第18話 見事すぎて そして、加害者な一撃⁉︎

 その視線の先には、四人組の中のひとりが、今まさに、さくらの華奢な腕を掴んで、自分たちの輪の中に引き寄せようとしているところだった。

 それを、さくらが必死? に抵抗しているようにも見える。

 ただ実際は……。



 数分前に遡る。

 しのぶたちが買い物のために、目の前の店に入ってから、既に一時間が過ぎようとしている。

 さくらは、その店の対面にあった、車止めを兼ねる微妙な形のオブジェに、ちょこんと腰掛けたまま、五人の出てくるのを待っていた。

 休日と、学生たちは夏休みということもあって、その全国的に有名な商店街は、買物客で賑わっていた。


 オブジェに腰掛けるさくらに、不意に影が差す。

 太陽の光が遮られたことによる明るさの変化に、さくらが視線を上げた。

 さくらの視線の先には、さくらよりも年上に見える、四人の男たちの姿があった。

「おっ、思ったとおり、かわいいじゃん」

 その中のひとりが、さくらに向けて、軽薄そうな態度と言葉で話しかける。

「彼女ぉ、さっきから、ずっとひとりだったよね?」

「彼女ぉ……?」

 その声に、さくらが眉尻を少しだけあげ、小声で呟く。そして、彼らからの声が聞こえなかったかのように、さくらはまた視線を落とした。

 ただ、その落とされた視線の先は、さくら自身が摘んでいる、少しだけ隙間のできた襟元の中、つまりは胸元だった。


 上から見下ろす形で、さくらの色白の首筋から鎖骨にかけてのラインを、偶然目にした四人組の一人の、息を飲む音が聞こえた。

 最初のひとりに触発されるように、矢継ぎ早に三人が続く。

「彼女ぉ……? 彼氏と待ち合わせ?」

「三十分以上待たせるなんて、ヒドい彼氏だね?」

「彼氏が来るまで、俺たちと遊ぼうよ」

「彼女ぉ……?」

 さくらは、それでも視線を落としたままでいた。呟きはしても、当然、彼らに向けて返事をする気はない。

 そんなさくらの想いを、気にすることなく踏み込んでくる四人組。


「かわいい顔してんのに、怒ってっと嫌われるぞ、彼氏に」

「あっ、もしかして、その彼氏にフラれちゃったのかな?」

「こんなにかわいい彼女を、フっちゃうなんて、どうかしてんねぇ? その彼氏」

「俺たちが慰めてやるよ」

 さくらが返事をしないことで、四人組は、勝手放題のことを言い始めている。

 それを聞かされているさくらは、ため息をくばかりなのだが。

 そして、ついに、なんの関心も示さないさくらに、痺れを切らしたのだろう。四人組のひとりが強引に、さくらの華奢な手を掴んだ。


 ここが、ももが上から目撃して、思わず声をあげた場面。

 腕を掴まれたさくらが、ヤレヤレと頭を左右に振りながら、四人組と対峙する。

「これは……なんの真似ですか?」

 掴まれた手首に視線を向けながら、さくらは声のトーンを落とし、四人組に向き合った。

「おっ? その低音の声もかわいいな」

 さくらが、ごく普通の男の子声で、低く唸ることができていれば、この事態も一変していたのかもしれない。それこそ、ドスのきいた声で一喝できていればである。


「怒らせちゃったぁ?」

「それはいけないね。じゃあ、怒らせちゃったお詫びに一緒に遊びに行こう」

 謝罪の言葉ともとれる物言いとは反対に、四人組の表情にイヤらしい笑みが浮かび始めていた。

 その笑みを見たさくらは、嫌悪感全開で、もう一度ため息をいている。


 そして。

「そろそろ、この手を放していただけませんか?」

 さくらが、相変わらず、当然、女の子としては低音の声で、四人組に話しかける。

「細かいこと気にすんなよっ」

「俺らと遊ぼうぜっ」

 次第に、四人組の言葉遣いが乱暴になりつつある。

 そして、その乱暴さが、行動にまで現れだしていた。

 不意に、さくらの掴まれていた華奢な腕が、力任せに引き寄せられた。腰掛けていたオブジェから、無理やり立ち上がらされる。

 強引に引き寄せた男の胸が、さくらの視界に飛び込んできた。



「アハハハハハハハハハッ……」

沙羅さら? 周りに迷惑だよ……」

「だ、だって。アハハハハハハッ……」

「沙羅さん、笑い事じゃありませんっ」

「うっ、そ、そうだけどさぁ、アハハッ、イヒッ、ヒィ……」

「もぉ、沙羅ちゃんはほっとこう……」

「はぅっ、ご、ごめんなさい、マリさん。ほっとかれんのはヤです」


 沙羅が、少し前に勃発した事件の顛末を、思い出して大笑いし、それを、美亜が嗜め、さくらが頬を膨らませて沙羅を責め、マリが沙羅抜きでの会話を提案することで、無理やり沙羅を黙らせたところだった。

 笑いすぎの所為か、全員に叱られそうな雰囲気を察知したのか、沙羅の大きな瞳には、大粒の涙が浮かんでいる。

「絶対に笑いすぎの涙だ、あれ……」と思ったさくらが、拗ねた素振りのまま、ボソっと呟いた。


「ぼく……、沙羅さんのこと、キライになれそうです……」

 さくらの呟きを、聞き逃さなかった三人が、揃ってさくらに視線を向ける。

 その中のふたり、さくらの隣と斜め向かいのそれは、心なしか嬉しそうであり、残るひとつは、ツリ目がちな瞳を見開いたまま固まっている。

 大きな瞳の持ち主、沙羅が挙動不審な動きのまま、必死に言い訳を始めた。


「だってさぁ。あの四人組の顛末見てたらさぁ。揃って悶絶どころか、一瞬のうちに、意識まで持ってかれちゃってさ。駆けつけてきた警察の人たちも、訳わかんない……って顔してるところに、とどめにさくらちゃんたら、熱中症で倒れたんじゃないですかぁ? なんて、女の子を装って、シレっと言うし……。ホントごめん。さくらちゃんは、それどころじゃなかったもんね……」

