第17話 夏といえば そして、女子流な約束⁉︎

 一夜明けた次の日。


 しのぶを始め、買い物を終えた女性陣五人が、談笑しながらさくらが待っているはずの店の外に向かっていた。

 先頭を歩くしのぶが、後ろの四人に視線を向けている。

 その後ろの四人は、それぞれに思惑があるのだろう。そんな四人を見つめるしのぶは、思わず笑みを漏らしている。


「しのぶさん……? どうしたんですか? 突然、水着買いに行こうなんて……」

 しのぶのすぐ後ろを歩いていた、沙羅さらが問いかけた。

「だって、みんな夏休みでしょ? 沙羅ちゃんも、どっか行きたいって、騒いでたらしいじゃない? だから、でかけようかな……って思ったからだけど? まぁ、ついでもあったし……」

 しのぶは、笑顔のままで、沙羅の質問に答える。

「だからって、どうして水着なの……?」

 沙羅の隣を歩く、マリが続く。

「マリちゃんまで、そんなこと言うの? 夏休みに出かけるっていったら、海しかないでしょ? だから、ついでもあったし……」

 マリの質問にも、何事もなく答える。


「でも……、しのぶさん? そのために、わたしたちの水着まで一緒に買っていただいてよかったんですか? ねぇ……? ももちゃん?」

「はい、わたしにまで……」

 沙羅たちの後ろからついてきた、美亜みあと桃も申し訳なさそうに、しのぶを見つめた。

 しのぶはもう一度、優しく微笑むと、四人に向けて言い放った。

「みんなで今日買った水着で、さくらちゃんにアピールするわよ」

「アピール……て? どうやってです?」

 しのぶの爆弾発言じみた言葉に、沙羅がくいついてくる。

「の、う、さ、つ……に決まってるでしょ」


「悩殺……って、えええええええぇっ……」

 しのぶが一音ずつ発音した言葉を、沙羅がくりかえし、その意味を理解した途端に慌てだした。

「の、悩殺? わ、わたしが……ですかぁ?」

 恥ずかしそうな言葉の雰囲気とは反対で、マリを巻き込みながら体をくねらせていた。

 悩殺する気は、あるようだ。


「そうよ……。そのために、沙羅ちゃんは、胸が強調できるのを選んだんでしょ?」

「あぅ、どうしよぉ……、美亜? いいのかなぁ? さくらちゃんに、そんなことしても?」

 沙羅が自分の後ろから、ジト目で睨んでいる美亜に問いかける。

「いいんじゃないのぉ……? 悩殺できるっていうほどのおっぱいは、沙羅だけなんだしさぁ……」

「そうです……よぉだ。お兄ちゃんは、そんなおっぱいだけの沙羅に、悩殺されたりなんてしないんですっ」

「沙羅ちゃんは、裏切り者の……おっぱいだ」

 沙羅の後ろをついてきていた美亜と桃が、沙羅の隣にいたマリの腕を引いて、自分たちの輪に加えた。それぞれのリアルな思いがぶつけられる。


「美亜はどうしてそんな目で、わたしを見るの? 桃もどうして怒ってるのよぉ? それに、マリさんの、裏切り者のおっぱい……って、どんなですか?」

 慎ましやかな胸の膨らみを押さえた三人組を、一度に敵に回した感のある沙羅が、泪目になりながらも、精一杯の反抗を試みる。

 そんな沙羅が、あまりにもかわいそうに思えたのだろう。

 そもそも元凶はしのぶなのだが、とりなすように三人に話しかけた。


「まぁ、桃ちゃんの言うように、さくらちゃんの好みも判らないしさ。それに、三人ともとってもかわいい水着選んだじゃない? この際、さくらちゃんに決めてもらっちゃおうよ。ね?」

