腕を突き出す。


「何を——」


 俺が、何をしているのか聞こうと声を出した瞬間、ソイツは腕から液体を噴射し、俺にぶちまけてきた。


「あっっつ‼」

「大丈夫、火傷したりするほどじゃあないから」

「……びしょ濡れじゃあないか」

「しょうがないじゃない、これしかできないんだから。でも、効果は期待していいよ」


 ——最悪だ。亜人なんかに期待した俺が馬鹿だったよ。


 と、思っていると、体に違和感を感じた。


「……⁉これは⁉」


 ——さっきまでの体の痛みが……⁉


「あはは~、どう?ボクの温泉の効能は」

「予想以上だな」

「お気に召したようで、なによりだ」


 傷が治ったことを確認すると、キュアーは立ち上がる。


「それじゃあ、用事も済んだし帰るよ。回復した後の経過観察も必要なしでいいから。明日から、43班は活動再開だ」


 彼は、そのまま扉のほうへ向かう。だが、扉を開いたあと、何かを思い出したかのように、こちらへ振り向く。


「あっ、そうそう」


 そして、俺のほう、というより、その後ろの真守まもりに向かって話し出す。


「また会おうね、


 それだけを言い、彼は部屋を出ていく。


「真守…、知ってるのか?」

「いや……、知らないよ」

「そうだよな」


 そう否定した真守は、どこか不満そうだった。まるで、何か隠しているものを見つかった時のような、そんな感じだ。何か、胸騒ぎがする。思い過ごしだといいんだが…。





 しばらくすると、の黄瀬さんが戻ってくる。


「……あの野郎…、ただじゃあおかねえ」

「黄瀬さんもやられましたか」

「ああ…、こんなところでとは思わなかったぞ…」

「全くです」


 突然、腕に巻いているデバイスから音が鳴る。どうやら、誰かからの着信のようだ。俺は、応答する。


「はい、黒川くろかわです」

『あ~、すっかり元気そうだねえ~』

「どうしたんです?わざわざ俺に連絡なんて」

『いや~、黄瀬クンは多分デバイスを巻いていないと思うし、青山チャンは何だか怖いからね~。仕方なく、キミに連絡したんだよ』

「そうですか」


 まあ、基本的には班長のほうに連絡は行くはずだからな。それはどうでもいい。しかし気になるのは…。


「それで…、何かあったんですか?」

『そう!キミたちにぜひ行ってほしいところがあってね。ま、任務だよ』

「何の任務なんです?」

『亜人退治さ』

「‼」


 亜人退治…、つまり、亜人と戦うということか。いいタイミングだ。俺にもようやく、運が回ってきたような気がする。


「わかりました。すぐに向かいます。それで、場所と亜人の情報を教えてください」

『えらくガッつくねえ。まあいいよ、場所はここから少し離れた工場だ。もっとも、もう廃工場になっているけどね。あっ、亜人については何もわからないよ。以上!』

「了解!」


 通信を切る。


「行きましょう!」

「ああ!」

「あっ、わ、ワタシも…!」


 ——少し早いが…、復帰戦だ!





「確か、ここのはずなんだが…」

「どこかに隠れているのかもしれませんね」

「情報がないんじゃあ、ワタシはどうしたらいいのかな…」


 そんな時、聞き慣れた声がする。


「それを考えるのが、私たちの役目だ」

「あっ、すっかり良くなったんですね!なんだか、安心しました」


 縁葉みどりばさんと、赤根あかねだ。彼女らも、連絡を受けていたのだろう。


美音みのん、居たか?」

「いや…、まだ見つかってない」


 そんな時、赤根が嬉しそうに声を出す。


「あっ!僕、さっき見つけましたよ!」

「本当か⁉なぜ早く言わない!」

「だって…、全員そろってからじゃあないとダメかなって」

「ま、まあ赤根はまだ入ったばかりだからしょうがないか…。それはそうと、どこに居た?」

「こっちです」





 赤根のあとについていくと、何者かの声が聴こえてくる。


 ——これは…、泣き声…?


「あれです…、さっき見逃したのは、みんなが揃っていないのと、あいつがからです」

「なるほどな…」


 その声の方向を見ると、確かに亜人が居る。体こそ大きいが、うずくまって、すすり泣いている亜人が。


「うう…う…、なんでなのぉ…、こわいよぉ…、助けてよぉ…」

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