「ホントですよぉ……。あの男の人に抱きつかれたんですよ。ぼくはそんな趣味、持ち合わせてないっていうのに……」

「災難だったね、さくらくん……」

「はい……」

「ホントの災難は、さっきの四人組のほうじゃないのぉ……?」

「マリ姉まで、そんなこと言うんですかぁ?」

「なにが、そんなこと……なのよ。さくらちゃんたら、あの男の人に持ち上げられて、抱きしめられる直前に、渾身の一撃見舞ってたじゃん。それも鳩尾に」


 美亜は、本気でさくらを憂い、マリは本質を見抜き、そして、沙羅に至っては、さくらの動きを解説するほどのものが見えていたようだ。

「一撃必殺しちゃったんですかぁ? さくらくん」

 今度は美亜が、目を丸くする番のようだ。

「必殺って美亜ちゃん? 相手の人、死んでないから……」

 マリが美亜の言葉にツッコミをいれている。


「でもさぁ、あとの三人は、どうやったの? さすがに、誰ひとり気づかせずに、全滅させんのは無理でしょ?」

「えっ? 無理ですか? まぁ、周囲の目をかいくぐるのはたいへんでしたけど、特に難しいことでは……」

「見舞ってきちゃったのね、三人にも……。ホントに相手が災難だったわ」

 沙羅の質問にも、さくらはシレっと答える。


「ぼく……、やりすぎましたね。彼女ぉ……って言われたところで、カッとなったっていうか……」

 さくらが俯きながら呟いた。

「一歩目から地雷踏んでたのかぁ、そいつら……。あれ? でもさくらちゃん? 警察の人の前では女の子演じてたよねぇ? まったく疑われてる様子もなかったけどさぁ……」

「実は男の子なんですって言ったら、喧嘩してただろう? ってなるじゃないですか? 被害者が一転加害者ですよぉ」

「計算づくかよぉ……」

 今度は、沙羅が呟く。その後、大きく肩を落とした。


 それから程なくして、桃の滞在用の衣類を、いろいろ買い込むために、ここまで別行動していた、しのぶたちが合流してきた。

 合流後の話題も、さくらによる撃退譚だったことは、いうまでもなかった。

 しかし、この話題も、漸く終わりを告げようとしている。

 その理由が、沙羅が放った質問に、さくらが動揺ひとつせず答えたためなのだが。さくら以外が一斉に距離を取ってしまい、それ以上の展開を躊躇ためらったのだ。


 それが。

「さくらちゃん? ああいう場合、何人までならひとりで相手できんの?」

「別に、何人でも構いませんけど……」

「武器とか凶器とか持ってたら、どぉ……?」

「避ければいいんですよ。それに、魔法もありますし……」

「ふうん……」

 しのぶ以外からの返事は偶然にも重なり、店内に異様な余韻を残した。



 全員で商店街に戻り、魔桜堂まおうどう店内の奥の部屋で、全員の水着姿が披露された後のこと。

 さくらが、全員の『見てもらいたい願望』を感じ取り、それぞれ違った褒め言葉をかけたことで、漸く終結を迎え、平和が訪れていた。

 小百合さゆりが、さくらを、忙しさを理由に、店の手伝いと称して救出してくれたことも、そこから抜け出すのに大きく貢献していた。


 それをきっかけにして、しのぶとマリも自分の店に戻っていった。

