第168話 ヴェントス


   ☆◆☆◆☆◆☆


「奴らはこちらの動きを事細かに掴んでる。が、こちらは相手方のことをまるで知らない。転送装置で強引に根城へ乗り込むことはできても、迎え撃たれてしまえばひとたまりもない。いつまで続ければいいんだ、こんな不毛な戦いを……」


 軍備的な被害は最小限に減り、防衛体制は確かに整った。

 しかし後手後手であることは変わらず、いつまでたっても戦争は終わらない。

 対策会議と銘打たれ、幾度となく行われた話し合いでも新たな策は見つからず、ただ時間だけが経過した。その間にもグラベルは周辺国を巻き込みながら、周到にキングエル包囲網を広げていた。


「これまでに行ってきたグラベル裏工作の証拠も、ヴァイドたちスウォードの汚い暗躍の歴史も、俺たちが持っている証拠と呼べる全てを流してみたところで、世間の風向きは変わらない。ヴァイドに対する世界の信用がこれほどまでに高いとは、予想もしていなかった……」


「それだけ慎重に事を進めているということです。グラベルは小さな穴も確実に潰し、躍進を続けてきた国家。一つの例外すら認めることはありません」


 ニーナの言葉にレックスが口を噤んだ。

 隣で腰掛けていたハイラスは、ふぅと息を吐き、徐に立ち上がった。


「もう四の五の言っている場合ではなかろう。このまま我らが止まり、民衆が止まり続ければ、いずれ国は滅びる。このところは、奴らが攻撃に打って出ることもとんと減った。恐らくは籠城を決め、勝手に倒れていく我々を高みから見守る方向へ舵を切ったのであろう。……キングエルは軍事国家だ。武器を諸外国へ売りに出せなくなれば、金を得る手段を失ってしまう。次第に国力は減退し、ついには周囲の国に飲み込まれていくことだろう」


「だからといって勝算もなく打って出るわけにはいかない。かといって、密偵として派遣した仲間が戻ってくる見込みも今や薄い。……俺たちは喧嘩を売る相手を間違えたのかもしれないな」


「だとしても、このまま敗北することは許されん。ならば打つべき手は一つしかあるまい」


 窓際へ移動したハイラスは、遠くそびえる自らの兵器の影を眺めた。

 絶対に使うべきではないと言い続けてきたレックスも、いよいよ迫られる決断の時を前に言葉を失っていた。


「……そういえば、はどこ行ったんだ。ここんところ、まるで見ていないが」


 沈んだ空気を変えようと珍しくクルフが話を振った。

 ファブリックに興味のないハイラスは黙って外を見つめていたが、誤魔化せないレックスは、クルフに背を向けたまま話をはぐらかした。


「まさか逃げたんじゃあるまいな。戦争の発端である当の本人が逃げたと知れれば、隊の士気に関わる。……嘘は許さんぞ」


「いや、……まぁ、……いるにはいる。が、何をやっているかは知らない。ずっとこもってを作ってる、……らしい」


「作るって、今度は何を」


「それは俺にも……」


 しばし何か考えを巡らせたクルフは、もう少しだけ攻撃を待ってくれと伝え、奴のもとへ案内しろとレックスの肩を叩いた。

 本部の外で暇そうにしていたナギとクマ二匹を連れ立って、一行はファブリックが引きこもっている場所へと向かった。


 いつか彼が開拓した海沿いの一角に、煤けた小さな小屋が建っていた。

 小さなベンチのある光景はそのままだったが、鬱蒼と茂った草木は、全てが焼け爛れたように茶色く陰り、異様な雰囲気を漂わせていた。


「こんなところで何をしてんだ、アイツは」


「さぁ。師匠アイツは俺たちの範疇じゃ理解できないからな」


「でもまたきっと変なものを作ってるに決まってるよ。今度は何を作ってるのかな??」


「いやに上機嫌だな。……ところで元奴隷の嬢ちゃんよ、俺ぁアンタとどこかで会ったことがある気がしてんだが、勘違いか?」


「え゛? ひ、人違いじゃないでしょーか。わたくしアナタのことなんて全然、これっぽーっちも知らない知らない!」


「……はぁ。まぁ別にいいが」


 レックスとナギが心の中で『いいのかよ!』とツッコミを入れたところで、遠慮を知らないクルフは、勝手に扉に手をかけた。

「おい待て」と止める呼びかけも聞かず強引に開こうとすると、突然小屋全体が黄金に輝き、クルフの頭上に巨大な雷を落下させた。


「 ガッ?! ガハッ!!? 」


 口から黒い煙を吐き、クルフがよろめき後退った。

 だから言わんこっちゃないと眉をひそめたナギとレックスは、小屋の外から大声でファブリックの名を呼んだ。すると数分後、徐に小屋の扉が開かれ、中から全身が煤のようになった黒い人影が現れた。


「うるせぇな、こちとら研究開発の真っ最中なんだ。邪魔すんな!」


「いやな、そこのおっさんが師匠に用があるんだと」


 ぴよぴよと頭上に鳥を羽ばたかせフラフラなクルフを指さした。

 またおっさんかとクルフの頬を一発二発とビンタしたファブリックは、「何の用だゴリラ男」と声を荒げた。


「ハッ、お、おう、一瞬あの世へ行きかけたぜ。んなことより坊っちゃんよ、テメェこんなとこで何やってんだ。こっちは戦闘戦闘で切羽詰まってるってのによ」


「俺には関係ないと言っただろ。それに、必要なものはもう全部作った。俺がすべきことはもうなにもない」


「んなことねぇだろ。それに、今も戦況を好転させるべく、を作ってるんだろ?」


「そんなもん作るはずないだろ。俺が作っていたのはコイツだ!」


 バーンと手を広げたファブリックは、小屋全面を観音開きにしたかと思えば、中から新たな円形の球を取り出した。


「おいおい、コイツはいつもの奴スフィアだろ」


「いつもの、だと? テメェの目は節穴か。よ~く見てみろ、コイツはまた別のだ、バカヤロー!」


 フフフと笑ったファブリックは、緑色の魔力をまとった新たなスフィアを手のひらに乗せるなり、『起動しろヴェントス』と命令した。


 他の三つと雰囲気の違うそのスフィアは、コォォォと小さな音を鳴らしながらふわりと浮き上がった。


「コイツは今までとは、ちと別口のスフィアでね。こんなことをするために作ってみたわけだ。よーく見てな!」

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