 しのぶが、この場にいないさくらに、事態の収拾を……丸投げした。

「いいのぉ……? しのぶさん、そんな勝手なこと言って。さくらちゃんだって、怒ると思うけど」

 マリは呆れた様子で、しのぶを問い詰める。


「怒るかなぁ?」

「お兄ちゃん……、わたしの水着姿見ても喜んでくれるかな。沙羅みたいにおっぱい大きくないけど……」

「さくらくんも、大きいほうがいいのかなぁ……。沙羅みたいに、無駄におっぱい大きいほうが……」

 桃と美亜がせつなげに、未だに自分の胸に手をあてている。

「な、なによぉっ、美亜ったら。無駄におっきいとか言うなぁっ。これだって、あったらあったでたいへんなんだぞ」

 沙羅の必死の抵抗が続く。

「むぅ……、沙羅には、ナイ人の気持ちとか解んないでしょっ」

 ついに、個人戦へと突入した。


「あぅっ、わたしだけが悪者だ」

「もぉっ、こうなったら、さくらくんに決めてもらいましょ……?」

「望むところだぁっ」

 そして、開戦。

 取り残された三人は、首謀者のしのぶを始め、マリと桃が後ろに隠れたまま、なんとなく一線を引いていた。

「ところで、さくらくんは……?」

 しのぶたちを含めた、ほぼフロアー中の視線に気づいて、興奮の冷めた美亜が、顔を紅くしながら呟いた。


「ん? さくらちゃんなら、さすがに恥ずかしいから下で待ってるって。あそこにいるわよ……。あれっ?」

 美亜の呟きに答えたしのぶが、窓越しに階下にいるはずのさくらを指差したところで、その様子に首を捻っていた。

「どうかしたんですか? しのぶさん?」

「あぁ、うん。あそこでさくらちゃんと一緒にいる四人組って、美亜ちゃんたちの学校の子たち……?」


「どれどれ……?」

 しのぶの言葉に、沙羅までもが窓際まで寄ってきては、二階からその様子を窺っている。

「うーん? 見たこと……ないよね?」

 沙羅が、美亜に聞いた。

「そうだね。わたしには、学校の人たちすら、未だによく判らないけど……、さくらくんの周りでは見たこと……ない」

 美亜の返事。


「あれが、俗に言う……、ナンパ?」

 マリが、怖さ半分、興味半分という雰囲気で、窓際まで近づいてきて呟く。

「新手のナンパですよね? 大勢で取り囲むなんて、完全に犯罪……です」

 マリの隣から、桃が顔を覗かせている。

「男の子のさくらちゃんを、ナンパするなんて……、あいつら、バカなの?」

 沙羅が呆れた要素を盛大に含ませて吐き捨てる。


 今のさくらは、五人のいる店の向かい側、車止めを兼ねる微妙な形のオブジェに、寄りかかるようにして腰掛けていた。

「さくらくん……、あの格好でも、女の子に間違われるんだぁ……」

 意外なものを見たという、美亜の言葉と向けられた視線。

 美亜の驚きも当然だろう。

 今日のさくらは、黒のカーゴパンツに、黒のブーツ調のハイカットスニーカー、そして、上は白地に淡い色で、ロゴがプリントされた長袖のTシャツ。というよりは、カットソーに近いか。しかしというか、だからなのか、首筋から鎖骨までの色白の素肌が見え隠れしている。


「男の子っぽいとは言わなくても、女の子には見えないよね……?」

 マリが続いた。

「男の人って……、おっぱい、ぺったんこでも、顔さえかわいければ誰でも声かけたりするんですねぇ……? まぁ、あそこにいるのは、わたしのお兄ちゃんですから、ぺったんこは当然なんですけど……」

 桃の毒舌も止まらない。

 その毒舌を肯定するかのように、しのぶが苦笑混じりに言葉を挿んできた。


「ねっ? 男どもの好みって、いろいろあるからさ。おっぱいの大小だけで議論しても始まらないって……」

「最初に、悩殺しようなんていい出したの、しのぶさんですよぉ」

 マリが責めるように反撃してくる。

「あぅ、ごめん……」

 しのぶは四人からの視線に耐えきれず、自分の視線を彷徨わせている。


「でも……、しのぶお姉さん? お兄ちゃんのこと助けに行かなくていいのです?」

「桃ちゃんだけよぉ、わたしの味方は。う〜ん、大好きっ」

 しのぶが、自分の窮地を救うタイミングで話しかけてきた桃を、大げさに抱きしめた。

 桃は、締めつけられているしのぶの大きな胸から、苦しそうに顔を出そうともがいている。

「わ、わたしは、しのぶお姉さんの味方ではないです……。お兄ちゃんの味方なので、あの、えっちぃそうな目で見ている男の人たちから、早く助けてあげたいのですっ」

「そ、そうだね。桃ちゃんはおとなだなぁ……」

 小学生の桃に、やり込められた感のあるしのぶが、苦しまぎれの返事をする。

 それに対して、桃の言葉は。

「わたしは、おとなでもありませんから、おとなのしのぶお姉さんにお願いしているのです……が? しのぶお姉さんが助けに行っていただけないのでしたら、わたしが魔法で、ぶっとばしてきますけど……」


