第5話 皆さんの相手はこの《α》がいたします


 翌、早朝 ――


 ビービーと鳴った警報音にイラつき目を覚ます。

 ベッドから起き上がったファブリックは、アクアの頭をバンと叩き、目をこすりながら寝室の隅に置かれた小さな箱のフタを開けた。

 中には細かく光る電飾の束と、小屋周辺を模した小型の地図のようなものが詰め込まれていた。


「朝っぱらから魔物? いや、白光てことは人か亜人か。……にしても多いな」


 窓の隙間からそっと外を覗いたファブリックは、特段変化のない周辺の様子に苦い顔をする。どうやら間違いない。何らかの意図をもって囲まれている。


「十中八九、昨日の姉ちゃんだろう。にしても、昨日の今日でいきなりくるかね。もう少し大人の余裕というものをだな……」


 ぶつくさ文句を言っていても始まらない。光の強さから察するに、それなりの手練が20~30人、敵意を持ち身を隠している。


「たった一人の好青年相手に大人げないなぁ。しかもこんな朝っぱらから。……そう考えたらなんか腹立ってきたな。よーし、みてろよ」


 悠長に寝間着から部屋着に着替え、ファブリックは棚の奥から細かな10程度の小物を取り出し、ベッドの上に並べた。そして一つずつを指で弾きながら、「エネルギー充填はバッチリ!」とニヤけた。


「奴ら、俺一人ならどうにでもなると思ってんだろーけど、そうはいかないな。今どきの自由人舐めんなよ」


 並べた物を一つひとつを起動させ、悪そうな顔でうなずいた。


「すこーしだけ痛い目にあわせたる。よし、行ってこい、俺の可愛い《αちゃん》たちよ!」


 蜘蛛状に脚を生やした《αアルファ》を物陰から放ったファブリックは、その様子を笑いながら隙間から覗く。五センチ程度の小さなαが、平原の草花に隠れ小屋を囲んだ兵へと行進を開始した。


 そして数十秒後、少し離れた場所から「ウゥッ!」といううめき声が響き渡った。



  ☆☆☆☆☆☆



 それよりさらに数時間前 ――



「このまま済ますと思うなよ。必ず奴の素性を突き止める。情報をかきあつめろ、丸裸にしてくれる!」


 襲われた貴族と賊の残党を王都へ届け終え、無事任務を終えてもなおウェインは苛立っていた。

 相手を軽く見ていたこと、あわや隊を全滅しかけたこと、そして謎の男に命を救われたこと。どれもがウェインのプライドを著しく傷つけ、今なお苛立ちを再燃させた。

 とりわけ、生まれてこの方エリート街道を邁進まいしんしてきたウェインにとって、得体も知れない男に命を救われたことは、彼女の自尊心そのものをズタズタに引き裂いた。


「まだ情報は集まらんのか。たかだか小男一匹の情報も集められないとは、それでも貴様ら《バラウル》の一員か!」


 苛立ちはまさに最高潮。ギルドの誰もウェインを止められそうにない。

 ただ一人、ある人物を除いては――


「なんだウェイン、随分と荒れているな。イライラはお肌の天敵だぞ」


「なんだと?! うっ、これは、マスター。……いえ、こちらの話です」


 王都直属のギルド《バラウル》本部の扉が開き、あくびをしながら入ってきたのは《クルフ=チャンプ》だった。クルフはバラウルのマスターであり、ガルクスト王国におけるギルド関連職を一手に統括する最高責任者の一人でもある。


 珍しく姿をみせたクルフの登場に、ギルドの面々の顔が強張った。

 それもそのはず、王都の要職についているという大義名分を盾にサボりの極地を尽くすこの男が現れたということは、今現在、他ならぬ厄介事が発生した(している)ことを意味するからだ。


「珍しいですねマスター、また何か事件でも?」


「相変わらずトゲがあるなぁ。用がなけりゃ本部へ来るのもダメなのかい? こう見えて俺、一応ここのマスターよ?」


「建前はマスターらしい仕事をしていただいてからお願いします。で、なんの用です?」


「つれないなぁ、ウェインは……。なーに、実はまたが発生してるみたいなのよ。近々コッチへやってくるみたい」


「アレとは、もしかして、ですか?」


「そう、ソレ。しかもなぁ、今年はいつもより多いらしいのよ。誰かさんの腹の中に詰まってるみたいに」


「(このジジイ……)しかし我らギルドはご存知の通りで人が出払っています。そちらに割けるほど人員は残っていません」


「あらそうなの。でもそのわりに、……ねぇ?」


 ウェインの指示で走り回っていた部下の様子を一瞥いちべつし、「暇そうに見えるけど?」と付け加えた。


「け、決して暇などでは。少々、別口の賊に関する調査をしていたところで」


「賊ぅ? 珍しいね、君がわざわざ下調べなんて。ほら、君アレじゃない、いつも調べるより先にぶん殴っちゃうタイプじゃん。理由もなく」


「うッ?! こ、今回はた、たまたまです。相手がと情報が入っておりましたので……」


「ウィッチぃ? アレを狩れる者がウチの関係者以外にいると。なにそれ、余所者よそもの?」


「いえ、……西の平原に一人で住んでいる男なのですが……、その」


「歯切れが悪いな。場所が割れてるなら奇襲で捕まえちゃえばいいじゃない。得意技でしょうが」


「まぁ、それはそうなのですが……、なんというか……」


 状況を知っているギルドの面々が視線を外したことに気付き、クルフが頭を掻く。なるほどワケアリね、と察したクルフは、ならばそちらをさっさと片付け、の討伐へ向かってくれと命じた。


