第六話 素直で尊い未来

 ——そろそろかな。


 車が来た。柔楽やわらさんが、迎えに来てくれたみたいだ。


「早いじゃないか、いい心がけだ」

「柔楽さんこそ、時間ぴったり。さすがです」

「行くぞ」


 僕は、車へと乗りこみ、D.M.Sへと向かった。


「それにしても、柔楽さん。隊長なのに、こんなことしてて大丈夫なんですか?」

「命令されてしまったことは仕方ない。それに、実動部隊ということは俺の部下だ、面倒を見るのも俺の務めだからな」

「なんだか、いろいろありがとうございます」

「気にするな」


 そうか、この人は実動部隊、つまり、僕の所属する【D.M.S亜人災害対策実動部隊あじんさいがいたいさくじつどうぶたい】のトップだ。付き合い方は気を付けないといけないな。


「俺は、人間を守るためにD.M.Sに入った」


 突然、彼はそんなことを言った。


「ここ数十年でいきなり現れた亜人なんぞに、人間があっさりやられていいはずがない。だが、待っていても助けが来るわけではないからな。それが、俺の戦う理由だ」

「なんか、立派ですね」

「立派なもんか、ただ、長生きしたいだけだ」


 彼は、少し自虐気味にそう言う。


「でも、それって当たり前のことじゃあありません?」

「そうか?」

「誰しも、自分の命が大事なんです。この世に生まれたからには、幸せになりたい。そういうものだと僕は思います。」


 僕は続ける。


「実際、こういう時って、誰かが助けてくれるものだと思って、ただ待ってしまいがちなんです。だからといって、何もしないのは違いますけどね」

「……」

「だから、柔楽さんは立派ですよ。誰かのために動いてる。それに、自分から動いてる」


 僕は、思ったことを正直に伝えた。それは、本当にことだから。自分に正直に生きるのって、案外難しいから。


「ありがとう」

「はい?」

「そんな風に言われたのは久しぶりだ。なんだか、自信がわいてきた」

「それは、良かった」


 なんだか、彼との距離が少しだけ縮まった気がした。


「お前はどうなんだ?」

「何がですか?」

「入隊を決めた理由だ」

「……、そうですね」


 僕は、さっきみたいに自分の思っていることを正直に口に出す。


「力が…、欲しいんです」

「なぜだ」

「わかりません」

「わからない?すこしくらい何かがあるだろう」

「………」


 実際、今でもなんだか曖昧だ。でも、それは、本当に僕が思っているもので間違いはない。


「強いて言うなら、なんでも自分で決められる力…ですかね」

「何でも…か」

「はい、なんでも」


 そうだ、力があればなんだって出来る。富を得ること、名声を得ること。他にもいろいろなことが自由自在だ。何かを手に入れることはもちろん、何かを奪うことも。


 突然、ピロピロと音が鳴り始めた。何かの待機音だろうか?


