第2話 表を歩くのは性に合わない
「こうなったら、また"アレ"を売るしかない。ったく、いちいち面倒なんだよな」
夜明けとともにボロボロの袋に荷物を詰め込んだファブリックは、見渡す限り何もない平原を出発する。絶食四日目に突入した腹はいよいよ泣き止む気配もない。
ファブリックの住むガルクスト王国周辺は、大型モンスターの生息数が少なく、各地点在するダンジョンのレベルも低い。
稀に発生する高レベルのダンジョンやモンスターが世間をざわつかせることはあっても、王都に属するギルドが常に目を光らせ厳重に管理しているため、おおよその平穏は保たれている。
そのため多くの冒険者が王都を中心として集まり、今やガルクストは一大巨大都市として栄えていた。とはいえ、ファブリックの住む辺境の平原一帯まで王都の栄光が届くには至っておらず、頼る術もない彼は、ただ徒歩で王都を目指すほかない。
平原を抜け、谷を越え、時折河原で水を飲みながら、片道半日弱を要する道のりを辿ったところで、ようやくガルクスト王都は見えてくる。
ここへやって来るのも二ヶ月ぶりかと額の汗を拭った。
「通行手形を」
手を差し出す門兵にくしゃくしゃの紙切れを提示し、ファブリックは門兵と目も合わさず城下の街に入った。なにせ彼は、人と目を合わせるのが苦手だった。
街は人も多く、魔法やスキルで彩られた様々な種類の店から、活気ある声が漏れている。屈強な男女が練り歩く中央通りの端を隠れるように歩くファブリックは、訪れるたび少しずつ姿を変えていく王都の街並みに眉をひそめる。
今も昔も、人が集まれば社会は発展するものだ。しかし反対に、人が集まれば、わずらわしい関係性も必ず生まれる。
するとどうだ。あれだけ自由だった生活は一変し、面倒この上ない"無駄な時間"がまた生まれてしまう。
「それだけは御免だ。せっかく
異世界は生きづらかった
全てに自己責任という大義名分がのしかかる代わりに、堅苦しいルールは一つもない。
魔物や悪人、絶対的な身分制などは確かに存在したが、その気になればどうにでもなる。何より衣食住は自由だし、仕事の強要もない。誰かに陰口を叩かれ、『器用貧乏』と罵られることだってない。
「ふん、"器用貧乏"の何が悪い。その気になればなんだってできる。それが俺の
王都の中央分離帯で大々的に開かれているパブで談笑する男女を横目でやり過ごし、迷うことなく一直線に目的地を目指していた。次第に少なくなっていく人影とともに、少しずつ周囲の景色も変わっていく。
物事には裏表が必ず存在する。裏通りをさらに二本抜けると、華やかだった表通りの喧騒が嘘のように、どこか凡庸に薄茶けた古臭い建物だけが残る一角に辿り着く。
周囲を一瞥したファブリックは、視線を確認し、茅葺き屋根の小屋の戸を叩く。そして『入んな』という返事を聞き終わる前に、身を隠すように身体をねじ込んだ。
良い意味で田舎の祖母の家、といったカビ臭く狭い室内の小上がりに、老齢の怪しい男が座っている。
隣に腰掛けたファブリックは、持参した袋から、また小分けにした袋をいくつか取り出し手渡した。
「……銀貨に。レートは？」
「青鉱石なら一枚、赤なら二枚。水黄は三枚」
「前より悪いじゃん。足元みるなよ」
「文句があんなら他あたりな。近頃はギルドの締め付けが厳しいんだ」
「ちっ、……青三つで一枚追加。それ以下はねぇ」
「……まいど」
中身を数え終えた男に金を受け取ったファブリックは、しけてんなと呟きながら立ち上がる。しかしポケットに銀貨を詰めたところで、扉がドンと開いた。
『 全員動くな！ 』
突如侵入した大勢に囲まれた二人は、無言のまま一瞬目を合わせ、黙って手を挙げた。また面倒事だ、とファブリックが目を細める。
荘厳な鎧に剣を構えた兵士らしき数人に続いて、また一人小屋に入ってくる。
取り囲んだ屈強な男と違い
「隠した物を出せ。逆らえばこの場で斬る」
天に掲げた指先でハイハイと返事した主が、ファブリックから買い取った石の小袋をテーブルに積んだ。
華奢な人物は顔を覆っていた兜を脱ぐと、小袋の口を開け、中の石を一つ掌へと落とす。
「申請のない
「ああ、ウェイン。それはさっき、表通りの鉱石屋で買ったのさ。暖房装置が壊れてしまってね」
「暖房、物は言いようだな」
ウェインと呼ばれたブロンドの髪色をした長髪の女は、主人の鼻先に剣を突きつけた。そしてそのまま切っ先をファブリックの喉元へとスライドさせた。
「違法な鉱石の流通は市場を乱す。必要ならばギルドを通し正規の価格で売買を行うのが筋というもの。なんなら、ここの倍ちかい値が得られるはずだが」
切っ先を目の前まで上げたウェインは、抵抗する素振りを見せない二人の様子に取り囲んでいた部下を下げさせた。
「それにしても……、コイツは驚いた。このあたりでは滅多にお目にかかれない高純度の鉱石だ。貴様、コイツをどこで手に入れた？」
「どこと言われても。それは俺のじゃないんで」
「しらばっくれるなよ。貴様が売ったものだろうが！」
「と言われてもね。証拠があるのか？」
「証拠だと？ ……なんなら貴様の体に直接聞いてみるか」
脅しに一切動じることのない二人を前に、ウェインが舌打ちする。
「茶番がいつまでも通じると思うなよ。近く裏町は掃討作業が実施される予定だ。どちらにしても、貴様らはそれまでということ」
「へー。で、もう行っていいの？」
素知らぬ顔で小屋を出ようとするファブリックの背中に剣先が触れた。
「貴様にはまだ話がある。そのままゆっくり表へ出ろ。下手な動きをすれば、……わかるな？」
「うるせぇなぁ」と頭の後ろで手を組んだまま外へ出たファブリックは、取り囲む兵士に睨まれたままクルッと振り返った。
同じく剣を構えたまま外に出たウェインは、一切動揺を見せないファブリックに眉をひそめる。
「近頃、西の平原近くで
「武器一つ持ってない俺が？ どうしたらそう見えるんだよ」
「その袋、何が入っている？」
「買った食料入れるために持ってきたんだ。別にいいだろ」
確認しろというウェインの指示で部下が袋を取り上げた。大人しく袋を渡したファブリックは、頭の後ろで手を組んだまま「ふぅ」と息を吐く。
「二つ、球状のボールのような物が入っているだけです。あとは特に……」
「だから言ったろ、なにもないって。ほら、返せよ」
兵士から袋を回収したファブリックは、「もういいだろ？」と手を振り、その場を離れた。
獲物を取り逃がしたと舌打ちしたウェインは、部下に「あれは何者だ」と聞いた。部下の一人が通行手形から割り出したファブリックの情報を選別し手渡した。
「ＡＡ(ダブルエー).ファブリック。数年前より王都西のサファテ平原に住み着いた冒険者、か。所属は王都、だがギルドでの任務経験などはなく、これまでの経歴は一切不明。おい、前に賊が現れた場所はどこだ？」
「サファテ平原からほど近い丘陵地帯だったかと思われます」
「決まりだな。賊と何らかの関わりをもっているに違いない。後を追う、すぐに準備しろ――」
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