第三話 気づき

獣化じゅうか


 そう唱えると、首元を中心に何かが体を覆っていき、その上から鎧のようなものが、体の各部に現れる。そして、一つのシルエットを作り出す。それは、人型の犬のような姿だった。


 しかし、少し様子がおかしい。


『適正ユーザーではありません。速やかに、変身を解除してください』


 首輪から、警告音だと思われるものが流れる。どうやら、それぞれにユーザー登録のようなものがされているようだ。


「適正…?多分大丈夫だよね」


 音に気を取られていると、ペガメントが話しかけてくる。


「おいおい、何か鳴ってんぜえ?大丈夫なのかあ?」

「ちょっと心配だね」


 少し、軽口を言ってみたところで、異変が起こる。


「ううぁ‼」


 首輪がスパークした。


「なんだよ…!これぇ…!」


 体中を電流が駆け巡る。痛い。とてつもなく痛い。少しでも、気を抜くと気絶してしまいそうなほどに。変身していなければ、おそらく即死であっただろう。


「はっはっは、ボールの次はデンキウナギかなんかのモノマネかあ?将来の夢は芸人ですってか」


 亜人が何か言っているが、何を言っているかはわからない。今は、それどころではない。


「痛い…!痛い……けど…!」


 まもるは痛みよりも、あるものを強く感じていた。己の内から湧き出てくるを。


 ——ああ。これこそがなのかもしれない。


「…ぐぅ!ところで、お前の名前は何だったっけ?」

「あん?」


 突然の問いかけに、少し亜人の反応が遅れた。だが、すぐに顔いっぱいの笑みを浮かべ、こう言った。


「オレさまの名前は【ペガメント】だ。よおく、覚えておきな」

「そうか、ありがとう」


 まもるは感謝した。【ペガメント】と名乗った亜人に。


 ——これが、僕が初めに乗り越えるべき壁。


「いくぞ‼」


 僕は、走り出す。ただ一点に向かって。ペガメントが立っているそこへ向かって。


「……⁉」


 前に体が進まなくなった。正確に言えば、脚が動かせない。まるで地面に貼り付けられたみたいに動かない。


「あっはっはっはっは‼お前え…?さてはバカだろ?」


 ペガメントは、腹を抱えて笑い出す。


「まだまだ、地面にはさっき撒いた接着剤が残ってんだよお!」


 しかし、執は諦めない。諦めずに脚を動かそうとする。


「うおああああああ‼‼」


 執は叫んだ。そして、脚にありったけの力をめる。


バリっ


 足が地面から剥がれる。


「あらあ⁉」


 ペガメントが驚愕の声をあげる。執はそれを気にせず、歩き始める。ゆっくりと、確実に。


「意外ともろいね」


 そう言いながら、歩く足を速める。剥がした先から、また新しく地面に貼りつく、それを剥がす、貼りつく、そして剥がす。それを繰り返しながら、さらに足を速める。バリバリと音を立てながら走り出す。やがて、足は接着剤の塊となり、もはや足とは呼べなくなっていた。


「今度こそいくぞ‼」


 十分じゅうぶんに近づいたところで、執は飛び上がった。そして、ペガメントの首元を狙い、蹴りを放つ。


「ぐお…‼」


 ペガメントも蹴りに合わせて、両腕を使ってガードする。しかし、その塊の質量に負け、吹き飛ぶ。


「ぐおおおおお⁉」


 そんな声を放ちながら、吹き飛んでいく。そして、その先の建物へと衝突する。


「……ぐう…!なんて馬鹿力だ…!」


 そう言い、立ち上がろうと視線を上に向けたところで、その顔を焦りの感情に染める。目の前に見える、に。


「あ…」

「終わりだね」


 執は、ペガメントの頭を思い切り踏みつける。その頭は、そのまま壁にめり込んでいく。


「あ……が…」


 数秒が経過したところで、足をどける。


「僕の勝ちだね!」


 僕は、動かなくなったそいつに向かってピースをした。


「あ、そうだ」


 そういえば、さっきの少女はどうなったのだろう?そう思い、車のほうへ視線を向ける。そこには、座り込みながら呆然とこちらを見つめる、少女の姿があった。僕は声をかけてみることにした。


「おーい!大丈夫ー?」

「え…?あっっ!」


 すると少女は、その声に反応したかと思うと、何かを思い出したかのように走り出した。


まこと‼」


 少女は、のそばへ行き、彼を抱き起こした。


「信!信!」


 少女は、必死に彼の名前を呼ぶ。


「……ぁあ」

「信!」

真守まもりか…」

「…!待ってて!すぐ、救援を呼ぶから!」


 そう言い、慌てながらも腰のポーチから取り出したデバイスを操作している。


 ——そうか。彼女は彼のことが大切なんだな。


 そう思いながら、先ほど少女を庇った男のほうを向く。


 彼だって、あんなにボロボロになったのにな。


 僕は、その男のほうへ歩き始める。確か、だったかな?とりあえず、生きているかどうかだけ確認しよう。


「あのー?大丈夫ですかー?そうには見えませんけど」


 返事はない。どうやら気を失っているようだ。だが、どうやらまだ生きているようだ。


「…失礼します」


 一応断りを入れ、キノセのポーチの中を探る。そして、一つの板状のものを取り出す。何かのIDカードのようだ。


「【黄瀬きのせ 常好つねよし】…。思ったよりパッとしない名前だな」


 そんなことを言いながら、名前の上へと視線を移す。


「でぃー…えむ…えす……?」


 そこには、【D.M.S亜人災害対策実動部隊あじんさいがいたいさくじつどうぶたい所属】と書かれていた。


「聞いたことのない名前だな…。秘密結社とかかな?」


 そんな空想じみたことを考えていると、どこからかサイレンが聴こえる。どうやら、少女が呼んだ救援が到着したようだ。


「救急車…?それにしてはなんだか物騒な見た目だな」


 そう思っていると、それとは別に救急車も到着した。どうやら、救急車とは別の車のようだ。


 ——あれもD.M.Sのやつかな?


 救急車から出てきた人たちは、黄瀬とクロカワのもとへ向かい、救急車へと運んでいく。そして、物騒なほうから出てきた人たちは——


「……え?」


 僕を取り囲んだ。

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