 桃の過激発言をなだめるかのように、しのぶが優しい声音で、諭すような言い方で話しだした。

「桃ちゃんが出て行ったら、大事おおごとになっちゃうでしょ?」

「桃……? あんたが、加減もできないのに魔法なんて使ったら、ここら一帯大惨事でしょうが」

 沙羅が聞き逃せないとばかりに、話に割り込んできた。

「それに、今日のメンツだと、数の有利が使えないからね。さくらちゃんから要請されない限りは、わたしたちはここで様子見」

 しのぶが、あくまで優しく桃に話しかける。


 そのしのぶの話に、桃よりも沙羅が首を捻りながら加わってきた。

「しのぶさん? 数の有利が使えないっていうのは? わたしたち全員で、六人になりますよ。さくらちゃんもですけど、しのぶさんや、わたしの戦力を考えたら、四人くらい恐れるに足りないと思いますけど……」

「うーん、そうね。沙羅ちゃんは強い部類に入ると思うわよ。でも、数の有利が効果的なのは、個人の力が拮抗している時に限られるわね」

「はぁ、それはそうですけど……」


 未だに疑問が解消されていないのだろう。沙羅がまた首を捻る。

「沙羅ちゃん? このあいだ、桃ちゃんの一件で、マリちゃんに言われたこと覚えてる?」

 桃の危機を、さくらが助けた時のことを言っているのだと、沙羅も気づいた。

 その時に、マリに言われたこと。今と同じような状況のこと。

『わたしたちがするべきことは……、さくらちゃんの関係者だと思われないこと』

 そう言って、参戦を止められたのだった。


「さくらちゃんを助けに行かなかったときのこと……ですよね?」

 しのぶにとって、沙羅の回答は満足のいくものだったのだろう。優しい笑みを湛えて頷いた。

「単純に数だけだと、ここには六人いるわ。でも、戦力に入れてはいけない子がいるわよね? 今日は三人も。そしたら……、残りの戦力はどれだけになると思う?」

 しのぶが沙羅に向けて、問いかける。

「単純に言ったら、三人ですよね? でも、さくらちゃんの戦力は、ひとり分てことないですよね? だから……」

「うん。そしたら、ここに残した三人は?」

「あっ、でも、護りに一人残れば……」

「うん、そうだね。でも、その護りの側に人数を向けられたら……どうする?」

「うーん、そうかぁ……」


「それにね。戦力に数えてはいけない三人が、顔を覚えられると、後から報復の対象にもされかねないでしょ?」

「そうですね……。でもなぁ……」

「それでも心配かな?」

「当然ですよぉ。だって今日は、四対一ですよぉ……」

「あの子、凶器持った六人、相手にしたことあるよ……。ナイフ四人と拳銃ふたり」

「うわぁ、なんですか? そのバイオレンスな状況は……」

「まぁ、あの時は魔法を暴走させて、あっという間だったけどね……。瞬殺っていうか、鎮圧っていうか、掃討っていうか。蹂躙した挙げ句に殲滅とか……。とにかく凄かったわ」


 しのぶと沙羅のやり取りが止まらない。

 マリと美亜が呆れたように、肩を落とした。

 そして。

「さくらちゃんなら、平和的に追い払えるから、だいじょうぶだよ」

 マリは、そう言って、桃を落ち着かせるように優しく頭を撫でる。

「でもぉ……。あぁあっっ⁉︎ あの人たち、お兄ちゃんの手ぇ握ったぁっ‼︎」

 桃の言葉に、しのぶ以外の三人が窓の外へと視線を走らせる。


 その視線の先には、四人組の中のひとりが、今まさに、さくらの華奢な腕を掴んで、自分たちの輪の中に引き寄せようとしているところだった。

 それを、さくらが必死? に抵抗しているようにも見える。

 ただ実際は……。

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