第二話 転機

「これは…」


 まもるは、足元に落ちているを拾う。どうやらこれは、先ほどの男が、姿に変身する際に使用していたもののようだ。


 ——どうしてこんなものがここに?


 そう思っていると、後ろから声が聴こえてきた。


黒川くろかわ‼大丈夫か黒川‼」


 その声の方向へ振り返ると、そこには【ロアー】とは別の、人型の猫のような姿をした者が、変身する前の姿に戻った男を抱えて叫んでいる。どうやら、あの男の名前はというらしい。


「…………ぁ。」


 その声に反応してか、ただのうめき声かはわからないが、男が今にも消え入りそうな声を発する。は少し安心したような様子でこう言った。


「よし…、大丈夫そうだな。そのまま寝てろ、絶対に生きて帰す」

「すみません…、俺……、やっちゃいました…」

「そうだな、帰ったら反省会だ」


 ここからじゃ、よく聞こえないけど、どうやらあの人は生きてるみたいだ。

 無関係だけど、少し安心した。


「おいおいおいおい、何を楽しそうに喋ってるんだあ⁇」


 今度は逆の方向から、【ペガメント】の声が聴こえる。

 それに対して、猫が答える。


「これからパーティーなんだが、飾りに使うが足らなかったんだ。本当に丁度良かったよ」

「……‼お前もオレをなめるのか⁉ふっっっっざけんな‼‼」


 先ほどまでの余裕な態度が亜人に無くなった。バカにされたことが、相当頭にきたらしい。亜人は、どこからかライターを取り出し、自分の腕に点火した。そしてその腕を、猫とは少し横にずれた位置へ向けて突き出す。


「完全にキレたぜ…!」


 亜人は、腕の先から炎の塊を発射する。それは、クロカワと猫から少し離れた位置に着弾し——


 爆発した。


「あっはっはっは‼どうだあ⁇恐ろしいだろお⁇なあ?オレさまの【爆粘弾ばくねんだん】の威力はよお‼」


 余裕が戻ってきたのか、亜人はまた笑いだす。


「次は外さないぜえ⁇おおっとお、そいつを抱えて避けようとしても無駄だぜえ⁇次は一発じゃねえ…、喰らいなぁ‼」


 亜人は、また腕を突き出す。今度は、しっかり二人のほうへ。


「だめ‼‼‼」


 その時、どこからか女の声がする。


「ああ⁉⁉」


 亜人はその声の方向へと振り向く。その先には、僕よりも小柄な少女が、ひどく慌てた様子で、車から出てくるのが見える。

 邪魔をされた亜人は、また怒り出す。そしてそのまま少女のほうへ腕を向け——


「邪魔すんじゃねえ‼」


 発射した。程なくして、鳴り響く爆発音。


「……ぅぐ…!」


 爆発の煙が晴れると、先ほどまで後ろにいたはずの猫がいる。どうやら、少女を庇ったようだ。


「なんで…、出てきちまうんだよ…」


 猫は倒れる、そして、一人の男へと姿を変える。


黄瀬きのせさん!」


 少女は、と呼ばれた男へと駆け寄る。


「動くんじゃねえ‼」


 亜人は、これまで以上に怒っている。もう落ち着きそうもない。


「ウロチョロすんじゃねえよ…!お前も殺してやるからじっとしてろ」


 そう言い、少女のほうへと歩みを進める。


「ひっっ……!」


 少女は後ずさる。震えながら後ずさる。つまずいて、しりもちをつく。それでも後ずさる。そしてついに——


「もう逃げられねえなあ⁇」


 背中に車がぶつかった。もう逃げられない。


 亜人は、ゆっくりとした動作で拳を振り上げる。そしてそれを振り下ろ——


「やめろっっっ‼」


 ——誰が声を出した?


 周りにもう人影はない。そして、僕のほうを向く亜人。


 ——僕だ。


「どいつもこいつもオレの邪魔をしやがってえええ‼‼」


 亜人がこちらへ走ってくる。


「死ねやあ‼」

「やっば…!」


 亜人はそのまま拳を僕に向かって振る。何とか避けた。そのまま、逃走を図って走り出す。


 なんであんなことしちゃったんだ⁉知らない!口から出ちゃった!やばいやばいやばい‼


 僕は走った。とにかく走った。後ろから追いかけてくる存在を忘れて、走ることだけ考えた。


「ぐぁ…!」


 突如走る激痛。

 

 どうやら、やつの拳が僕をかすったらしい。それだけでも凄まじい勢いで、吹き飛ばされてしまった。どんどん転がる。止まらず転がる。


「ぐぅっ…!」


 一つの柱へぶつかり、ようやく止まった。しかし、もう動けそうもない。生きているのが自分でも不思議だ。


「おーおー、よく転がるなあ。将来はかあ?」


 亜人は、そんな軽口を言いながら近づいてくる。


 ——逃げなくちゃ…。


 それでも体は動かない。どうやらここまでのようだ。


「それじゃあ、お前の命も!」


 ——何だと?


「力のない奴がでしゃばるからこうなるんだよ」


 ——違う。


「コロコロ転がってくのは面白かったなあ!」


 ——これは僕のだ。


 僕は立ち上がる。先ほどまでの痛みも嘘みたいに、体が軽い。


「へえ、まだ動けるのか」

「……ない」

「ああん⁇」

「お前には絶対にやらないっっっ‼‼」


 僕は叫んだ。そうだ、これは僕のだ。僕だけの命なんだ。こんな化け物にやるわけにはいかない。


 そして、首元へと手を伸ばす。その首には、一つのが巻かれていた。


 スイッチを入れる。


「すぅ…」


 息を吸う。


 ——確か、こうだったか。


獣化じゅうか

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