第九話 胸の内

「あっ!機動きどうさんに呼ばれてるんでした!それじゃあ、行ってきます」

されないように気をつけろよ~?」

「はーい!」


 赤根あかねが元気よく飛び出していき、それを黄瀬きのせさんがからかう。これからは、こんなやり取りを何回も見ることになるんだろうな。


「それなら、私も行こう」


 縁葉みどりばさんも、その後についていく。多分、何か報告か何かがあるのだろう。大変だな。それに比べて、俺はのんきに寝ているだけだなんて…。


「あー!また、自分のこと責めてるでしょ!」

「む…、しょうがないだろ」


 真守まもりがそんなことを言い、黄瀬さんが続く。


「そうだぞ、さっきも言ったが、硬すぎなんだよ。もう少し、楽観的になったほうがいいぞ」

「黄瀬さんが、楽観的過ぎるんですよ」

「そうか?青山だって、結構楽観的じゃあないか?」


 真守が反論する。


「うぇぇ⁉そ、そんなことないですよ‼変なこと言わないでくださいよ」

「ごめんごめん。なら、少し抜けているところが多いのか」

「確かに、真守は抜けてると思うぞ」

「ま、まことまで何言ってるの~!」


 確かに、真守は抜けているところが多いと思う。でも、それはただ注意力が散漫だとか、何も考えていない、というわけではない。


「お前は、少し俺のことを気にしすぎなんだよ。そのせいで、自分のことがおろそかになっている。俺も、いつまでも子供ってわけじゃあない。真守には、真守の生き方があるんだからな」


 そう、昔からそうだ。なぜか、真守は俺のことをやたら気にかけてくれる。それ自体はとてもありがたいのだが、彼女自身のことを考えてほしいと、常々思っている。


「…⁉そ、それは…」

「おい、青山はお前のためを思ってだな——」

「わかってますよ!」


 。そんなことは初めから。でも——


「でもそれで、真守自身が傷つくなら別です」

「わ、ワタシは別に傷ついてなんか…」

「昨日、俺をよな」

「……!」

「そのせいで、あのに殺されかけた。そのことを言っているんだ」

「で、でも…!」

「別に、無理に変えろとは言わない。ただ、もう少し自分の命をかえりみてほしい」

「……、わかった」

「頼む」


 なんだか、空気が暗くなってしまった。俺も、真守も、黙ってしまう。


 それを見かねてか、黄瀬さんが声を出す。


「ま、まあ、お互いまだ見習いだしな。それに、長い付き合いなんだろ?そりゃあ、気にしちゃうだろうよ。黒川も、逆の立場なら同じことをしただろう?」

「……、ええ、まあ」

「しかも青山は、黒川のことを——」

「あーーーーーー!」


 黄瀬さんが、何かを言おうとしたところを、真守がさえぎる。


「おっと、これは野暮やぼってものか」

「……?何を言おうとしたんです?」

「信はちょっと黙ってて‼」

「……⁇」


 そんなに言われたくないことなのか?少し気になるが、それよりも、嬉しい気持ちのほうが強い。それは、行動してくれたからだ。


——そう、それでいい。


 言われたくない、聞かれたくない。その程度のことでも、そのために行動した。それは、紛れもなく、自分のためだろう。


 それでも、真守の顔がなぜのかは気になるが。


「そうだ!」


 黄瀬さんが、突然大きな声を出す。


「俺、用事があるんだった~!しまったな…、これは、今すぐに行かなくっちゃあならないなあ~」


 その発言に、俺は疑問を抱く。


「え……、治療中になんの用事があるんです?それに、そんな話聞いてないですよ?」

「だー!とにかく急がないといけないんだよ!あ~!急がないとなあ~!」


 なんだか、さっきからな気がしたが、まあいいだろう。


「お前は…、何か用事はないのか?」

「うん…、それに、信のことも気になるし」

「……そうか」

「うん…」


 思えば、こうやって二人で話す機会も、D.M.Sに入ってからはなかった気がするな。なんだか気まずい。


「昔も、こんなことがあったよね」

「そうだったか?」

「ほら、信がすごい熱出してさ、ワタシがずっと看てたことあったでしょ?」

「ああ…、そんなこともあったなあ」


 あの時のことは、今でも覚えている。なにしろ、俺も死にそうだったからな。それに、あの時の真守の必死そうな顔…、忘れようにも忘れられない。


「思えば…、あの頃から、真守には助けられてばかりの気がするな」

「そんな…、ワタシは何も」

「あの時だって、真守がそばに居てくれたから、頑張れたような気がする」

「……」

「本当に、ありがとう」

「…!」


 真守が、もじもじとうつむく。


「ワタシも…、信には助けられてばかり…」

「俺は、何かした覚えはないが」

「ううん…、そうじゃなくて…」

「…?」

「信が居るだけで…、生きていてくれるだけで…、私は嬉しいの」

「…、それで助かるのか?」

「うん…、なんていうか、理屈じゃあないんだけど…」

「そうか」


 理屈じゃあない…か。俺が生きているだけで、誰かの助けになるなら、それもいいかもな。


「なら、もっと生きていないとな」

「うん…!生きててほしい」

「でも、戦うのはやめられないけどな」

「も~!なんなのよ!」

「……」

「…」


 二人とも黙ってしまう。でも、なんだか悪くない気分だ。俺も、誰かに必要とされている…そんな風に思える。


「ありがとう」

「…!」


 もう、この数分で何度この言葉を言ったのか。それでも、感謝している。


「俺も、真守が居るから生きてこれた…と思う。本当にありがとう」

「うう…、なんだか恥ずかしいなあ…」


 真守は、赤くなってさらに俯く。


 ——久しぶりに、昔の自分に戻れたような気がする。真守は、俺の心のセーフゾーン…なのかもしれないな。


 でも、一つだけたまに気になることがある。


 真守の、俺を見るときの瞳が、なんだか妙に時があることだ。


 まあ、気にするほどのことでもないか。

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