「その代わり、面倒事は今日中に終わらせること。どうやらそちらは問題がありそうにも思えんし、無理ならまた今度にしろ。今はまずアレの駆除、いいな?」


 クルッと反転したクルフは、適当に手首を振り、プラプラと帰ろうとする。

 しかしウェインが強引に呼び止めた。


「マスターはこれからどちらへ?」


「お、俺はアレだ、だ。まぁアレだ、あっちもまだ全然片付かないからな、現場確認だよ、確認」


 その場の全員が『飲み屋だろ』という心の声を噛み殺した。上機嫌に帰っていく姿に舌打ちしたウェインは、さらに積み重なった苛立ちを瞳に込め、場の全員を睨みつけた。


「明朝、奴の根城を包囲しAAダブルエー.ファブリックを連行する。それまでに情報をさらっておけ、いいな!」



 ――――――――

 ――――――

 ――――

 ――



 こうして可能な限りの人員を集めたウェインは、ファブリックを捕らえるべく隊を組み、早朝から小屋周辺に陣取っていた。あのを使う前に身柄を抑えてしまえば、しょせんは雑魚。ならば寝込みを襲撃するのが最も効率的な手段である。


「昨日の今日で奴も油断しているはずだ。あのに注意し、余計な動きをされる前に捕らえるのだ。夜明けとともに行動を開始する。各自配置に付け!」


 三方向に散らばったウェインらは、日が昇るタイミングを見計らい身を隠していた。ただ既に、それに気付きファブリックが準備万端構えていることなど知る由もなく……


 夜更けは近い。態勢を整えたウェインは、声を出さず身振りで合図を出す。建物は破壊しても構わないと強引に許可を取った手前、手加減は元より考えていない。始めから総攻撃をかける、……つもりだった。


 しかし事態はうまく回らない。


「ウガァッ!」


 小屋を挟んだ反対側から男のうめき声が響いた。何が起こったと全員の視線が引っ張られる。

 しかし声は別方向からも聞こえてくる。「グァッ!」だの「オゴッ!」だの、別の場所から漏れる音に、ウェインが何事だと頭を上げた。


「な、何か小さな影が! ゴフッ!」


 想定外のことが起きている。ウェインは周囲を見回し、「警戒しろ!」と叫んだ。


 どうやら先手を打たれた。ウェインは剣を手に周囲の草木を焼き払った。するとそこから小さな影が飛び上がり、近くにいた兵へと何かを発射した。


「な、なんだ?!」


 ウェインの声とだぶるように部下の悲鳴が上がった。肩口を撃たれたのか、痛みでのたうち回る部下を尻目に、再び姿を隠した小さなを目で追う。


「……魔物? 何か小さな物体に狙われている。周囲の物陰に気をつけろ、突然襲ってくるぞ!」


 その間も部下の悲鳴や嗚咽が途切れることなく増えていく。万全を期して集めた33人の兵も、既に半分はやられているかもしれない。


「集中しろ、攻撃にそこまでのスピードや殺傷能力はない。落ち着いて対処すれば避けられる、集中を怠るな!」


「ハイッ!」という返答が一斉に上がり、場に静けさが広まっていく。

 ウェインは高く飛び上がり、小屋周辺の草木を一斉に焼き払った。するとそこからピョンと跳ね、いよいよあらわになった10ほどの小さな敵の正体を発見する。


「なんだアレは。魔物の類か?!」


 八本足で這い回る小さな生き物(?)は、無駄なく人間の急所を検知し、直線的に攻撃を開始する。しかしギルドの面々も相手の姿がわかれば簡単にやられはしない。どうにか攻撃を躱し、反撃に打って出る。


「簡単にやられてたまるかよ、これでもくらえ!」


 一人が小さな影に剣を振るった。

 生物ならば足の一つも切れそうなものだが、は空中で力を上手く逃し、美しく地面に着地した。


「なんだコレ、も、モンスターじゃないのか?!」


「狼狽えるな! 恐らく奴が使っていた丸い武器に似たものだ。攻撃を続ければ必ず打ち砕ける!」


 ウェインの鼓舞にギルドの部下たちが応える。

 ただそれと同時に、「確かに」と返事する者がいた。


 その男はいつの間にか小屋の屋根であぐらをかき、必死に戦うウェインらを肩肘付きながら見つめていた。


「そんな野蛮なもんで殴り続ければ、もちろん壊れるさ。αアルファはいわゆる自立歩行型の量産品で防御機能も多くないからね。でも油断しない方がいいよ、攻撃力はそれなりに備えてるから」


 遠くの山陰から覗く陽の光に照らされファブリックが不敵に笑った。

 また出し抜かれたと奥歯を噛んだウェインは、苛立ちを見せつけるように炎をまとった剣先をファブリックへと向けた。


「貴様、一度ならず二度までも。我々を舐めたことを後悔させてくれる!」


「んなこと言われてもね、喧嘩売ってきたのはそっちでしょ。こんな朝っぱらから武器振り回す迷惑なお嬢様たち?」


 また一人αにやられた隊員の声をきっかけに、攻撃対象をファブリックに切り替えたウェインが飛びかかった。

 小屋を壊されちゃこまると慌てて飛び降りたファブリックは、お世辞にも素軽くない走り方で、焼き払われた範囲の外へと逃亡する。


「無礼者め、敵に背を向け逃げるのか?!」


「だーれが正面から戦うか。あと残念だけど、君らは俺のテリトリーにいるってことを忘れない方がいいよ」


 ファブリックの言葉を肯定するように、αの攻撃が一斉にウェインへ向けられ発射された。しかし本気になったウェインに攻撃は当たらず、それがただの時間稼ぎにしかならないのは明白だった。


「およっ、やるなぁ、お姉さん。各なる上は……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る