共存
石井将也
第一章 求めるもの
第一話 通学路
僕の名前は、【
ただ一つだけ、僕がほかの人と違うところを挙げるとするならば、それはきっと「手に入れたモノを手放さない」ことだと思う。
「行ってきます」
学校へ向かう前には、必ず、この一言を玄関で口にする。返事など帰ってくるはずもないのに。
僕の両親は、この家にいない。母親は、二年前に病気で死んで、父親は、三日ほど帰ってこないと思ったら、後日死体で発見された。今は、両親が残したお金と、アルバイトをして得たお金で生活している。
でも、寂しくはない。
だって、失ってしまったものは、しょうがないから。
もちろん、悲しくなかったわけではない。母親の時は、毎晩泣いたし、父親の時は、しばらく学校を休んだ。
それでも、しばらくすれば、いつも通りの自分に戻った。きっと、これからもそうなのだろう。
——ああ、今日もいつもと何も変わらない通学路が過ぎていく。
自宅から駅、駅から学校。こんな日が、いつまでも続けばいいのに。
駅へと差し掛かった時、そんな日常は長く続かないことを知る。
——何があったのだろう。
たくさんの人が倒れている。たくさんの人が走っている。たくさんの人がスマホを片手に、その惨状を収めている。どうやら、何か事件のようだ。そこまで思案を巡らせたところで、気づいた。その中心にいる、異形の存在に。
ここは危険だ。
しかし、脚が動かない。ピクリとも動かない。視線も動かせない。今すぐ逃げ出したいのに!
きっと、あの化け物は【亜人】だ。いつ現れたのかも、どういう存在なのかも、僕にはわからない。一つだけわかることは、「人間の力では、決して敵わない」ことだ!
動け!動け!何だこの脚は!僕のモノじゃないのか!なん——
僕の焦りは、一つの衝突音でかき消された。
一台の車。確か、キャラバンといったか。それが、さっきまで亜人がいた場所に停車している。
——さっきまでここにいた亜人は?
先ほどまでの、恐怖と焦りが無くなった僕は、そこから少し離れたところに、地面から起き上がろうとしている亜人を見つける。それと同時に、車からいくつかの人影が現れた。全員、少しづつ違うが、同じ服を着ている。制服だろうか?さっきまでの焦りが嘘みたいに、冷静にそんなことを考えていると、そのうちの一人が喋りだす。
「特別指名手配犯、亜人【ペガメント】。お前を【亜人災害対策基本法】に則り、身柄を拘束する」
男は、それを言い切ると、自分の首元に手を伸ばし、首輪のような装置のスイッチを入れる。
「
男がそう口にすると、首元を中心に何かが体を覆っていき、その上から鎧のようなものが、体の各部に現れる。そして、一つのシルエットを作り出す。それは、人型の犬のような姿だった。
「【D.M.S】所属、【ロアー】。お前の叫びは聞き入れない」
続いて【ペガメント】と呼ばれた亜人が口を開く。
「なあにが、叫びだ!助けを叫ぶのはお前だ!」
「どうかな」
「なめやがって…!」
亜人は、怒ったのか腕の先から、液体をあたりにまき散らす。
「遅い」
瞬間、【ロアー】と名乗った男が背後に回り、蹴りを放つ。
いや、放とうとした。
「あんれれえ⁇どうしたのかなあ?ワンちゃん」
「脚が動かない…⁉」
亜人は、笑い出す。
「はっはっは、そりゃあそうだ。だって、お前は踏んだんだからなあ⁇」
笑いがさらに強くなる。
「オレさまの特性接着剤を…。それも、超速乾性のやつをよお‼あっはっはっは‼」
亜人は笑いながら、さらに男に向かって液体を噴射する。それは、頭以外の全てを覆う。
「こんなもんか」
噴射をやめた亜人は、男に向かって語りかける。
「どうだあ?どんな気分だあ?」
亜人はさらに続ける。
「怖いか?そりゃあそうだ。身動き一つできないんだからなあ。ほうら、叫んでみな。『怖い』って叫んでみな‼『助けて』って叫んでみなあ‼」
男の周りをうろうろしながら、亜人は、また笑いだす。
「あっはっはっはっはっは‼あっっっっひゃはははははははは‼‼」
しかし、男は叫ぶどころか、むしろ落ち着き払った様子で――
「黙れ」
「……?あん⁇」
「誰が、お前のようなクズに屈するものか…!」
「……そうかい」
亜人は、男の目の前で足を止め、片脚をひき、片腕をひき、重心を後ろにかける。そして、一気に重心をもう一方の足先に移す。その勢いに乗せ、腰を回し、肩を回し、腕を回し、拳を前に突き出す。それは、男に命中する。
「ぅぐを…!」
その衝撃で、足元の接着剤は砕け、男はそのまま吹き飛んでいく。その先にいる僕に向かって。
「……⁉ちょちょちょ⁉」
思わず目を背け、身構える。直後起こる衝撃音。
確かに、ものすごい音がしたが、特に衝撃はない。
——死んだのかな?
カラン。
そんなことを考えていると、何かが自分の目の前に転がってきたような音がした。恐る恐る目を開ける。どうやら生きている。そして、音の正体を視界にとらえる。
それは——
一つの首輪。
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