第167話 時空の狭間でグチャグチャ


 という男の言葉に、ファブリックの耳が反応した。

 あの馬鹿げた攻撃装置のことかと頷き、「本気で言ってんのか?」とクルフに訊ねた。


「本気も何も、負ければ全てが終わる。もう他に方法がねぇ。今なら、……間に合う」


「アレをぶっ放すってことは、グラベルの関係ない市民も片っ端からぶっ殺すってことだ。グラベルの奴らだって、体裁を守って民間人には攻撃してねぇ。もしそんなことをしちまったら、ますます奴らの仲間から反感を買うからだ。軽々しく一方的にやってみろ、それこそ諸悪の根源にされるぞ、この国は」


「だったらどうすりゃいい?! このまま大人しくやられるのを見ていろというのか。そもそもこんなことになった理由の一端は――」


「なった理由は? ……んだよ、言いたいことがあんならハッキリ言えよ。俺が好き勝手暴れて、ヴァイドをのしちまったからだろ。ちゃんと俺の目ぇ見て言えっつーんだよ!」


 額にシワを寄せ、クルフが無言でファブリックに詰め寄った。

「なんだよ」と引かない二人の間に割って入ったレックスは、「喧嘩してる場合か!」と強引に止めた。


「方法はまだあるはずだ、何かしらの方法が!」


 しかし喧嘩を止める合間にも、スフィアからは新たな敵の発生を知らせる音が鳴り響いていた。慌てて出ていくクルフに話をはぐらかされ、これ見よがしに舌打ちをしたファブリックも、長期の拘束を余儀なくされて苛立ちはピークに達していた。

 朝から晩まで繰り返される器具作成と言う名の流れ作業は、彼にとって最大級の苦痛で、最も興味のない生き方そのものだった。


「こんな生活はコリゴリだ。……決めた、俺が奴らんとこに行って話をつけてくる。もうそれでいいだろ」


「馬鹿なことを言うな。今さら師匠一人出ていったところで、奴らの侵攻は止まらない。そもそも奴らの目的は始めから隣国の侵略だ。ヴァイドの気が済んだところで、戦争が終わるわけじゃない!」


「んなものやってみなきゃわからんだろうが。……なんならお前もそうだ。お前、ここへ何をしにきたんだ。わざわざこんなつまらん場繋ぎの作業を回しにきたのか?」


「つまらんって……。俺は少しでも国のためをと思って動いているだけだ、それの何がいけない!?」


「闇雲に戦いを長引かせるのが本当にこの国のためか? 何の策もなく、何のアテもなく、その上途方もなく無防備ときたもんだ。だかなんだか知らんが、とんだお笑い草だ。ちゃんちゃらおかしくて笑っちゃうね」


「んだと、このわからず屋が。だったらどうすればいいんだ、教えてくれよ!」


 いよいよ頭に血が上ったレックスが怒りを露わにする中、ファブリックはゴソゴソとリュックの中を探り、これまで見せたことのなかった物を取り出しテーブルに置いた。


。まだ簡易版で動きも定かじゃないが、色々模索して作ってみた。わかるか、世の中ではこ~ゆ~のを打開策と呼ぶのだ。ゴチャゴチャ語る前に、行動で示せ。本部統制役さんよぉ?!」


 一瞬にして静まり返った場に、スフィアの警報音だけが鳴り響いていた。

 限界まで顔を歪めたレックスは、これ以上なく充血した目でファブリックに顔を寄せ、「んなもん作ってるなら早くいえよ?!」と、これ以上ない暴言を吐いた。


「一人でトンズラするために作ったんだ。いちいち教えるバカがどこにいる」


「ああああ、もうこの際理由なんてどうでもいい。これ、本当に使えるんだろうな?!」


「知るか。カルザイのバカがよこしてきた情報が正しいなら使えるんじゃねぇの。あくまで試作品だけどな(本当は他人を使って実証実験するためにひけらかしたんだけどな。ガハハ)」


 ポイと装置を投げたファブリックは、さっさと使えと背を向けた。

 キングエル軍とすれば、自由に移動可能な転送装置は一番欲しい機能であり、使わない手などない。震える指先で装置に触れたレックスは、慌ただしく「使い方は?」と聞いた。


「座標入力して真ん中のスイッチ押すだけ。装置の半径二メートルの生き物が指定したおおよその位置に飛ぶ、……はず。ちゃんとできてりゃな」


 身の危険も顧みず自ら本部外の座標を入力したレックスは、すぐ実行に移した。

「おいおいちょっと待て」と止める男の言葉も無視してスイッチを押したレックスは、一瞬にして建物内から姿を消した。


「おぉ~、適当に作った割にちゃんと消えたな。あとは消える時に時空の狭間でグチャグチャに潰されてなけりゃいいが」


 他人事のように笑ったファブリックの背後の扉がバンと開き、レックスが興奮しながら現れた。男に背を向けたままニヤリと笑ったファブリックは、「さて、これはまた面白くなってきたな」と一人呟いた。


「―― いける。少なくともこれで防衛面の課題は大幅に改善する。師匠、もう少し多くの人間を転送できるよう装置を改造できますか?!」


「量産できますか、の間違いだろ。……んなもん楽勝だ。なんなら国一個そのまま移動できるものを作ったらぁ。その代わり、もうこのつまんねぇ日常はお終いだ。これ以上αは作らんし、お前らの命令も受けん」


 ファブリックの要望を仕方なく受け入れたレックスは、試作品の転送装置を使い、クルフを同行させ、グラベル兵を返り討ちにした。


 早い話、クルフかハイラスの片方さえいれば戦闘に敗れることはなく、一瞬にしてどちらかを派遣できる環境を作り出したことによって、防衛面は飛躍的に改善した。

 しかし攻め手のないキングエルからすれば、ただ闇雲に均衡状態を伸ばしただけで、根本的な解決にはならないのだけれど ――

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