第169話 無益な争い
男が手をかざすと、途端に凄まじい風が巻き起こった。
中心に立っていたファブリックを投げ飛ばすように、風が上空へと彼の身体を放り投げた。
「ギャー、ファブが飛んでっちゃったー!」
あまりの勢いにナギが腰を抜かした。
しかし直後、上空から聞こえてきたのは笑い声だった。
「ハーッハッハッハ。成功だ、ついに俺は『風の制御』に成功した。これで空を飛ぶのも自由自在だ、ナーハッハ!」
瞬間的に作り出した竜巻のような突風の渦によって超高速飛行を実現し、風を意のままに操り浮遊するファブリックは、それこそ大袈裟に宙を舞った。
「いよいよ飛ぶのも自由自在かよ」と苦笑いをこぼすレックスだったが、操作を誤り激しく落下したファブリックを一瞥して顔を押さえた。
「ムググ、まだ操作になれていないが、これで俺はエネルギー残量を気にせずどこへでも飛んでいけるようになったわけだ。フハハ、また一歩自由に近付いたぞ!」
「ねぇ、ファブ。それって誰でも飛ぶことができるの?! もしそうなら、また新しい力になるんじゃない?」
地面に打ち付けた頭を擦りながら、ファブリックはふるふると首を横に振った。
「悪いがそりゃ無理だ。物体を超高速で飛ばそうとすると、それなりに圧縮した空気の流れを作らなきゃならん。しかし残念なことに、どうやら相当に頑丈なものでないと一瞬で風に斬り刻まれて粉々になっちまうらしい。そこらで駆除したモンスターでも試してみたが、どれも五秒飛んだだけであのザマだ」
男が指さす先には無残に刻まれたモンスターの残骸が転がっており、多くの試作を重ねた形跡が見て取れた。
「少なくとも、そこの
「じゃあ使えねぇじゃん」とツッコミを入れたクルフに対し、最初から他人のために作っていないと悪びれもなく言ったファブリックは、さらなる試作が必要だと話も聞かずに飛び回った。
「まぁそれは一旦いい。坊っちゃん、……少し降りてこい。お前に一つ話しておくことがある」
ふぅと息を吐いたクルフがドスンと地べたに腰を下ろした。
真面目な顔で呼びつけたクルフの様子に気付き、ファブリックは仕方なく男の隣に立った。
「また面倒なこと言いたげな
「……残念ながら、状況は相当に悪い。今も最後の選択を迫られている」
「最後の? なんだよそれ」
「ハイラスの破壊兵器だ。……使わざるを得ないかもしれん」
「関係ない奴もまとめて殺すってことか。で、その責任をまた俺になすりつけると。これまた勝手な話だな」
「んなこと言ってねぇ。……ただ、覚悟をしておいてくれと言ってるだけだ。誰もお前のせいだなんて思ってねぇ」
「いいや、悪いが俺は関係ないね。そもそもそんな馬鹿げたものを使う意味はない。……俺一人が奴らの本拠地へ乗り込めば済む
「現実的でない話をするな。そんなものは解決方法じゃねぇ。ただの自暴自棄、無駄死にしに行くだけだ」
「俺がやられるってか、舐められたもんだな。どちらにしても、俺はそんなもん認めねぇ。やるなら勝手にやってくれ、俺に責任を押し付けるな」
互いに無言となり、ナギとレックスも口を挟めない時間が過ぎていく。
どちらも引く気はなかったが、クルフとて本意ではない。しかしこれ以上の延命が国の崩壊に繋がるのは明白であり、いよいよ決断を迫られていた。
「伝えることはそれだけだ。あとはこっちでやる。お前は空でもどこでも勝手に飛んでろ」
棘のある男の言葉に頭にきたファブリックが、「おい!」と言い止めた。
こうなればぶん殴ってでも止めさせると睨み合いになったところで、転送装置を使って現れたミリルが、息を切らしながらクルフにしがみついた。
「クルフさんにファブリックも。大変です、ヴァイドが、ヴァイドが声明を出しました!」
縋り付くように肩を揺らすミリルに落ち着けと諭すクルフは、一旦休戦だとファブリックに合図し、ミリルの手元からこぼれた転送装置を拾い上げた。
「坊っちゃん、お前もこい」
「またヴァイドか。いちいち嫌らしくて面倒な野郎だ」
全員でギルド本部前へ飛ぶと、既に周辺には人
グラベル側から送られてきた専用の投影機器に映し出されるリアルタイムのヴァイドの表情は、あまりに険しく緊迫していて、自然と民衆の視線を引きつけた。
『キングエルの首脳諸君に告ぐ。既に大勢は決した。これ以上、無益な争いは止め、即刻投降せよ。繰り返す、即刻投降せよ。
キングエル周辺、及び関係国の九割。隣国ならばガルクストを除く全ての国が、本件につき、グラベルと同調の意思があると表明していただいた。また、これまで中立の立場を取っていたピゲン、カイザーベルまでもが、本日、本件の正義はグラベルに有りと御通達をいただいた。これでキングエルを支持する隣国は皆無となり、以降、友好国とキングエルの間の貿易も停止すると約束をいただいた。
島国であられるキングエル諸島は、軍事産業を
もう一度繰り返す。
これは最後通告である。無益な争いを止め、即刻投降せよ 』
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