 リビングに取り残される形になった、沙羅、美亜、そして桃の三人は、小百合が持ってきた冷たい紅茶を飲みながら、なにやらヒソヒソと話し込んでいる。


「わたしはお兄ちゃんとは、結婚できないし……」

「なに言ってるのよ、桃は。あんたたち、兄妹なんだから、あたりまえでしょうが」

「だからって、沙羅に取られるのもやだなぁ……」

「取られる……って、人聞きの悪い言い方しないでよね」

 沙羅が頬を膨らませて、対抗している。小学生の桃に。


「沙羅ぁ、桃ちゃん相手に大人げないよぉ……」

 美亜が苦笑混じりに、沙羅を窘める。

「だって、桃ったら……」

 美亜にまで、同じ顔をして見せる。

「もぉっ、沙羅ったら、そんな顔しないの……」

「だってぇ……」


 沙羅と美亜の話を聞いていた桃が、なにかを思いついたように、ニヤニヤしている。

 その表情のまま、沙羅を一瞥する。そして、沙羅に聞こえるようにわざとらしく言葉にした。

「そうですよ。うん」

「どうかしたの? 桃ちゃん……?」

 いまだに不満顔の沙羅を宥めながら、美亜が桃に聞く。

「沙羅だったらヤですけど、美亜お姉さんだったらいいです」

「ん……? わたしだったらなにがいいの?」

「はい、美亜お姉さんが、お兄ちゃんの彼女さんになってください」

「彼女さんて、えぇぇぇっ」

 もちろん、大声をあげたのは沙羅のほうだった。


「沙羅ぁ、うるさいです。少し静かにしてください……です。わたしは、今、美亜お姉さんに、お兄ちゃんのことをお願いしているです」

 桃のはっきりした言葉と態度に、思わず返事も小さくなっていく。

「あうぅっ、ごめん……桃。……じゃあないわよぉっ。どうして、桃にそんなこと言われなきゃいけないのよぉっ」

 沙羅が噛みつく。小学生の桃に向かって。


「お兄ちゃんには、沙羅みたいに騒々しいのより、美亜お姉さんみたいな、落ちついた女の人のがいいに決まってますぅ……。べぇぇっ」

 桃の応酬。高校生の沙羅に対して、一歩も引き下がらない。

「騒々しい……って、さくらちゃんはおとなしいから、わたしみたいなのとは、バランスがとれるんですぅ……。んべぇっ」

「いつもうるさいだけの、沙羅の相手を毎日させられてたら、お兄ちゃんが疲れちゃいますよぉだ。そんなのかわいそうすぎますっ。見てられませんっ」

「さくらちゃんが疲れたときは、わたしが癒してあげるからいいのよっ」


「どうやってよっ。わ、わたしが、今の沙羅に負けているのは、背の高さと、む、胸の大きさだけよっ。沙羅の歳になったら、今の沙羅よりきっと、大きくなるんだからっ」

「なれるもんなら、なってみなさいよ」

 沙羅が自分の胸を強調してみせる。

「ホントに大人げないなぁ……」

 桃に言われた当の美亜は、落ちつききった様子で、本気でやりあっている沙羅たちに冷たい視線を向けている。


「だってぇ……。も、桃がぁ」

「桃ちゃんだって、本気で言った訳ではないと思うよぉ……。それなのに、小学生のレベルで、胸の大きさを競うって、どぉなのよぉ。アル者の余裕……?」

 言われた沙羅が小さくなっていく。

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