「俺だ」


 どうやら、車に備え付けられている通信機からの着信のようだ。


『俺です。熱海あたみです』

勝吾しょうごか。どうした?」


 通信機から聴こえる声は、この間の副隊長のものだ。名を【アタミ ショウゴ】というらしい。


『市街地にて、暴走した亜人の出現です!至急、応援をお願いします!』

「悪いが、今は新人を組織まで送っていくところだ。他をあたってくれ」

『一人で行かせればいいでしょう⁉』

「これは、上からの命令だ。しっかりと遂行しなくてはならない」

『そんなこと言っても、市民の危機なんですよ⁉』

「私だって今すぐに行きたいさ」


 そう言う柔楽さんは、どこか悔しげだった。僕は、今すぐに口をはさみたかったが、素人が入るのがはばかられたので、ここは堪える。


「それなら、太陽たいようを呼べ。あいつの、制圧力は素晴らしいぞ」

麻田あさだですか?しかし、あいつは【シェーン】が居ないと動きませんし…。それに、今はシェーンの調子も悪いので、おそらく無理です』

「そうか、なら持ちこたえられる?」

『はい…⁉ええと、良くて10分ですかね…』

「わかった。急いで、彼を組織に送り届ける。そこから急いで向かう」

『…!わかりました!隊長が居るなら百人力ですよ‼』

「なんとか持ちこたえろ。お前も現場に急げ」

『はっっ!』


 通信が終わった。


「柔楽さん」

「なんだ?」


 さっきは我慢したけど、やっぱり僕には無理だ。


「今すぐ行ってあげてください」

「しかし、命令が——」

「人間を守るためにD.M.Sに入ったんじゃないんですか?」

「…!」


 僕がそれを口にすると、柔楽さんはハッとした様子でこう言った。


「ありがとう」


 彼はなんだかうれしそうだ。


「二度も君に助けられるとはな」

「助けたつもりはありません。それに、もうD.M.Sはそこに見えてますから」

「そうか…!」


 僕はそれを言った後、車を降りた。ここまで送ってくれたことにお礼を言い、柔楽さんに一礼すると、彼は、また僕に感謝を述べた。別にいいのに、なんて思っていると、彼は現場へ向かった。


「まじめな人なんだな、なんだか、気に入っちゃったな」


 ——だけどすこしだけ…


「素直じゃないなあ」


 そう、素直じゃなかった。本当は誰よりも現場へ向かいたいのに、それを我慢して、僕を送り届けるという任務を優先した。自分を殺して。


 ——さてと、ここからは歩いて向かうとするか。


 後悔はしていない。だって、彼にとっても、僕にとっても、それはきっと最善の答えだったから。自分のやりたいことは、自分のやりたいようにするべきだ。少なくとも、僕は。今やらないと、彼は後悔することになるかもしれない。今まで





 D.M.Sに到着した。まずは、司令室まで来いって言ってたな…。新人って、いきなりそんなところに呼び出されるもんなのかな…?まあ、昨日すでに入ったけど。


 そんなこんなで、ロビーを通り、エレベーターで司令室まで向かう。道中、他の隊員や職員が乗り込んでくることもあったが、僕が隊員だということを伝えると、驚きながらも歓迎してくれた。なんだか、楽しくなりそうだ。


 しばらく乗っていると、エレベーターが止まる。乗っているのは僕一人。どうやら、目的の階についたようだ。僕は、エレベーターを降りて、司令室へ向かう。


 僕は、扉をノックする。


「入れ」

「失礼します」


中へ入ると、恐田おそれださんが一人。機動きどうさんは…今日はいないみたいだ。


「もう、やるべきことは済ませたな?」

「もちろんです」

「そうか、ならいい」


 そう、僕はやるべきことを一つやった。学校を辞めるということを。本当は手放したくなかったけど、今後はどうせ失ってしまうものだ。仕方ない。


「細かい書類に関しては、私が作成しておいた。そのほうが、いろいろと楽だろうしな」

「お気遣いありがとうございます」

「気にするな」


 そう言いながら、恐田さんは何かを取り出した。


「これが、お前の制服とIDだ。そしてこれが——」


 一つのアタッシュケースが、僕の前へ出される。そして、僕はこれの中身を知っている。


「お前のチョーカーだ」

「これが…」


 今まさに、僕の求めていたものがそこにある。


「早速着替えてこい」

「はいっ!」


 僕は、ロッカールームへと向かい、制服へ着替える。そして、司令室へと戻る。


 もちろん、チョーカーも忘れずに。


「失礼します!」

「案外早かったな」


 僕は、心を躍らせながらこう口に出す。


「D.M.S亜人災害対策実動部隊あじんさいがいたいさくじつどうぶたい43班所属、赤根執あかねまもる!ただいま着任しました‼」


 これから、僕の求めていた…、僕が本当に歩きたかった未来が待っている‼


 僕の、本当の人生が‼

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