第6話 一方的でワガママな命令


「この程度で我を落とせると思うな。昨晩は遅れを取ったが、生身の人間相手の戦闘で虚を突かれることはない!」


 激しく襲いかかる炎の塊が周囲の景色を変えていく。

 ピョンピョン飛び回り不細工に攻撃をかわしたファブリックは、背後にウェインを従えたまま、平原を抜け岩場へ駆け込んだ。


「どこへ逃げても無駄だ。我の炎は岩さえも溶かす!」


 一太刀で岩を吹き飛ばすウェインの攻撃に顔を歪めながら、ファブリックは辺りを見回した。そして身体が隠れるほど大きな岩陰へ飛び込み、姿を隠す。


「無駄だ、どこに隠れようと空気を通じて伝わる熱で貴様の場所は手に取るようにわかる。……そこだ!」


 岩ごと切り倒さんと剣を振りかぶった刹那、岩の裏側がボウッと揺れ、光が漏れた。しかしもう剣は止められない。

 剣先が岩へ到達する寸前、「ショット」という言葉とともに、ウェインの目の前の岩が弾け飛ぶ。


「 なッ?! 」


 糸状の水流がウェインの頬をかすり、後方へ抜けていく。あと五センチずれていれば顔面を貫通していたに違いない。


 ただ、攻撃は外れ、目の前にもう障害物はない。このまま剣を振り下ろせば、プライドを傷付けた相手が討ち取れる。

 怒りのまま剣を振り切ったウェインは、その瞬間、勝ちを確信した。しかし現実は少し違っていた。


「よし、チェックメイト」


 突然後方から声をかけられウェインは、後頭部をポンと軽くチョップされた。思わず「馬鹿な」と口を滑らせるが、振り向くこともできず静止する。


「ざーんねん。アンタは人間相手と言ったけど、そもそもスフィアは生き物じゃない。得意の熱を隠すことも、自動制御に切り替えることも、何より飛ぶことだってできる」


 背後にはイグニスに乗って宙に浮かぶファブリックがいた。そしてよいしょと不格好に飛び降り、今日はもうお終いと終戦を宣言した。


「な、なぜだ。どうやって背後に回り込んだ。お前は間違いなく岩陰へ逃げ込んだ、はず……」


「そんなに難しいことじゃないさ。岩陰に呼び込んだアクアで岩を壊し、岩が飛び散る一瞬のスキでイグニスに飛び乗り背後へピョーンと飛ぶ。俺にもそれくらいはできる!」


 ファブリックが「えっへん」と胸を張る。苦々しく舌打ちしたウェインは、「まだ私は負けていない!」と牙を剥いた。


「でもほら、君の仲間はαアルファがもう全滅させちゃったみたいだしさ。無駄なことはやめない?」


「ぜ、全滅だと?! あの小さな傀儡くぐつに全員やられたというのか!」


「だからさぁ、共闘したαアルファに一人で太刀打ちできるのなんか、アンタくらいなんだって。一体相手ならどうにかなるかもしれないけど、まとめてかかられたらひとたまりもないよ。実際にほら、もう誰の声も聞こえないでしょ?」


 シンと静まり返った岩場からすぐに小屋へと戻ったウェインは、見事に全滅させられた隊の仲間を見届ける。焼けて砂だけになった地面には倒れた隊員が多数おり、既に戦意を失っていた。


「ば、馬鹿な。我がギルドの戦士がこれほど容易く……」


「大した怪我はしてないはずだし、さっさと連れて帰ってよ。俺のことはもうほっといて。君らに危害加えるつもりはないから」


「ほうっておけだと? 貴様のような危険因子を黙って放置しろと言うのか?!」


「危険因子って酷いこと言うのね……」


「A級モンスターを一人で殲滅し、我が部隊を容易く全滅させた異常者を危険因子とせずなんとする。貴様、本当に何者だ!」


「何者だろう。……貧乏な村人A?」


「たかが村人に我々が負けるか!」


「と言われても……。このボロ小屋に住んでる、ごく普通の村人なんだが……」


 ウェインが地面に拳を叩きつけた。よもや返り討ちにあったなどとギルドに報告できるはずがない。是が非でも目的を達さず帰ることなどできようか。


「こうなれば相打ちしてでもッ!」


「んな大袈裟な。こっちはもう何もしないと言っているんですけど……」


 互いに無言の時間が過ぎる。今にも鼻の穴へ指が伸びそうなファブリックに対し、ウェインの怒りは頂点に達していた。


 その間に、ようやく立ち上がったギルドの面々が二人の周りに集まってきた。

 これならまた戦えると確信し、ウェインは右手を高く掲げ、「この者を捕らえろ!」と叫んだ。しかし皆は静かに首を横に振った。


「ウェインさん、諦めましょう。恐らくですが、我々では勝てません」


「何を馬鹿な?! 我らバラウルの戦士が一庶民に負けたなどと認めろと言うか!」


「ですが……、周りを見てください」


 ギルドの面々のさらに外。そこには周囲を取り囲むαが等間隔に整列していた。君たちは包囲されていると言われんばかりの様相に、皆がゆっくりと両手を挙げた。


「クッ、情けない。この為体ていたらく、お前たち無様だと思わないのか。こうなれば、……自らの手で自決するのみ!」


 剣を腹に突き立てたウェインを仲間たちが全力で押さえにかかる様を、ファブリックは一人、死んだ魚のような目で眺めていた。そして「ふぁ~」とあくびをしながらアクアとイグニスのエネルギーを切り、αを適当に回収した。


「放せ、私を死なせてくれ!」


「早まらないでください! 我らギルドにはウェイン様が必要です!」


 続くやりとりに飽き、ファブリックは部下の一人に「寝てていいか?」と尋ね、小屋横の切り株に腰掛けた。しかしすぐに気付いたウェインがつかつかと駆け寄った。


「そこ、勝手に寝るな! まだ話は終わってない!」


「喧しいな、なんなんだよアンタ……」


「百歩譲って、は我々が遅れを取ったことを認めてやる。だがしかし、貴様が脅威であることに変わりはない!」


「はぁ……」


「よって我ら王都直属ギルド《バラウル》は、現時刻をもって貴様を危険人物とみなす。もしそれを拒否するのならば、自らの手で、自らの行動によって潔白を証明するしかない。否、しなければならない!」


「……はぁ?」


「明後日、これより北東の丘陵地帯でサンドワームの進行が発生する。貴様は自ら前線へとおもむき、我らギルドの手となり足となり働き、自らの潔白を証明するのだ! 文句は言わせない!!」


「いや、なんだそれ、なんで俺が……」


「夜明けまでに丘陵地入口に設置されたギルドの簡易本部前に集合しろ。詳細はそこで説明してやる。ありがたく思え、愚か者め!」


「いや、ちょっと待て。俺の話も少しは聞け……」


「絶対に来い。さもなくば……、次こそ貴様を三枚に下ろし、オークどもの餌にしてくれる。帰るぞ、お前たち!」


 イライラを振りまきながら一方的に要件を伝えたウェインは、後ろ姿からも明らかな苛立ちをみせつけながら、仲間を引き連れ帰っていった。


「アイツは一体なんなんだ……」


 ポツンと放置されたファブリックは、なぜか敗北の後味を引きずりながら、再びベッドへと潜り込むのだった――

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