第7話 サンドワーム先導作戦開始


    ◆◆◆◆◆◆◆


 夜明け前から厳かな空気に包まれた簡易ギルド本部は明らかにピリついていた。


 任務前の最終打ち合わせとなればそれも当然ではあるのだが、ウェインの苛立ちの原因は、任務内容や現場の空気などではない。


「あの男は何をしているのだ! 一体いつになったら現れる?!」


 テーブルを激しく叩く。シンと静まり返ったギルドの面々を代表し、クルフがウェインをたしなめた。


「ま、まぁそう怒るなよ。可愛らしい顔が台無しだぜ」


「マスターは黙っていてください! それよりこんなところにいていいのですか。も状況は大変だと聞いています。持ち場へ戻ったらどうなんですか?!」


「うグッ、そ、ソレはソレ、アレはアレだ。まぁ君の言うのことは一度置いておくとして、一通り今回の任務を確認してみようじゃないか」


「(コイツもいつか殺す!)」


 キッと面々を睨みつけたウェインは、大袈裟に咳払いしこれからの工程を読み上げた。


「新入りでもなければ知っていると思うが、王都の北の玄関口、ここからさらに北へ進んだムーカンの湿地帯はサンドワームの一大繁殖地として名高い。だがご存知のとおり、サンドワームは繁殖期を終えると一斉に砂漠地帯へと移動を始めるモンスターだ。そこで我々に課せられている任務が、《サンドワームの先導》である」


 サンドワームと呼ばれる中型茶色のミミズ状のモンスターは、雨季が終わり数週間すると砂漠地帯へと大移動を開始する。サンドワーム自体にそれほど害はないが、大移動となれば話は変わってくる。


「はっきり言ってしまえば、奴らは鼻の利かぬ間の抜けた生き物だ。本能的な嗅ぎつけなどは一切なく、ただ闇雲に砂漠地帯を求め、見つからぬ限りは全滅するまで永遠と移動を続ける。それがどうしたと思うものがいるかもしれない。が、問題なのはその行動ではない。そのなのだ」


 サンドワーム大移動の対象となる個体は、湿地帯での繁殖を終えた全てにあてはまる。故に、何千、何万という途方も無い数が列を成し、大陸を移動し続けるのだ。


「十、二十ならばさして問題はない。だがその数が万となれば話は別。奴らの大移動は、言ってみれば災害。奴らが通過した後には草の根すら残らない。故に、人にとっては脅威でしかないのだ。別の地区ではワームの行列が王都を滅ぼした記録も残っている。決して例年のこととして侮るな!」


「ハッ!」と皆が声を合わせた。うんうんとうなずいたクルフは、一つあくびして、ゆっくり立ち上がった。


「ただーし、一つだけ補足。先行してるウチの部隊の報告によると、今年は王都周辺の天候が不順だった関係からかで、ちょ~っとだけワームの数が多いかもしれないって話なのね。だから十分気をつけて任務にあたるよーに。いいね?」


 再び「ハッ!」と面々が声を合わせる。


「では手はず通り進めていく。我々A班は先行のワームを削りつつ、奴らの進行方向を是正し誘導する。現在、奴らは湿地帯より南へと流れるユドラ川に沿って進行中と聞いている。A班はまず奴らをユドラ川沿岸より切り離し、西のマリ砂漠方面へと誘導する。南側最終防衛ラインはユドラ川と垂直に交差するペリテ運河線。簡単にいえばこの場所だ。仮にここを突破され奴らの列が運河を越えるようなことがあれば、最悪王都へと侵攻を許すことになる。その意味を各自理解しているな?」


 もし王都への侵攻を許せば、数万ものワームが一瞬にして街を飲み込み、ものの数時間でガルクスト王国はこの世から消える。それがわかっているからこそ、場の全員がゴクリと息を飲んだ。


「続いてB班はワームを左右から挟み、列からあぶれたワームを進路へと戻す、もしくは排除する。任務の成功率はB班の働き次第で変わると言ってもいい。心してかかれ。なお、C班は最終防衛ライン前の有事防衛拠点にて待機。連絡係含め、各班の命令体系は各自ちゃんと把握しているな?」


 ウェインを全体の長とする各班ごとの確認を終え、いよいよギルドの面々が装備を整える。面々によろしく頼むと声をかけ、ウェインは改めて最後の号令をかけた。


「ではこれより任務を開始する。各々抜かりなく、仕事を全うするよう。以上だ!」


「ハッ!」と返答した面々がそれぞれの持場へと散っていく。その様子を満足そうに聞いていたクルフが腕組みしながらうんうんとうなずいた。


「ところでマスターは、いつまでここにおいでで?」


 ウェインが意地悪く聞く。


「うーん、いつまでだろうね。どうにもなんだかがしてね、な」


「(アレってドレだよ……)またいつもの勘ですか。別にどうってことないでしょう、ミミズの行進は毎年のことです」


「だと良いんだけどね。なーんか臭うのよね、……もしかして、今日あの日?」


「(コイツ、一度殺すか)ふざけているなら顔の形が変わるまで殴りますよ。それに、暇ならば手伝っていただけませんか」


「うーん、俺はもう少しここで待機してるわ。ま、前線はウェインちゃん一人いれば余裕っしょ。じゃ、よろしく頼んだよ~♪」


 クルフは適当に手を振ってどこかへ行ってしまった。まったくあの人は、とストレス値をまた溜めたウェインは、大きく鼻から息を吐き本部を出発した。



 ―― しかしその頃、ムーカンに先行していた調査隊は、そこで異常な光景を目にしていた。



「 ヤバい、これ、どうすんだよ…… 」



 また新たな夜が明ける。

 ただ、激動の一日が始まってもなお、そこにファブリックの姿はない。


 なにせこの時、彼はまだ自宅ベッドの上でスーピーとイビキを立てていたのだから。


 そう。ファブリックには協調性がない。

 彼は途方もなく、団体行動が苦手だった……

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